イアル村の祭り 2


 ゆっくりと飛んでくる光に、夢中で歌い終えたリリィは気づいて驚く。


「な、なな、な、なに? なにあれ?」


「なかなかの出来映えだったってことだな」


「なんの? できばえ?」


 混乱するリリィの前に立ったサクは、二つの光が人の形をとったところで恭(うやうや)しく一礼した。


「二つ柱に豊穣の感謝を」


『おや、かたいねぇ』

『かたいわねぇ』


 光に包まれた若い男女は、サクとリリィの衣装と同じような服を身につけている。自分たちが神を模していたことに気づき、サクは態度を改める。


「そうか、この櫓は神域か」


『そうだよ。櫓にいる者は我らと同等となるんだ。正しく歌を奉納してくれたのは久しぶりで嬉しいよ』

『ふふ、思わず出てきてしまったわ』

『もちろん、今までも豊穣は約束していたけれどね。供物は嬉しかったし』

『ここの地ではない供物も楽しくて嬉しいものよ』


「村の者たちに伝えておく」


『ふむ、臆さないのは君にとって神は身近な存在かな?』

『とても心地よい気をまとっているわね』


 若者の姿でありながら、年を重ねたような笑みを浮かべる二神。ほめられたサクはゆっくりと頭を下げると、後ろから恐る恐る顔をのぞかせたリリィが小さな声で問いかける。


「さ、ささ、サクさん、あの、このかた、かたたち」


「この村で祀られている夫婦の神だ。挨拶しておけ」


『おや、この子は……』

『あらあら……』


「あ、あの、私はリリィです! うちの畑も歌ったらよくなりますか!」


「お前……!」


 リリィの言葉に何かを言おうとしたサクを、二神は手をゆるりと上げて止めた。


『このような祭りは久方ぶりだ。功労者に何かを与えないといけないねぇ』

『そこの男(おのこ)の持つ麦の穂目印に、豊穣の約束をするのはどうかしら』


 サクは小さく息を吐く。事前に神について教えなかったのは失敗だったが、最悪の事態にはならなかったことに安堵していた。この二柱の神が慈悲深い存在であることは分かっていたが、それでも危険であることに変わりはない。

 イアル村の出身ではないリリィが歌の奉納をしたからよかったものの、もしこの村の人間が同じことをすれば最悪命を失っていたかもしれない。この村の豊穣を約束した以上を神に欲するということは欲深きこととされるからだ。

 

 神との対話は、命のやり取りと同じことだとリリィは知らない。そんな彼女の嬉しそうな笑顔を見たサクは、やれやれといった様子で手に持った麦の穂を差し出す。


「ほら、麦の先の部分を取っておけ」


「ここで?」


「これは終わってから奉納されるものだからな。今取ったほうがいい」


 リリィは素直に頷き、麦の穂から少しだけ小花をつまみ取る。これだけでいいのかとサクが聞けばリリィは「この村の人たちのがなくなるから」と言ったため、さらに二神を笑顔にさせていた。







 行きと同じ馬車をつかまえることができたサクたちは、祭りが終わってもなお騒がしい村を後にする。

 騒がしい理由は昨晩の「神の来訪」の件で、祭りを見に来た観光客から多くの問い合わせが殺到したのだ。


 ギルドで受けた依頼は「歌うことだけ」であり、村に残る必要のなかった二人は翌朝早々に退散することにした。

 ゆったりと走る馬車の揺れに、寝不足のリリィは大きな欠伸をしている。


「ふわぁぁ……」


「なんだ、眠いのか? もっとゆっくり出ればよかったのに」


「元凶が何を言ってるんだか……。アンタのせいで昨日の夜は大変だったんだからね!」


「俺? 何かしたか?」


「何かって……」


 昨夜とは違いリリィはサクを真正面から見ることができている。なぜならこの場には、祭りの衣装を身にまとった惚れ惚れとするような美丈夫ではなく、ボサボサ髪に無精髭の眠たげな目の男しかいないからだ。

 綺麗に剃られていたはずの髭はひと晩で元通り?となり、あれは夢だったのかとリリィは朝からガッカリしたものだ。


 それはともかくとして、祭りで歌っていた美丈夫はどこにいるのだと村長に問い合わせが殺到し、リリィに対しても祭りにいた女性たちから朝まで質問責めになっていた。

 しかし翌朝、なんと当の本人はむさくるしいオッサン状態に逆戻りしているではないか。

 群がる女性たちに説明しても分かってもらえず、大騒ぎになっている村長宅から素知らぬ顔で出ていったサクを、リリィは慌てて追いかけてきたのだ。

 すがりついてくる村長をなんとかなだめて引き離してきたリリィは、憔悴しきった顔をして弱々しいながらもサクを睨む。


「もしかして……騒ぎになるって分かってたでしょ」


「さすがに神の前で髭面はダメだからなぁ。まぁ、毛を伸ばす歌で元に戻したから完璧だけどな」


「毛を!?」

「毛が生える!?」


 リリィに重なった声は御者のものだった。彼をよく見れば頭部全体を布で巻いているが、その下に髪らしき存在は確認できない状態だった。


「言っとくけど、発毛じゃないからな。伸ばすだけで、毛がないと伸ばせないから」


「ぐぬぬ……」


 悔しそうに膝をたたく御者にサクが言い聞かせているのを、リリィはどこかボンヤリと見ていた。







 イアル村から町のギルドに戻った二人は、さっそく受付に依頼を達成したと報告する。

 すでに祭りで神が来訪していたと噂が流れているようだが、その功労者がサクたちだというところまでは伝わっていないようで、ギルドの受付係マルタは笑顔でリリィを迎えていた。


「お疲れ様! これでリリィは歌師としても存分に依頼を受けることができるわね。とは言ってもこういう案件は滅多に来ないんだけど」


「おい、俺は」


「お疲れー」


 リリィとの扱いの差にサクはガックリと肩を落とす。彼なりに頑張って依頼を達成させ、歌師としてリリィを鍛えて?やったのだから礼くらい欲しいものだと、サクはマルタを恨めしげに見ていた。







 今回の依頼料は、村を賑わせてくれたとのことで礼金が上乗せされていた。

 喜んで受け取ったリリィはギルド経由で仕送りとイアル村の土産を実家へ送るよう手配した。

 同封した手紙には「豊穣のお守りです。畑に植えてください」と書かれており、受け取った家族は不思議に思いながらも、普通の小麦の種にしか見えないそれを畑にまいた。

 それから毎年のように畑の作物は豊作となり、数年で一家の暮らしは楽になっていく。他の兄弟たちが働きに出る必要もなくなり、皆が笑顔で毎日を過ごすこととなるのだ。


 それはまだ少し先の話。

 頑張り屋の少女と、その家族が幸せになる話である。

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