第3話 高級マンション。最上階。一体何故ここに? 気が付けば外国にいた。それぐらい突拍子もない出来事に思えた夜。

「直巳! 何やってんだよ!」

「……え?」

 

 俺は誰かに腕を掴まれ、後ろから引っぱられる。

 ぼんやりした意識の中、その人物の表情を見た。


「……樹」


 彼は北条樹ほうじょういつき……俺の中学高校時代からの友人。

 樹の母親がイタリア系のハーフで、彼自身はクォーターとなるのだが……顔は日本人の平均値を大幅に上回る美男子。

 髪は銀色で瞳は黒。

 

 そんな樹は、大慌ての様子で俺の腕を掴んでいる。


「どうした? こんなところで」

「どうしたじゃねえよ……お前がどうしたんだよ?」


 ホームに到着していた電車の扉が開く。

 俺はその様子をボーッ眺めていた。


「お前、飛び込もうとしてただろ?」

「……え?」


 肩を落として大きなため息をつく樹。


「お前、無意識かよ」


 俺は飛び込むと判断していた……

 でももうそのことさえも曖昧で、本当にそう判断したのかもハッキリしない。

 頭の中がぼんやりとしている。


「樹、ここで何してんの?」

「えっ!? あ、いやー……」


 モゴモゴ言っているだけで説明しようとしない樹。

 そんな樹の顔を眺めている間に、最終電車が行ってしまう。


 乗り過ごした……でも感情は動かない。


「行っちまったな……直巳。ちょっと付き合ってくれよ」

「え?」

「いいから。な?」

「…………」


 俺は肯定することも否定することもできなかった。

 ただ職場にいる時と同じで、言われたことに逆らわず黙ってついて行くことに。


 樹と駅を出て、右折するとすぐにコインパーキングがあった。

 どうやら樹はそこに車を停めていたようだ。

 なんだか高そうな車。


「ほら、乗れよ」

「ああ……」


 俺が助手席に乗ると、運転席に乗り込む樹。

 そして俺の顔を見てホッとため息をつく。


「間に合って良かった……死んでたら全部終わりだからな」

「死ぬ……か」


 死んでたら……どうなっていたんだろ。

 あの世に行っていたのか。

 それとも別の誰かに生まれ変わってたいのだろうか。

 それともまた別の何かが待っていたのだろうか。


 死なない限りそれを知る術は無いから、分からない。

 まぁ、特別知りたいわけでもないのだけれど。


 車は静かに走り出す。

 俺は死んだ目で流れる夜の景色を眺める。


「…………」

「…………」


 車の中は無言。

 だけど樹は笑みを浮かべて車を運転している。

 俺はいまだにボーッとしながら窓から外ばかりを見ていた。


 車は一時間ほど走っただろうか。

 樹はとんでもない大きなマンションの中へ入って行く。


「どこここ?」

「いいからいいから」


 車はマンションの地下へと進んで行き、駐車場に停める。

 樹は俺の肩に腕を回しながらエレベーターの方へと向かう。


 エレベーターは六つも設置されており、ボタンを押すとすぐに到着する。


「ほら、乗るぞ」


 マンションは33階建てのようで、樹は最上階のボタンを押した。

 

「最上階……」

「ああ。一番上だ。すげー景色だぜ」


 高層マンションの最上階なんて、普通の人では購入できないなんて話を聞いたいことがある。

 真偽のほどは定かではないが、一般公開する前に金持ちの方に先に声をかえると言う。

 要するにフライングだ。

 一般人よりも早く購入権を入手できるので、逆に言えば一般人では購入しようがない。


 それが本当だとして……今から向かう先には誰が住んでいるのだろうか?

 樹とどういう関係なのだろうか。

 だが頭が全然回らない。

 頭が思考を拒否している。

 

 エレベーターは最上階に到着すると、長い廊下が伸びていた。

 部屋はいくつもあり……まるでホテルのようだ。


 樹は迷いなく進んで行き、一番奥の部屋の前で足を止める。

 そして俺の方を見て、ニコリと笑う。


「驚くなよ」

「?」


 樹がチャイムを押すと、ピンポーンという音が鳴り響く。

 数秒待っていると、可愛い女性の声が返事をする。


『はい』

「俺だ。直巳連れて来た」

『えっ!?』


 部屋の中で大騒ぎする音が聞こえてくる。

 何をしているんだろうか。


「…………」


 さっき樹は俺の名前を出したよな……

 俺の知り合い?

 女の声だったよな。

 樹の知り合いで俺の知り合いで……女。

 同級生に何人かいたけど、声だけでは誰か分からない。


 俺たちは無言でその場で待っていた。

 すると玄関の扉がガチャリと開き、中から一人の女性が顔を出す。


 樹と同じ銀色の髪……その髪は腰辺りまで伸びていて、黒い瞳はやんわりと優しさを感じられる。

 これも樹と同じで日本人離れした誰もが振り向くような美貌に、モデルのような体型。

 胸は大きく、腰辺りはギュッと絞られている。


 感情は湧いてこないが……俺はその美女に釘付けとなり呆然としていた。

 心を奪われる。

 俺はその子から目を逸らせないでいた。


 しかしこの美女の顔には見覚えがある。

 俺はこの子に何度もあったことがあった。

 大学を卒業する頃まではよく会っていたと記憶している。


 彼女は――


「凛……」

「久しぶりだね、直くん」


 北条凛ほうじょうりん

 凛は樹の妹で俺たちの五つ下。

 彼女とは樹の家に遊びに行った時、よく話をした。


 しかしなんで凛がこんなところに……

 なんでこんな高級マンションの最上階にいるんだ?


 俺はいまだに彼女に釘付けとなったまま、ぼんやりとそんなことを考えていた。

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