隣町まで届け物 2


 その日、いつものように冒険者ギルドで書類整理をしていた受付係のマルタは、ふとカウンターの向こうに人の気配を感じた。

 誰か来たのかと視線を向けても人の姿はない。

 気のせいかと書類に再び目を向ければ、今度は妙な音が聞こえてくる。


「おかしいわね。今日は晴れているのに、まるで雷が鳴っているみたいな音が聞こえる……」


 人がほとんどいないギルド内で、その音はやけに近くで鳴っているようだ。まさかと思ったマルタは、たゆんとした胸をつぶして這いつくばりながらカウンターの向こう側を覗き見る。

 そこには薄汚れた灰色のマントを身にまとう、ボサボサな黒髪の男が床にへたり込んでいる。上から覗き込むマルタに気づいたのか、男は無精髭におおわれた口から掠れ声を出した。


「水と……食べ物を……」


「うちは食堂じゃないんだけど」


 再び大きな雷の音が鳴り響く。


「ひどい騒音ね」


「……勝手に出るんだよ」







 同僚に声をかけたマルタは、ぼろ雑巾のようになっているサクを引きずりながらギルド隣の食堂に入る。

 おかみさんに「一番安くて一番量が多いもの」と頼み、人目のつかない奥のテーブルを陣取った。


「それで? ちゃんと届けたの?」


「届け先の相手がいなかったから、とりあえず戻ってきたんだ」


 マルタはテーブルにたゆんと胸をのせて男を見ている。艶やかに波打つ金髪と青い瞳、目元にある泣きぼくろが彼女の色気を上乗せさせていた。

 しかし、目の前にいる男が今夢中になっているのは、おかわり自由と言われているパンとスープだ。


「それで、なんでこんな状態になっているのよ」


「財布を落としちゃってさ」


「はぁ?」


「飲まず食わずで三日、なんとかこっちに戻ってきたよ」


 行儀よく口の中を飲み込んでから話すサクは、そう言ってすぐにパンを頬張る。

 呆れ顔のマルタは盛大なため息をついた。


「それなら向こうの町にあるギルドで事情を説明すれば、衣食住くらいはなんとかしてもらえたのに」


「え? そうなの? 知らなかった……」


「私、最初に説明したけど」


 サクが初めて冒険者ギルドに登録した時、受付の担当はマルタだった。

 年齢のわりに世間知らずだったサクのことを、マルタは危なっかしい冒険者だと認識していた。


「乗合馬車が狼型の魔獣に襲われたんだよ。なんとか撃退したけど、馬車の人たちとはぐれちゃって……」


「ええ!? あの事件ってサクさんのことだったの!?」


「事件?」


 驚くマルタの様子に、サクは首をかしげる。


「この辺りで有名な冒険者ガルドさんが、乗合馬車の護衛任務で魔獣を撃退したけど、行方不明の男性がいるって捜索の依頼を出してきたのよ」


「ええ!? あのガチムチ冒険者の人が!?」


「ガチムチって……。とにかく、依頼は下げておくけど、ちゃんとガルドさんに顔見せてあげてよね」


「え? こっちにいるの?」


「乗合馬車の出発がここだったからって、取り急ぎ冒険者ギルドに依頼したみたい。他のギルドにも依頼しているかも……」


「ちょっと、行ってくる! ここのお代は……」


「奢ってあげるわよ。いってらっしゃい」


「ありがとう! マルタ!」


 もっさりとした無精髭のある顔に笑みを浮かべたサクに、マルタはなぜかキュンとしてしまう。


(ダメダメ。私はしっかりと将来を見据えて男を選ぶんだから)


 好きになっちゃいけないと自分に言い聞かせている時点で「負け」なのだとマルタが知るのは、もう少し先のことになるのだった。







 石造りの冒険者ギルドとはうって変わって、木造の建物である『商人ギルド』は、ありとあらゆる商売に関して取り締まっている施設である。

 飲んで食べて元気になったサクは、ガチムチ冒険者であるガルドが『商人ギルド』にいるだろうと、目星をつけて乗り込んでいくことにした。

 

 冒険者ガチムチ戦士のガルドは、すぐに見つかった。

 

 鍛え抜かれた筋肉を惜しげもなくさらし、細身や太身の商人たちの中でも浮いている彼は、サクを見ると凄まじい勢いで近寄ってきた。


「お前っ!! 無事だったのかっっ!!」


「心配かけてたみたいで、ごめんな。冒険者ギルドのマルタから聞いた。ありがとな」


「ああ……よかった……無事でよかった……」


 あの時、乗合馬車は小規模とはいえ魔獣の群れに襲われたのだ。守られるべき存在だったサクが行方不明になったのは、護衛任務を受けていたガルドにとってよろしくないことだった。


「悪いな。ガルドの任務に支障をきたしていたんだろ?」


「馬鹿野郎! そうではない! 俺は、お前が、サクのことが心配だったんだ!」


 顔を真っ赤にしたガルドに怒られ、サクは眉をへにょりと八の字にして謝る。


「ごめんな、ガルド。俺の恋愛対象は女だから……」


「そういう意味じゃねぇよ!!」


 三十路男の大音量が商人ギルドに響き渡り、周りの人達から静かにしろと怒られてしまう。

 サクとガルドは、いそいそと冒険者ギルド隣の食堂に移動することとなった。


「ガルド、ほんとゴメンな。あの時、森の中で気がついたら真っ暗になっててさ。近くの町に行くのが精一杯だったんだよ」


「無事ならそれでいい」


「そっか」


 年も近いせいか、ガルドとは気兼ねなくやりとりができるようだとサクは感じていた。

 その後、ガルドは冒険者ギルドで受付のマルタとやりとりし、サクの捜索依頼を取り消す。


「それにしても……サクさんのお届けものは、依頼主に返さないとダメですよね」


 マルタがサクの捜索依頼がらみの書類を破り捨てながらつぶやいていると、ガルドが疑問を投げかける。


「サクの依頼? 依頼を受けていたのか?」


「そうだよ。隣町までお届けものをするってやつ。届け先が不在だったから、どうしようかなって思ってたんだよね」


 サクがため息まじりに語っていると、マルタが呆れ顔で返す。


「届け先が不在って、イタズラだったかも。依頼書を見せてちょうだい」


「そんなことないだろ。ほら、ここに依頼人の名前もある……し……」


 サクの持っている書類には、この場にいる人物の名前が記載されていた。


「……ガルド?」

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