第6話 驚くほどのんびりした時間。それはまるで小学生の夏休みの午前中のようだった。
眠っていた部屋を出るてリビングへ向かう。
しかし急に使わせてもらった部屋のはずなのだが……俺のために用意されていたように思える。
いや、なんで俺のためにそんなことを……
リビングに向かいながら、俺は先日の不可解な点に思考を巡らせる。
樹は何故、電車のホームにいたんだ?
あいつは車で来てたんだぞ。
凛は俺の会社の事情を知っているようだった。
なんで? なんでそんなこと知っているんだ?
今になって少し怖くなってきた。
凛って……何者なんだ?
「ん? どうしたの?」
「いや……」
だけど凛の笑顔は昔からのものと変わらない。
可愛くて、心を落ち着かせてくれる温かさ。
しかし、笑顔に惑わされていてはいけない。
聞かなければいけないことが多い。
「あのさ……なんで樹は、駅にいたんだ? 車で来てたはずなのに……おかしいと思わないか? 凛は何か知ってるんだろ?」
「…………」
凛は相変わらず笑顔を俺に向けたまま。
リビングに到着し、無言でキッチンへと向かう凛。
そこで彼女はコーヒーを淹れ出す。
「お兄ちゃんはね、凛に雇われているの」
「雇われている……? それってどういう意味だよ」
「そのまんまの意味。凛がお金を払って仕事をしてもらってるんだよ」
凛はコーヒーを二つ淹れ、テーブル席に運ぶ。
コーヒーを受け取ると、いい香りが鼻孔に飛び込んでくる。
「砂糖は一つ。ミルク多めだったよね」
「よく覚えてるな……」
ブラックコーヒーがあまり得意ではない俺は、いつもミルクを二つ入れる。
同僚から貰った場合は、ブラックの缶コーヒーでも飲むのだけれど……でも基本的にはやはりミルクを二つ入れるのだ。
「だって直くんのことだもん。全部覚えてるよ」
「そ、そっか……」
ちょいちょい凛の言葉に引っかかる。
なんというか……必要以上に気にされているような気がするのだ。
凛はどういうつもりなのだろうか。
彼女は俺よりさらにブラックが苦手のようで、牛乳を沢山入れてカフェオレにしている。
それをゆっくりと上品に飲み、また笑みを浮かべていた。
しかしコーヒーを飲んでいるだけなのに様になってるよな、凛って。
俺は凛の顔を見て、初めて彼女と出逢った時のことを思い出していた。
初めて出逢ったのは、俺が中学一年生の時……樹と友達になって北条家に遊びに行った時のことだ。
北条家は特に貧乏なわけでもなかったが、金持ちというわけでもなかった。
ごくごく一般的な家庭。
ただし、顔面偏差値は一般レベルを大きく凌駕していた。
兄妹美男美女。
さらに両親も美男美女で、当時から有名な家族であった。
樹が飛び抜けて美形だったから妹もそうだと考えいたが……凛は俺の予想を超えた美少女だった。
彼女は俺たちの五つ下――当時は小学二年生。
それでも目を引くほどの容姿をすでに有していた。
一目ぼれとは違うけれど……心を奪われた記憶がある。
一応説明しておくけど、決して俺はロリコンではない。
「お兄ちゃん。誰これ?」
「ん? ああ、中学の友達で木更津直巳」
「ふーん」
その時凛は、俺に対して興味を持っていなかったようだ。
一瞥するなり、自分の部屋へと戻って行った。
ぶっきらぼうもいいところだったな。
樹も「愛想のない妹で悪いな」なんて言っていたぐらいだ。
それが俺と凛の出逢い。
その後も特に接点も無く、樹の家に行った時に顔を合わすぐらいだった。
「ほら、凛ってモテるじゃない?」
「え? いきなりなんだよ。自慢話か?」
「あはは。違うよ。自慢なんてするつもりないもん。まぁ直くんが凛に興味持ってくれるなら自慢するけど」
「……で、なんでモテる話なんてするんだ?」
彼女はそのずば抜けた容姿から、中学生の頃には大勢のファンがいたようだ。
だが凛はそんなものに興味が無かったようで、面倒くさそうに生活していたように記憶している。
「中学の頃とか高校の時とかさ、ストーカーされてたんだよね、凛」
「ああ……言ってたよな。覚えてるよ」
「覚えてくれてるんだ。嬉しっ」
本当に嬉しそうに微笑む凛。
その笑顔反則だ……可愛すぎる。
ストーカーがついても仕方ないだろ、それじゃ。
「でさ、お兄ちゃんにはボディーガードしてもらったりとか、凛のお願いを聞いてもらってるんだ」
「へー……」
「もちろん、タダじゃないよ。お金を払ってやってもらってるの」
「なるほど……凛に雇われてるってそういうことか」
「うん。他にも仕事の手伝いもしてもらってるんだけどね」
「し、仕事してるのか? 確か凛って、大学生だったよな……」
「大学生でも仕事はできるわよ。で、お兄ちゃんには何でも屋みたいなことやってもらってるの」
「何でも屋か……」
樹の現在の仕事……あまり詳しい話を聞いたこと無かったが、そんなことをしていたんだな。
しかし何でも屋って……常識から外れたことしてるんだな、樹って。
「でね、お兄ちゃんに頼んで直くんの様子を監視してもらってたんだぁ」
「か、監視って……何が目的で?」
「ん? だって直くんの状況は逐一知っておきたいから。他にも探偵なんかも雇っているんだよ」
「……は?」
のんびりとした時間に、衝撃の事実。
俺は呆然とするが、凛はニコニコ笑うばかりであった。
彼女の真意が掴めず、俺は戸惑うばかりだ。
本当に目的はなんなんだよ!?
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