バンブーエルフあやうし!?馬鈴薯村の恐怖

プラナリア

前編

 時に夢は人の子をを狂わせる。例えば、この山小屋で死んでいる男のように。


 男は6年間まで農作物研究の第一人者であった。そんな男が全てのキャリアを捨てたのは、ひとえに男の研究対象が世間に認められなかったからだ。男は学会にも世間にも見切りをつけ、財産をはたいて山の土地を買い取り。そこで実証実験を続けた。

 結果は芳しくなかった。男は日に日に消耗し狂気に犯されていく。やがて男は自ら服毒し命を絶つが、今やそんな男の遺体を顧みる者は、誰一人としていなかった。


』男はレポートノートにこう書き残して逝った。そんな遺言も誰にも知られる事なく、やがて雨風に晒され朽ちていく。筈だった。



——————



≪竹 さんが会議に入室しました≫

Kusobaka「おっ来たか」

ポテサラエルフ「これで揃ったゆ!」

城島(ホスト)「バンブーエルフ様!今入られましたね。私の声、聞こえますでしょうか。何か返事をして下さると助かります。……えーと?あの、あっこれマイクミュートになってますね」

-数分後-

竹「つまりなんだ、我が今まで喋ってたの全部聞こえていなかったという事か?」

Kusobaka「どーせ愚かなる人の子がどうのこうのっていうアレだろ?なら別にやり直さんでもいいな」

竹「ううむ、あの口上をしないとどうにも落ち着かんのだがな……」

ポテサラエルフ「逆にそれで落ち着くんゆね……」


 ご存知バンブーエルフ、クソバカエルフ、ポテサラエルフの3人娘は各々の住処からBOOM会議に出席していた。BOOMとは人間界で最も重宝されているオンラインミーティングアプリの事だが、人類の文明に興味の薄い彼女らがこの会議に参加することになったのだろうか?

 事の発端は3日前に遡る。ミントエルフ衆との壮絶な戦いを終え、自宅でダラダラと過ごしていた3人娘の元にドローン伝書鳩が届いた。およそ大多数のエルフは電子メールをまともにチェックしないので、このようにして伝達を計る方法が確実なのだった。その手紙の差出人はエルフ庁の職員で、名を城島マサル。無愛想そうな顔の眼鏡男で、まさに今このBOOM会議でホストを務めている張本人である。


 手紙の内容はこうだ『拝啓、エルフの皆様におかれましては益々ご繁栄のこととお喜び申し上げます。さて、昨今世間を騒がせているある事件について、お三方にご相談させて頂きたい事がございます。お忙しいところ恐縮ですが、2日後の13:30から、どうかご参加頂けると幸いです。なお、本会議はBOOM上で行わせて頂きます。何卒よろしくお願いします。BOOM ID : 802-8048-91088 パスワード: ks4hh3c7u』

 ……BOOMとは一体何者なのか、3人はこの時点で躓くが。エルフ集合知を利用することでどうにか理解することができた。

 

 こうして3人は埃を被っていたノートPC(メモリ4GB)を倉から出し、エルフ庁とのオンラインミーティングに参加する運びとなった。

 もっとも、3人ともBOOMを使用するのは初めてなのでこの会議室に至るまで悪戦苦闘の連続だった。バンブーエルフに至ってはそもそもPCのパスワードを忘れていたため、起動の時点で1時間半も経過してしまったのである(なおクソバカエルフはパスワードのメモをディスプレイに張っていたためすぐログインできた)。

 最終的に全員揃ったのは予定時刻の3時間以上後のこと、その影響で城島の仕事は遅をきたし翌日の休日出勤が確定したが、この程度のストレスに耐えかねるようではエルフ庁の職務は務まらない。


「では時間も押してますし早速本題に移りましょう。まずこちらのスライドをご覧ください」

 そういうと城島は画面共有を開始した。各々のPC画面に『首都圏において多発する異常ジャガイモ混入事件についての説明』という題字が乗る。……まず最初に反応したのはポテサラエルフだった。

「なっ、な、なんなんゆかその大事件は……!」

「ええ、大事件です。ポテサラ様はポテトサラダを主食とされておりましたものね」

「えーそーかー、ポテト食ったら人間爆弾なるとかなら話は別だけどよォ」

「それはそれで大変ですが……何はともあれ続きをどうぞ」

 城島はスライドショーを進める。一見何の変哲もないジャガイモの画像と、それによる健康被害の例が立て続けに表示される。ここでいう健康被害とは、例えば全身が緑色に染まる症例や、体毛が光合成を始める、狂気に冒されうわごとを口にする様子などだ。

「重症化した患者になると「ポテトあれ!ポテトあれ!」などと日がな日じゅう叫ぶようになります。こうした被害は日に日に増え続けています……お三方には、この事件について調査、または解決して頂きたいのです」

「へぇ、強制肉体変性に洗脳じゃねーか。爆弾化の次の次の次ぐれーには大事だぞ」

「あ、あわ、わわわ。このままでは馬鈴薯の流通が停止しポテト食文化が衰退。地球上からポテサラというポテサラが消え……今度こそあたちたちポテトサラダの精霊は絶滅するんゆうぅぅぅ!!」


 ポテサラは恐慌に陥り金色のボブカットを震わせた。おっとりとした性格で知られる彼女がこうまでも動揺するのは、ひとえにポテサラエルフという種そのものが絶滅に瀕しているからだった。

 ポテトサラダしか口にすることができない、そんな生物として致命的な弱点を抱えるこのエルフ種は、環境や社会情勢の変化に際してその数を減らし続け、そして今や、この場にいる彼女1人を残して、同種のエルフ個体は確認されなくなって久しい。そうした絶滅の過程をまざまざと見続けてきた彼女のトラウマは極めて大きいのである。


「事情は分かった、しかしこれは我らが出る必要あるか?」

だがバンブーは、そんなポテサラの意も介さずにきっぱりと言い切る。

「ゆえ〜っ!なんで?!」

「結局だ、これは我々のエルフ社会とはさして関係ない問題だろう。愚鈍なる大量生産&消費の文明が瓦解しただけのこと、ポテサラの分の芋は我らで栽培すればよい、後の問題はおまえたち人類が、醜く足掻きどうにかすればよいこと」

 バンブーの言い分は確かに筋は通っていた。彼女らの目的は悪性エルフを調伏せしめ、エルフ社会から争いをなくすこと。決して人間社会の問題に介入し助けるような何でも屋ではない。

 エルフと人類はわかり合い、互いの存在を認め合う必要はある。かといって馴れ合う必要はないだろう。それがバンブーエルフの考えだった。だが……


「ですが、その事件がEエルフ案件だとしましたら?」

城島の眼鏡が光った、一同は目を見開く。

「我が国の警察機構も無能ではございません。混入した異常ジャガイモを流通ルートを徹底的に追い。その出処を突き止めたのでした。その場所が岩手県の北上山地に所在する未踏地域……つまり未確認エルフの村だったのです」

「おいおい!じゃあ爆弾芋の次の次ぐれーには大変ってことか?」

「この時点で本事件の解決は我々エルフ庁が請け負うこととなりました。人類がエルフの村に土足で介入しては、あなたがたとの協定上問題となりますから……エルフ連合自治政府に協力を仰いだところ「例の3人娘に投げろ」と言われた次第です」

「随分信頼されていると見えるな、あまり嬉しくはないが」

「ととととあらば!必然的にそのエルフの里をどうにかしなければいけなくなったゆ!早速支度ゆ!」


 クソバカ、バンブーの2名も同意であった。芋はともかく、未知なるエルフ集団が増長し天下の秩序を荒らしているとあらば無視できない。その様子を確認した城島はひと安心して表情を緩ませた。そして最後にこう続けた。

「では、当該エルフの村への地図はこの後郵送します。報酬も交通費と含めてこちらから支払いますのでご安心下さい。それではどうかご健闘の程を……」

「あ、待て、解散の音頭は我が担当する、暫し黙れ人の子よ」

 バンブーエルフが何やらうずうずしながら手を挙げた。城島は怪訝な顔をしながら口を閉じる。

「ん?あ~アレやるんゆ?」

「いいぜ乗ったわ」

「では者どもいくぞ、せーのっせーでっ」

「「「愚かな人の子よ、ここから立ち去るがよい……!!」」」

「……アッ、はい、立ち去ります」

≪城島(ホスト) さんが退室しました≫

≪Kusobaka さんが退室しました≫

≪ポテサラエルフ さんが退室しました≫

-数分後-

≪竹 さんが退室しました≫



——————



 2日後!件のエルフ村の麓に3名は集合していた。バンブーエルフは竹製の伝統的なエルフ正装を、クソバカエルフはジーンズに「今夜はケバブ肉」と文字がプリントされたTシャツを身に纏う。どちらも戦闘用の装備は最低限にとどめてあった。一方……

