隣町まで届け物 3
依頼主:ガルド・ステファン
内容:期日までに届け物をしてほしい。
条件:歌師の資格を持っていること。
サンス町三十五番地の住人に下記のものを届けてほしい。
……
「ええと、依頼内容は、五歳になるデイジーちゃんに『祝福の歌』を届けてほしい?」
「声に出して読むのは、勘弁してくれ……」
人が少ないとはいえ、冒険者たちの憧れの存在であるマルタは常に注目されている。
ポヤポヤしているサクはともかく、大柄なガチムチ体形のガルドがマルタとからんでいれば、嫌が応にも周りの目を惹くだろう。
マルタが申し訳なさそうに口をつぐむと、サクは依頼書をガルドに差し出す。
「ガルドが依頼主なら良かった。ここに記載されている住所に、デイジーちゃんがいなかったんだよ」
「おう。そうだろう」
「え? 知ってたの?」
「依頼を取り下げるのを忘れていたんだ。俺は去年、離縁している。この住所には誰もいないはずだ」
申し訳なさそうに頭を下げるガルドに、サクは真っ直ぐ向き合う。
「ガルド……別れた奥さんは、今どこにいるのか知らないの?」
「隣町の役場に行けば、分かるかもしれんが……」
「よし、隣町で聞こう!」
ガルドの太い腕をつかみ意気揚々と冒険者ギルドから出ようとするサクを、ガルドは必死で止める。
「おい、落ち着け、サク。今さら別れた嫁と娘に会ってもしょうがないだろう」
「でも、娘さんに届け物をしないと……」
「それはもういい!!」
叫ぶガルドの迫力に受付にいたマルタは思わず後ずさったが、サクは微動だにせず、ただ深い夜の色をした目を彼に向けた。
そして静かに、だが不思議とよく通る声でサクは問いかける。
「離縁したからって、自分の娘がどうでもいいものになるのか?」
「……それは、違う」
「だったら届けよう」
「迷惑だったら?」
「それなら謝ればいい。だってこの依頼は、奥さんと別れる前のガルドが頼んだことだ。今のガルドじゃない」
「……そうだな」
言い訳ならいくらでもできるだろうとサクは続けて言う。
「ガルドが、じゃなくてさ。俺が届けたいんだって」
「……そうか」
そう言うと、ガルドは黙ってしまった。
サクはそんな彼の腕をつかみ、隣町に向かう乗合馬車に乗り込む。もちろん乗車賃は無一文のサクではなく、ガルドが支払うことになるのだが。
馬車に揺られて鼻歌まじりのサクとは対照的に、隣に座るガルドは微妙な表情のまま森へ目を向けた。
あの時とは違って、森は明るい緑色をしている。
「今度は魔獣に襲われないと思うよ」
「……そうだな」
サクとガルドが出て行った後、彼らの背中を見送ったマルタは、夕方の受付業務が始まるため頬を叩いて気合を入れ直す。
自分の上司であるギルドマスターのお墨付きである彼ならば、きっと上手くやってくれるだろう。依頼から戻ってくる冒険者たちの相手をしながらうっすら考えていると、薄茶色のふわふわな髪がカウンターの前に現れる。
「お疲れ様、リリィ。今日は薬草の採取依頼?」
「はい。いつもより多く採れたので、薬師さんが喜んでくれました」
「よかったわね」
薬師ギルドからの採取依頼は、冒険者ギルドに常時あるものだ。経験が浅かったり、戦えないリリィのような冒険者にとって稼げる仕事のひとつである。
「あの、さっき、サクさん見かけたんですけど……ガルドさんと一緒に乗合馬車に……」
「隣町に用があるみたいよ。ふふ、一緒に行きたかった?」
「べ、べつにっ!!」
イアル村の依頼を一緒に受けてからひと月ほど経つが、リリィとサクは特にからむことはなかった。ギルドで会えば挨拶する程度の仲である。
それよりもリリィにとってガルドのほうが菓子をくれたり、依頼の相談に乗ってくれる「ガチムチ強面だけどいい人」という存在だ。
「そっか……ガルドさんがリリィにかまっていたのは……」
「え? ガルドさん、どうしたんですか?」
「なんでもないわ。ほら、依頼書を出して」
「はい!」
リリィの差し出す書類を受け取り、マルタは小さくため息を吐いた。
隣町には無事着いたものの、辺りは暗くなり役場も閉まっていた。
「この前来た時に近所の人たちに聞いてみたんだけど、奥さんとデイジーちゃんがどこに引っ越したのか誰も知らなかったんだよなぁ」
「付き合わせて悪かったな。宿はギルドで部屋を借りるとして、飯は奢らせてくれ」
「おう。財布を落としたばかりの身としては、ありがたいよ」
この町で一番うまい飯と酒を出すとガルドが案内したところは、狭いながらも客が途切れないカウンターしかない店だった。
隣同士がやけに近い。それもまたいいなぁとサクは笑みを浮かべる。
エールと揚げた芋、メインの鶏肉の蒸し焼きを出されたところでガルドは大きなため息を吐いた。
「なぁ、サクは気づいたのだろう? 俺が依頼を取り下げ忘れたというのが、嘘だということを」
「ん、そうかなぁとは思ってた」
「ならば、なぜここまで来た?」
サクはガルドの性格上、娘のことを忘れるなどとは考えられなかった。それなのになぜ依頼を取り下げなかったのか。
「ガルドは、怖かったんだろ? 依頼をそのままにしていたのは、まだ奥さんと娘さんがこの町にいるのか、誰かに確かめてほしかったんだ」
「……その通りだ」
「それに、ここに来る途中にある森の色のこと。あの違いが分かるくらいに、ガルドはこの町に通っていたんだなって気づいた」
「……けっこう最初から気づいていたのか」
まだたいして酔っていないはずのガルドは、照れているのか目尻を赤くしたままエールのジョッキをぐいと傾けた。
そんな彼に向けて、サクはさらに踏み込んでいく。
「もちろん、ガルドが元王国の騎士だってことも、ね」
サクの発言に驚いたガルドは、口に含んだエールを彼に向けて思いきり吹き出した。
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