隣町まで届け物 1


 「おいアンタ、剣を持っていないのか?」


 その男から声をかけられたのは、サクが隣町まで行く乗合馬車に心地よく揺られてうつらうつらしていた時だった。

 眠りの邪魔をされたことに腹が立たなかったのは、彼の声色が自分の身を案じるようなものだったからだろう。


「持っているよ」


「そうか。ならいい」


 小さな鞄しか持っていないサクのどこに武器があるのかなど、男は一切聞くことはなかった。「持っている」という答えに納得したように頷いた男の様子に、サクは逆に驚く。


「オッサン、俺の言葉を信じるのか?」


「武器を持っているのかは重要じゃない。アンタを見て何かしら戦う術を持っているだろうと判断しただけだ」


「なるほどね」


「それと、俺はオッサンじゃない。三十路になったばかりだ」


「俺より二つも年上ならオッサンだろ」


「アンタ……年下だったのか……」


 ボサボサの黒髪に無精髭、薄汚れた旅装と灰色マントを身につけた姿のサクは、お世辞にも若者とは言いがたい風体をしている。

 対して、声をかけてきた男は「筋肉という名の鎧を身にまとった」といった感じの、皮鎧を装備しているガチムチ筋肉戦士だ。

 他の人間から見れば、二人とも似たようなものだと称しただろう。


「俺だって髭を剃れば、まぁまぁ若く見える……はずなんだ。オッサンじゃないよ」


「なら剃ればいいだろう」


「面倒」


 プイッと男から顔を背けたサクは、のどかな草原が広がる景色に目を向けた。男も会話を続けることなく、周囲の警戒に戻っている。どうやら彼は馬車の護衛として雇われた冒険者のようだ。


 サクが受けた依頼は、隣町に届け物をするという簡単なものだ。ガチムチ冒険者と同じように護衛として馬車に乗ってもよかったのだが、依頼内容に「移動料金も含まれる」とあったため、せっかくだから?と甘えることにしたのだ。


 馬車の中にはガチムチ冒険者とサク、夫婦と子どもが三人いる。御者は二人で、交代しながら馬を操っていた。

 人間よりも荷物を多くのせているため、採算はとれているようだ。


「おかしい」


「どうしたオッサン」


「ガルドと呼べ。森がいつもより暗く見える」


「俺のことはサクと呼んでくれ。森が暗いってどういうことだ?」


 町と町をつなぐのは一本道だが、草原を突っ切っていくため森へは入っていかない。右前方にある森を、ガチムチ冒険者……ガルドは目を眇めて見ている。


「あの森は深くない。淀みも少ないから魔獣もほとんど出ないはずだ」


「深い森は魔獣が多いからなぁ。……ってことは、魔獣がいるのか?」


「かもしれん」


「そ、それは本当ですか?」


 ガルドとサクの会話を聞いた家族づれの男が問いかけてくる。母親はすっかり寝てしまった三人の子どもたちを、そっと抱き寄せた。


「森からだと、狼型か?」


「ああ、その可能性は……」


 言いかけたガルドは、流れるように腰に下げた片手剣を鞘から抜く。

 森から向かってくる黒い影の数に、自分は運が悪いとサクはため息を吐くのだった。








 冒険者のガルドは魔獣との戦いも多く経験しており、戦士としてもそれなりに強いほうだ。そんな彼でも、乗客を守りながら狼型の魔獣を五匹相手するのは、さすがにキツいものがあった。

 御者の二人も馬を守りながら戦っているが、せいぜい二人で一匹を相手するので精一杯のようだ。


 仕方ないと小さく息を吐いたサクは、そのまま静かに歌を紡ぐ。

 戦闘しているため、サクの声はほとんど聞こえないはずだ。獣の耳ほどの聴力がなければの話だが。


「ガルルルゥッ!!」

「グァルルッ!!」


 ガルドたちに群がってたうちの二匹が、サクに向かっていく。


「よし! ついてこい!」


 目の端に二匹を斬り伏せ、残り一匹と格闘しているガルドが見える。サクの状況に気づいた彼が何かを叫んでいたが、聞こえないふりをして森に向かって走っていく。


「日頃の鍛錬がものをいうよなぁ」


 ほとんど息を切らさずに走るサクは、あっという間に森へたどり着き飛び込んでいく。続いて飛び込む狼たち。

 森の中をひた走る彼は小さく歌いながら木々の間を縫うように走っていく。


  銀の刃は、星のように

  千の刃は、風のように


 サクの周囲に現れた「銀色の何か」が後方に流れると、先ほどまで騒がしく吠え続けていた狼たちは静かになった。


「よし。見られてないな」


 狼の死体は森が食べてくれるだろうと、サクはそのまま戻ろうとして足を止める。


 森の奥から、何かが流れてくる。

 彼にとって懐かしい気配が。


 ゆっくりと森の奥に進むと、少しひらけた場所に出る。そこには子どもほどの大きさの石碑が倒れていた。

 石碑についている泥や苔を丁寧にはらうと、うっすらと文字が刻まれているのが分かる。よいしょと軽いかけ声で倒れているのを元の位置に戻しているサクだが、これは相当重いものであるはずだ。


「こんな浅い森で魔狼の群れが出てくるとか、おかしいと思ったんだよなぁ」


 やれやれと袖で汗を拭ったサクは、石碑に刻まれた文字をたどって歌を奉納する。

 道を行く人々が無事であるように祈りが込められたこの石碑は、魔素による「淀み」が溜まらないように清められているものだった。

 このような石碑は町や村の中にも置いてある。古いものだから気にもとめない人が多いが、サクのような『歌師』にとっては大切にしているもののひとつだ。


 石碑が本来の状態で機能するのを確認したサクは、ひと息つくと周りを見回す。


「あー、参ったなぁ」


 気づくとあたりは真っ暗になっていた。


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