ワールドエンドの夢Ⅱ

◇ ◆ ◇


 そしてときは過ぎ、歩夢が15歳となった春────


 ニュージェネレーション・クロスレイド・シングルス大会。当日。

 クロスレイドのシングルス大会は、毎年3月に定期開催されているが、特に今回は新たな時代を意識した大会にすべく、精力的に若い選手たちの出場を呼びかけた大会だった。


 「いよいよですね」


 そう歩夢に語りかけながら、眼鏡のブリッジを中指で押し上げる亞比。

 歩夢が、不敵な笑みを浮かべながら答える。

「初出場で優勝すれば、間違いなく世界に注目されるからね。そうすれば世界中のライバルたちが僕に牙をむく──」


 会場の通路を並んで歩く、ふたり。


 亞比が、続けて口を開く。

「……それでは、私は観客席から歩夢が優勝するところを見届けましょう」

「ふふん。すでに確定している未来を見届けることに、何の意味があるのさ?」


 自信満々でそう答えた歩夢に、亞比が注意を促す。


「いつも言っていますが、自惚れてはいけませんよ?」

「わかってるさ。僕だって根拠のないホラ吹きになりさがる気はないよ。それでも──」


 歩夢は足を速めて、亞比より少しだけ前を歩く。

 そして振り向きざまに、言葉の続きを口にした。


「──この大会で僕が優勝することは、揺るぎないと思うけどね」


 この歩夢の言葉に、亞比も同調する。


「……ま。私もトーナメントに出場する全選手は拝見しましたが……よほど歩夢がヘマでもしない限り、優勝は間違いないでしょうけどね」


 歩夢は鼻で笑いながら、亞比に笑顔を向ける。


「でしょ? それじゃ……行ってくるね」

「言ってらっしゃい」


 亞比は立ち止まって歩夢を見送る。

 その亞比に背を向けながら、右手をヒラヒラと振る歩夢。

 亞比が見守るなか、選手控え室を目指して歩いていく。


 そして亞比の視界から外れた途端、歩夢は真剣な表情に変わって、ひと言つぶやいた。


「待っててね、母さん。かならず僕が……いちばんになるから────」



 歩夢が選手会場へ向かう途中、スタッフルームから雑談が漏れて聞こえてきた。


「今回のゲスト、あの御堂みどう金太郎きんたろうなんだって?」

「ええ。今年も盛り上がりそうですよね。サプライズ対局! 特に今年は、新世代の参入を意識した大会にしようと思ってますから、若手でクロスレイド大会の優勝経験もある御堂選手がサプライズゲストとなれば、絶対に盛り上がりますよ!」


 偶然に聞こえてきたスタッフの会話に、歩夢の顔が険しい表情へと変わる。


(御堂金太郎…………! クロスレイドのダブルス大会で優勝したくせに、そのあとで将棋に手のひらを返した、どっちつかずの中途半端なヤツ……!)


 歩夢も金太郎のことはテレビやネットで見て知っていた。

 だが歩夢は金太郎のことを快く思っていなかったのだ。


「そんなヤツに……僕は負けない!」


 金太郎に敵意をむき出しにする歩夢。


 歩夢が金太郎を敵視する最大の原因──

 それは金太郎が将棋の棋士でもあるという事実だ。


 プロのクロスレイダーだった歩夢の母親は、いつも「お父さんのことはもう忘れなさい」と言っていた。


 そして、ゆいいつ歩夢が父親について知っていること──

 それは父親がプロの将棋棋士だということだけだった。


 ただ──

 歩夢が物心ついたころには、すでに父親は世間的にも消息を絶っており、将棋棋士の肩書も事実上の引退ということになっていた。


 自分と母が窮地に陥っても、結局は最後まで姿を現さなかった父親。

 その父親が愛していたのが将棋だ。

 だから歩夢は、将棋をする人間を信用しなくなったのだ。



 本来、サプライズ対局のゲストが誰かというのは、登場するその瞬間まで大会運営スタッフ以外の人間が知ることはない。

 歩夢がスタッフルームの前にさしかかった時、うかつに雑談していたスタッフたちの言葉が、不意に彼の耳に入ってしまったのだ。


「ふん……。御堂金太郎! 絶対に吠え面をかかせてやるよ!」


 険しい顔でスタッフルームの前を通過していく歩夢。



 この大会で歩夢は宣言どおり優勝────

 そして御堂金太郎と初めて相まみえることになる。


◇ ◆ ◇ ◆ ◇


 将棋を愛した父さん。

 クロスレイドを愛した母さん。


 僕はふたりが活躍していたころの姿を知らない。

 もちろんテレビやネットで当時の映像を見ることはあったけど、実際にふたりが活躍している姿を見たことはない。


 僕が知っているのは、病気で弱くなってしまった母さんの姿だけ。

 父さんにかんしては、会った記憶すらない。


 そして僕は、幼くして母さんすらも失ってしまった。


 母さんと父さんのあいだに何があったのか僕は知らない。

 だけど、母さんを見捨てた父さんを僕は許さない。

 母さんよりも将棋をとった父さんを────。



 父に見捨てられ、母を失って、ひとりぼっちになった先に、僕が願ったのは『世界の終わり』だった。



 だけど博士が、僕に生きる理由を与えてくれた。

 母さんの意思を継いで、最強のクロスレイダーになること。



 母さんの夢は、いつかクロスレイドの頂点を極めることだって言っていた。

 クロスレイドの頂点っていうのが、どういうものなのか僕にはわからないけど──


 いつしか、それが僕の夢になったんた。


 大好きだった母さんの夢を代わりに叶えることが、僕の生きる理由。



 博士には感謝している。

 身寄りのなくなった僕を拾って、育ててくれて、クロスレイドまで教えてくれた。

 おかげで僕は強くなれたし、生きる意味ができたんだ。


 これが僕の新たな人生の始まり。 


 そして────

 新しい世界の始まり。




 The end of the world is the beginning of regeneration...

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

超変則将棋型バトルゲーム クロスレイド外伝 音村真 @otomurasin

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