隣町まで届け物 4


 サクだけではなく置いてあった食事にもエールがかかり、ガルドは責任をもってそれらを食した。

 飲み物を口に含んだ時に刺激の強い発言はするもんじゃない。彼は昨夜、身をもって学んだのだ。


 そして翌日。

 眩しいほどの朝日の中、サンス町の冒険者ギルド前で待ち合わせていたガルドは、輝かんばかりの美形な男を目の前にし困惑していた。


「……俺に何か用か?」


「何言ってんだよ。用も何も、これからガルドの依頼に行くんだろう」


「はぁ?」


 声はサクなのに見た目は別人のようになっている。しばし混乱していたガルドだが、そういえば冒険者ギルドでリリィが「サクに騙された!」と騒いでいたなぁと思い出す。


「髭と髪をちょっと整えただけで、驚きすぎだろ」


「むしろそれだけで変わりすぎだ」


 ヨレヨレのシャツはきっちりシワを伸ばし、マントは青地に金の刺繍が入った仕立てのいいものだ。一体いつ用意したのかと聞けば、いつも身につけているマントがこれだと言う。


「このマントは歌師の正装みたいなもんだ。刺繍の模様が特殊なものだから、汚さないようにしてるんだ」


「いつもこの格好でいれば、女にモテるんじゃないか?」


「えー、無精髭あるほうが格好いいだろ」


 そこから無精髭とボサボサ髪についての格好良さを熱く語るサクだったが、ガルドからの賛同を得ることはないだろう。彼だけじゃなく、きっと他の人間からも……。


 人は、孤独を知って強くなるものだ。







 ガルドの元妻と子が住むアパートに着くまで、サクが若いお嬢さんたちに呼びとめられたり、若すぎるお嬢さんたちに群がられたり、妙齢の奥様たちに色々な物をもらっていたためかなりの時間がかかってしまった。

 それでもガルドは怒ったりしなかった。むしろ、サクが困っていても助けることをせず、逃げ出そうとするくらいだった。


「いい歳して逃げようとするなよ。腹をくくれ」


「ぐぬぬ……」


「てゆか奥さんと別れた理由、ガルドが騎士団を辞めたからって……それ、本当か?」


「遠征も多かったし、城につめて夜勤もあった。ほとんど子どもと会えないのが辛くてな」


「奥さんに相談もなく?」


「俺の独断だ」


「そりゃ、怒るよなぁ。離縁はやりすぎだと思うけど」


 役所に行く前に、ガルドの指定した住所とサクが届け物をした所が合っているかどうかを確認することにした。

 すると、アパートの前には小さな花壇が作られており、金色の髪をした女性と女の子が楽しげに水やりをしているのが見える。


「……おい」


「あれー、おっかしいなー、俺、隣のアパートと間違えてたかなー」


「俺を騙したのか?」


「引っ越しした家族がいたのは本当だし、同じようなアパートがいくつかあって間違えたのも本当だ。俺は嘘をついていないぞ」


 堂々と言い放ったサクは、あまりのことに黙ってしまったガルドのわき腹を小突きながら続ける。


「それにさぁ、俺が話を聞こうにも『届け物が本当にガルドからなのか信用できません! 本人を連れてきてください!』って怒られてさぁ。そのせいで飲まず食わずのまま町に戻ることになったんだぞ」


「す、すまん」


 飲まず食わずだったのは、財布を落としたサクの自業自得ではないかとガルドは言いたかった。しかし今のこの状況は、自分に勇気がなかったせいであろうと、彼は神妙な顔で謝る。


 すると、花壇の前にいた女の子が、サクとガルドの姿に気づいた。

 女の子は少し前に来たサクのことを覚えていたようだ。


「えーと、なんだっけ……。そうだ! ふしんじんぶつのおじちゃんだ!」


 愛らしい笑顔でサクに痛恨の一撃を与えた幼女は、その隣にいるガルドの目を向けて首をかしげる。

 そして彼らに気づいた女性は立ち上がると、素早く幼女を抱き寄せ警戒するような視線を向けた。


「今さら何の用ですか?」


「シーナ、突然すまない。デイジーの誕生日を祝おうと……」


「とっくに過ぎています」


 冷たく言い放ったシーナだが、唇を震わせて懸命に泣くのをこらえているのをガルドには分かっていた。

 それなのに抱きしめてやることも、慰めることもできない。そんな立場である彼は、ただ黙って耐えるしかない


 その時、母親の腕から抜け出したデイジーが、とてとてっとサクの元へ駆け寄る。


「ふしんじんぶつのおじちゃん、おうたうたって?」


「おにいさんって呼んでくれてもいいぞ。何を歌おうか」


「あのね、このまえの、なかよしのうた。」


「いいぞ。一緒に歌おうか」


「うん!」



  いつも一緒にいよう

  ずっと一緒にいよう

  あなたに「いちばん」をあげよう

  だから、離れずにいよう


  ともに歩んだ道のりは

  つらく苦しい時もあったけれど

  それでも一緒にいたから

  きっと、離れずにいられる


  いつも一緒にいよう

  ずっと一緒にいよう

  あなたの「いちばん」になりたい

  だから、離れずにいよう



 ガルドは眉間にシワを寄せると、不機嫌そうにサクを見て唸っている。その横にいるシーナは顔を真っ赤にしていた。


「サクお前……、それを『なかよしの歌』とデイジーに教えたのか」


「そうだよ。本当は王都で流行っている歌で『あなたにあげる』って歌だけどな」


「いやだわ……この子ったら、いつの間に覚えたのかしら」


「ママがいつも歌っているからって、デイジーちゃんが音だけ知ってて、俺が歌詞を教えたらあっという間に歌えたんだよねー」


「歌えたんだよねー」


 サクの言葉を真似して、キャッキャと嬉しそうに笑うデイジー。

 愛する娘の笑顔に涙ぐむガルドがシーナを見れば、頬を染めた元妻が同じく涙ぐむ目で元夫を見上げる。


 デイジーの金色のふわふわとした髪を優しく撫でてやると、サクは立ち上がり大きく息を吸う。

 そしてこの日、不思議とよく通る彼の声は、サンスの町じゅうに響き渡った。



  さぁ、祝福を与えよう

  世界に愛されし「愛し子」よ

  空に、星に、大地に感謝を

  水に、炎に、風に祈りを


  さぁ、祝福を与えよう

  世界に望まれし「愛し子」よ

  眠りに夢を、目覚めに希望を

  世界に還る、その時まで


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