第127話 不快な親子

 丸菱の田中社長は、一見優しそうに見えるが、仕草の節々に人を見下したような冷たさを感じる、そんな男だった。



「安子、ご挨拶しなさい」


 父に促され、可愛い娘はこちらを向いた。



「はい、田中 安子です。 中学3年生です」


 田中の娘は、明るく返事した。



「今度、高校受験かな?」



「はい。 帝都幹高校への進学を希望しています」


 才座が、優しく問いかけると、彼女は、父の顔を伺ってから答えた。



「ほう、帝都幹高校か。 優秀なんだね。 将来が楽しみだな」


 帝都幹高校は、丸菱が創設した歴史のある名門進学校で、財閥時代に住菱が創設した駒場学園高校に対抗してできた学校である。


 才座が誉めると、彼女は嬉しそうに笑った。



 すると、田中が2人の会話を遮るように、座席表を見ながら俺に話しかけてきた。



「そちらの君、三枝さんか。 若そうに見えるが学生かな?」


 才座が少し怪訝な顔をしたが、俺は右手を軽く上げ、問題ないとの合図を送った。



「三枝 元太です。 高校3年です」



「ほお、高校生か。 それで、どこの高校かな?」



「上等学園高校です」



「え〜、ヤンキーなのに優秀なんだ」


 いきなり、娘の安子が声を上げた。



「コレッ、安子。 失礼だぞ!」



「だって、見た目がヤンキーなんだもの。 普通、有名進学校に行ってるなんて思わないでしょ」


 可愛い顔をして、ズケズケと言う姿は、どこか香澄を見ているような気がした。



「すみません。 この子はハッキリとものを言過ぎるもんで …。 実は、2人いる兄もタジタジなんですよ」


 田中は、才座を見て、バツが悪そうに笑ってごまかした。



「見た目がこんなだから、ガラが悪いと良く言われます。 気にしてないので、どうか、お気遣いなく」


 俺は、気まずくなった雰囲気を和らげるために、わざと茶化して話した。



「ところで、高3と言うと受験だろうが、大学は決めているのかね?」


 田中は、また、ズケズケと聞いてきた。



「大学は、まだ決めていません」



「そうなのか。 もし就職するんだったら、丸菱の物流の事業所にでもどうかな? 体力はあるだろう!」


 田中は、俺を揶揄うように話した。

 

 とっ、その時である。



「田中社長! さっきも話したが、彼は、俺に取って息子のようなものなんだ。 丸菱に入るなんてありえない。 あんたに心配される筋合いはない!」


 才座は、少し声を荒げた。


  

「失礼、失礼。 冗談で言ったんだが度が過ぎたようだ。 仲良く願いたい」


 田中は、青くなって頭を下げた、


 対立しているとは言え、2人の力関係は、才座の方が上のように見える。



「興味本意で、丸菱を訪ねたが、成果がない事が分かった。 これで失礼する。 またな、可愛いお嬢ちゃん」


 才座は、笑顔で娘に挨拶すると、俺の手を引き席を離れた。


 急ぎ歩く彼の頭を見ると、湯気が上っているように見える。

 そして、席に着くと興奮冷めやらぬ様子で、俺に話しかけてきた。



「丸菱の田中の言った事なんて気にする必要はないぞ。 必ず仕返しするからな! それに、おまえが住菱の役員になったら、叩き潰しても良い!」


 才座は、怒りを隠す事なく、不敵に笑った。



 財閥時代から仲が悪いと言われる住菱と丸菱であるが、現実の姿を垣間見た気がした。



◇◇◇



 家に帰ると、俺の事を両親が待ち構えていた。いや、待ち構えていたのは母だけだった。



「元ちゃん、菱友さんと行った会合はどうだった?」


 母は、笑顔で聞いてきたが、少し機嫌が悪そうに思える。



「ああ、ご馳走があって食べきれなかったぜ。 金持ちは、庶民と違うよな」



「そんな事を聞いてんじゃないよ。 分かってるよね、正直に言いなさい!」


 母は、やはり機嫌が悪かった。



「何だよ! ご馳走以外に何かあるのか?」



「あたりまえでしょ! それで、どうすんのよ」


 母は、俺が将来の事で悩んでいるのを見抜いているようだ。

 このまま、住菱でやって行くつもりなのかと聞きたかったのだろう。

 それに、母は、香澄と付き合う事の意味も理解しているようだ。

 


「正直に言って、住菱に入るべきか迷ってる」

 

 結局、心の内を、母に言わされてしまった。



「そうよ。 香澄さんとの事は、住菱入社とセットよ。 それに、この話を抜きにしても、才座さんは、元ちゃんを自分の会社に引き込もうとしてるわ。 世間一般で見たら、大手の大企業に入れるんだから迷う事はないのだろうけど、でも、人生は一度きりなのよ。 母さんは、元ちゃんが、本当にやりたい事をして欲しいの。 それに、大切な息子を取られるようで抵抗もあるわ。 ねえ、あなたもそう思うでしょ!」


 母は、離れて座っている父に同意を求めた。



「えっ、聞いてなかった」



「だから、元ちゃんが菱友家に取られちゃうって話よ!」


 母は、声を荒げた。

 さらに、機嫌が悪くなったようだ。



「そうだとも。 元太は、この家の子だ。 取られる訳にはいかん。 でも、才座のところに行っても悪いようにはされないと思うがな …」


 父は、いつもより小さな声で答えた。



「香澄さんと結婚するなら、彼女がこの家に入るべきよ。 それに、苗字だって三枝にしてもらわないとね」


 母が、核心に迫る話題を出すと、父は、そそくさと風呂場に逃げてしまった。


 父に逃げられると、母は俺の手を握って訴えた。



「流石に、結婚はまだ先の事だけど …。 でもね、婿養子には出せないからね。 これは絶対よ」


 母は、ため息を吐きながら、俺に念をおした。



「分かったよ。 少し勉強したいから、部屋に行ってもいいか?」


 母は、まだ話し足りない様子だったが、俺は逃げるようにリビングを後にした。

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恋がしたい元太!:硬派な元太は、寡黙で少し怖い。そんな彼でも恋をしたい。元太に春は来るのか! 初心TARO @cbrha

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