「フーッ!ガチョンガチョン!フーッ!つ、つかれたゆ……!」

 ポテサラエルフは謎めいた中世鉄鎧で全身を固め、雑多な剣や杖やらを背負って現れた。明らかに過積載である。

「いや、オレはバカだからよく分かんねぇけどさ……ばかなの?」

 流石のクソバカエルフも心配になるイレ込みよう。有毒なジャガイモを流し込み、ポテトサラダを毀損させる敵に対するポテサラの怒りは想像に難しくないが。このままでは作戦に支障が生じる。バンブーは呆れ顔でポテサラを諫める。

「ポテサラ、この作戦の目的はあくまでも交渉だ。戦わずして彼らの悪事を止められればそれに越したことはない。これでは警戒されるばかりだぞ……」

「大丈夫、大丈夫なんゆ……なにせこの服の奥にはとっておきの秘密兵器を隠し持っているゆから……本当はこれだけは使いたくなかったゆが……」


 流石に鎧は外させて村へ向かった。3人は生まれ持った踏破スキルを存分に生かし、荒れた山の斜面を楽々と飛び越える。一行はやがて山林を抜け、なだらかで開けた土地に出た。ここが件のジャガイモの流通源たるエルフの集落の所在地であった。

 しかし一行は、その様子を一目見て驚愕する。まばらに建つ藁の家々を除いて、このなだらかな土地を占めるのは畑、畑、畑ばかりだったのだ。

 もっとも、その村に畑が存在すること位は予期できた。自家製の毒ジャガイモを以て人間社会に打撃を与えようとする企みなど容易に想像できる、問題なのは、その広い畑で栽培されていた作物の種類で……


「トマト」

「トマトゆね」

「トメートゥじゃねえか!!」

 然り、どの畑も植えていたのはトマトであった。真夏の太陽をいっぱいに浴び、つややかな赤い球が輝きながら実っていた。土色の衣装を着た農夫エルフたちが汗を拭きながら収穫をしている。

 一見すると、実に平凡な農耕生活型エルフ集落にしか見えない光景。本当にここが事件の元凶なのだろうか?やはり人の子のいう事など信用に置けないのでは?一同は心中でそう思いつつも、とりあえず農作業中の青年に尋ねることとした。

「失礼、我らは旅のエルフの者、この村について話を伺いたい」

「おや、初めまして旅のエルフさん。私がこの村の長老です」


 長老、その肩書には似つかわぬような若い男は、細い目で穏やかに微笑んだ。

「私の種族はトマトエルフで、今年で35になります。この村の住民は比較的最近になってしたエルフなので、ここにいるのは若人ばかりなのです。村ではこうしてトマトを採っては静かに暮らしております。皆さまの方は?」

「バンブーエルフだ。齢はたぶん427だ」

「オレは100~1000歳だ!クソバカって呼ばれてるぜ!」

「エート、あたちはポテサラエルフという者なんゆ。年齢は510歳台になゆ」


 すると突然、長老トマトエルフはあんぐりとしてポテサラを見つめた。なにやら信じられないとでも言いたげな顔で。彼は恐る恐る聞き返した。

「も、もう一度聞きます、あなた様がポテサラエルフで間違いないのですね?」

「むう……確かにポテサラエルフゆけど、それが……?」

 長老は目を開いた!すぐさま長老は村中に響き渡るほどの手笛を吹いた。ピュウウピィ!ピュウウピィ!これを聞いたトマトエルフらは畑から、家から、森から続々集まる!

「なになにこの人たち!」「どうしたのかしら長老?」

 土色衣装のエルフざっと150名程度、3人娘らを囲ってざわめいた。戸惑い、警戒する3人。しかし長老が彼らに演説を始めると、喧噪はすぐに止んだ。

「親愛なる家族たちよ、心して聞いてほしい。今ここにあられるお方はポテサラエルフ様……即ち、憐れな私達を救いにきた現人神様なのです!!」

「ゆ!?」


 ポテサラエルフは驚愕した、バンブーとクソバカもたじろぐ。ポテサラエルフを神と崇める集落なんて聞いたことも、想像したこともなかった。

「ワーッ!ポテサラ様万歳!」「ありがたき幸せよ!」「ポテサラ様がなんと!?」「夢みたい……!」

 トマトエルフたちは彼女らの困惑も意に介さず、あれよこれよと崇め奉る。ポテサラエルフはいつの間にか胴上げされて、トマト花の冠も頭につけられているのだった……!


「ポテサラ様!」「ポテサラ様!」「ポテサラ様!」「ポテサラ様~!」

「ゆ……ゆええええええーーーーっ!!!!」


【続く】



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