エピローグ

新宿内戦から一か月が経過した。

俺と薫は拘束されはしたものの、状況を精査してもらえた結果、無罪放免となった。要は、俺たちのアンドロイドによって、この内戦のカタがついた、ということが証明されたからだ。そういう意味で、当初の目的は果たしたことになる。

ただ一つ違うことは、唯那もガン鉄も戻ってきていない、ということだ。 

俺は心にぽっかり穴が開いたまま、ずっと学校を休んでいる。もちろん、あの内戦に関わり、アンドロイドのテスターだった事実は公には伏されている。だが、そんなことはどうでもよかった。

唯那のいた数日間、俺は本当に幸せだったんだ。心があったかくなったんだ。それなのに、ろくに別れも言えないまま、突然目の前から消えやがったんだ。

「写真一枚、残ってねえんだよな……」

 そう、唯那の笑顔は俺の記憶の中にしかない。

 目をつむると、その笑顔と、天然でドジで明るい唯那の声が聞こえる。俺はこの一か月間、ずっとその思い出に浸って泣き濡れる毎日しか過ごしていなかった。

 間土露美のやつは見つからなかった。俺たちの証言に基づいて、警察、公安などが必死で捜索したようだが、結局はもぬけの殻のアパートと、読んでも理解できないような暗号めいた書類が山と、そしてたった一行のメモ、『人類よ、未来に抗うのか』という紙切れが見つかっただけだった。

 間土露美の正体については、すでに指名手配されていることもあり、テレビでも話題になっていた。だが、当局によれば『間土(まど)露(ろ)美(み)義信(よしのぶ)』という男は、戦時中に行方不明となっており、その後の消息も見当たらない、とのことだった。

 なぜ今出てきたのか。そして、唯那のようなアンドロイドをどうやって作りだしたのか、全てが謎だ。

 回収されたアンドロイドは、全て保管されていた。その後どうやっても起動することもなく、ガン鉄タイプは調査するにも、全ての工具を受け付けない。唯那タイプはあまりに人間に近く、解剖については倫理的な問題でいろいろと意見が分かれている。

  アシモフ・ナイトとケディスの本来のテスターは内戦終了後の捜査の折、遺体で見つかった。死亡推定時刻は、アンドロイドたちが新宿に現れる勅撰くらい、とのことだったが、もう俺にはどうでもいいことだ。

 唯那は戻ってきていない。それが、俺につきつけられている現実だ。

 ある日ひょっこりと俺の元に届けられた唯那は、嵐のような数日間を過ごして、俺の前から去っていった。

 だけど、なぜだろう。

 唯那は言った。『次もまた会えると思うんです』と。

 俺はその言葉を信じていた。ある日ひょっこりと、また唯那が来るんじゃないだろうか、と。

 そう思いながら、俺の前へ進めない日々は一か月過ぎてしまった。

 あの日以来、薫とは会っていない。取り調べは別々だったし、釈放されてからも連絡を取りあっていなかった。なにより、薫の落胆ぶりは見ていられなかった。あの気丈な薫が、レンジャー隊に取り押さえられてからも、ずっとガン鉄の名を呼びながら泣き続けていたのだ。

 俺もそうだ。いくら呼んでも、唯那は戻ってきてくれなかった。

 毎日、思い出の中にまどろみながら、唯那と薫とガン鉄の夢を見る。ああ、まるでこれこそ間土露美の呪いなのか、と思えるほどに。日々の現実と夢が境界線を失っていくようだった。

 そんなある日、玄関のチャイムが鳴る。

 俺は、どうせ何かの訪問販売だろうと、のろくさと起き上った。そこに携帯への着信。薫からだ。

一体何が起こったのか。

「もしもし、雅樹だ。久しぶりだな」

 俺は通話ボタンを押す。その先には薫の弾んだ声が聞こえた。

「雅樹か! 聞いてくれ!」

 俺は察知した。

 チャイムは再び鳴る。

 俺はインターホンを使わず、玄関に向かった。

「ああ、薫、お前の話を聞いてる暇はなさそうだ。後でかけ直す。いいか?」

 言葉が揺れるのを押さえられない。心臓が早鐘を打つ。

「……そうか、そうだな、すまない」

 語尾が揺れた。薫はきっと笑ったのだろう。泣き顔で。きっと、電話の向こうで彼女は彼との再会を果たしたに違いない。 

 すりガラスになっている玄関の扉に映る華奢なシルエット。ちょうど夕日が差し込んで、赤く染まった背景が綺麗だ。

 風が吹いたのか、ふぁさあっと、長い髪が舞い上がる。慌てて押さえる仕草も愛らしい。

 三度目のチャイムが鳴った。

 俺は震える足を叱咤して進む。

 震える指で鍵を開け、ドアノブを回す。

 扉を開けると、そこにあったのは、俺が失ってしまい、もう一度手にしたいと願い続けた夢の世界だった。

 茜に染まった世界。優しい風が頬を撫でる。何もかもが現実から隔離され、ただ夕闇に落ちる一瞬前の、幸せな夢の世界を切り取ったかのような情景。

 本当に夢を見ているのかもしれない。だけど、それならそれでもいい。覚めさえしなければそれでいいのだ。

 俺は一息、深呼吸をした。そして、今朝出かけた恋人を迎え入れるような笑顔でこう言った。

「おかえり、唯那。」

 

―― 了 ――

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あの娘と過ごした六日間 ぽざ☆うね @Sir-Posaune

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