そして歌師は旅に出る
やたら疲れる届け物をした数週間後、サクは旅支度をしていた。そう、財布が奇跡的に中身が入った状態で戻ってきたのだ。
もともと定住するつもりもなく、ただ気ままに冒険者として旅をしていた。そんな彼は、この町の居心地良さについ長居していたが、とうとう移動資金が貯まったため旅立つことにした。
「さみしくなるわね」
「厄介なやつがいなくなって、せいせいするって顔に見えるなぁ」
「そう? 気のせいよ」
カウンターにたゆんとした胸をのせて、冒険者ギルドの受付嬢マルタは蠱惑的な笑みを見せる。
旅立つにしては荷袋ひとつ持たないサクの旅装束は、この町に初めて来た時と同じだ。
「ガルドやリリィに挨拶しなくていいの?」
「ああ、いいよ。ガルドは隣町に引っ越しするから忙しいって話だし、リリィは今日も仕事だろうから」
軽く手を上げたサクは軽い足取りで冒険者ギルドを出ていくことにする。
見送るマルタがカウンターの向こうで小さく嗚咽を漏らしたことに気づいたが、振り返らずに外へ出る。この町に来た頃、冒険者としてまだまだのサクに色々と「教育」してくれたのは彼女だった。
またいつか、生きていたら会えるだろう。きっと。
北門にある乗合馬車へと向かう。
町でのサクは顔が広かった。道を歩けば誰かしらから声をかけられ、それに軽く応えながら旅立つことをほんのり匂わせる。
冒険者が遠出をすることはよくあることで、サクが町から離れることが別れになると気づく者は少ない。
もし、彼らがそれを知れば大騒ぎになっただろう。サクという人間は、他の冒険者たちだけではなく、町の人々のちょっとした悩みや困り事を解決する名人だ。
サクが無意識に行動したことで事を解決していたことも多々あり、彼は自分が思っている以上に人から好かれているのだが、本人にその自覚はあまりない。残念極まりない男である。
「だいたい挨拶はすんだし、乗合馬車は昼に出るから飯でも食って行くか……ん?」
ボサボサの髪に隠された夜色の目がキラリと光る。
サクの視線の先には、昼前にも関わらず荷袋いっぱいの何かを抱えたリリィの姿があった。
「リリィ!」
「あれ? サクさん、今から仕事ですか?」
未だ少女の域を出ないリリィだが、サクと一緒に依頼をこなしてから生活環境が良くなり、細かった体も女の子らしい柔らかな線が出てきている。
同年代の男子からちょっかいをかけられることも多くなったが、彼女を可愛がっているガルドやマルタが目を光らせているため、わりと平和な日々を送っているようだ。
「いや、仕事じゃないんだけど……それより荷袋がいっぱいになってるのは?」
「いつもの採取依頼ですよ。薬草になる植物が入ってます」
「こんな早い時間で?」
「はい。最近なぜか依頼された植物が見つけやすくなって、一日に何件か依頼を受けられるようになったんですよ」
「それ、誰かに言ってる?」
「マルタさんが誰にも言わないようにって。こういう運の良さみたいなのは秘密にしといたほうがいいと言われたんです」
「うん。さすが出来る女は違うね……もちろん俺も秘密にするよ」
「あ! そうでした! でもサクさんならいいですよね」
えへへと愛らしく笑うリリィをサクは珍しく真剣な表情で見つめる。ボサボサ髪の向こうから夜色の目が真っ直ぐに見てくるため、リリィは居心地が悪そうに身をよじった。
「……あの、何か?」
「秘密ついでに、なんで採取するのが早くなったのか教えてよ」
「う、そ、それは……歌のリズムにのってると、調子よく採取できるんです。」
「歌? どんな歌?」
「……自作の歌、です」
「自作? ねぇ、ちょっと歌ってみてよ」
サクの軽い口調のおねだりに、リリィは顔を真っ赤にして怒り出す。
「イヤです! 適当な鼻歌みたいなものなんですから! サクさんにだけはイヤです! 絶対笑うもん!」
「歌ってくれてもいいじゃないか! 俺は君の歌の師匠みたいなもんなんだから! 聴く権利がある! 絶対笑わないから!」
「サクさんは期間限定の師匠で、あれ以来何も教わってないです!」
「言ってくれたら教えたよ!」
「だから期間限定でしょ!」
「昼飯をおごるから! 一番高い肉のやつ!」
「ぜひ歌わせてください!」
悲しいかなリリィの生まれ持つ性(さが)は、サクの魔の手(肉)にあらがえないのだった。
マルタは受付カウンターにたゆんとした胸をのせたまま、呆れ顔でサクを見上げている。
「……お早いお帰りね」
「聞いてくれマルタ! リリィには素質がある!」
「ねぇリリィ、このむさい男はいったい何を言ってるのかしら?」
「ごめんなさいマルタさん。採取のこと秘密って言われてたのに、サクさんに話しちゃったの」
「まぁ、彼やガルドあたりなら大丈夫だけど……それと何が関係あるの?」
「よくぞ聞いてくれた!!」
マルタの問いに、サクは待ってましたとばかりにボサボサ髪を珍しく掻き上げ、やたら整っている顔を全開に見せる。
とたんに周囲の目が驚きに見開かれ、至近距離にいたマルタは顔を真っ赤にした。
リリィはそっと目をそらしている。
「この子には素質がある! いや、才能がある! 古より脈々と受け継がれた世界の記憶を綴ることができる『歌師』としての才能が!」
不思議と遠くまで響く、まるで歌うような彼の声に聴き惚れる人々。
唖然とするマルタは口を開けたまま何も言えず、リリィはサクの声に自然と背筋をのばしていた。
「というわけだから、この子は今日から正式に俺の弟子になる。旅に連れて行くけど、この子の実家には迷惑をかけないようにするから」
「は、はぁ……」
「近々、この子の実家も安定するだろうし、問題ないと思うけど」
「はぁ……」
やり取りしている間、開けっぱなしだったマルタの口を優しく手で戻したサクは、ギルドにあるリリィの部屋の荷物を小一時間でまとめてしまう。
そして昼過ぎ。
いつもと同じく町を出る乗合馬車に、笑顔の師匠と疲れ顔の弟子は乗り込んでいた。
歌師は旅をする。
この先、彼らが何を起こしていくのか、また語る時がくる……かもしれない。
歌師は旅をする もちだもちこ @mochidako
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます