最終話 『無法者たち』
それからのヴァンデッド・タウンは大騒ぎだった。
100人近いビルの手下どもの大半が逃げたが、後の半分近くはとらえられて町のハンターズギルドに差し出された。
ビル・ガスパーの乗機を行動不能にされて、頼みの霊獣もどこかへ消えてしまっては一味は投降するしかなかった。
残った者達は「ブラッディ・ハンターが出た」と口々に言って、ギルド職員たちを混乱させた。
これまでビル・ガスパーがハメを外さない為の形骸化していた町のハンターズギルド支部が、本来の仕事をすることになるとは思ってもいなかったらしい。
何よりも職員が頭を痛めたのは、伝説と化したブラッディ・ハンター、その当人が姿を現したことであった。
とにかくケイトが事情を説明して、なんとかギルド職員たちを説得し、賞金の小切手を一式受け渡してもらえることになった。
「ま、とりあえずは一段落ってとこかな」
『ふむ。こうして貴様と語らうのも久しぶりだな』
「まったくだ。久しぶりの空はどうよ?」
『ようやく羽を伸ばせたよ……いい気分だ』
とそこに、外した鎖の枷をじゃらつかせてケイトが近づく。
「えっと……助けてもらった……ってことでいいのかしら?」
ケイトの姿を目にするとたちまち、男は相好を崩した。
「おおおおおお……おっぱいぃぃいっ!!!」
「はいぃっ?!」
これが伝説の騎士で星系最強の賞金稼ぎにして、最高金額の賞金首の男なのか疑うほどの崩れっぷりだった。
「でかしたぞスザク! こりゃあマジもんだ! すんげー立派なおっぱいだ! この形! この張り! このボリューム! これこそ、ハンターズ・ワールド……いや、宇宙一のおっぱいだ!」
「あの~褒めてもらって悪い気はしないんだけど……アナタ誰?!」
と、思わずそう聞いてしまった。ケイトにはどうしても彼が本当に伝説のブラッディ・ハンター、ラドリッシュ・バーンズには見えなかった。
「申し遅れましたおっぱいちゃん! 俺はこのスザクの保護者みたいなもんでして! 助けたお礼に是非その立派なおっぱいを揉ませていただきますっ!」
とまぁ、彼のほうも取り繕うこともなくひたすらケイトの身体の一部を凝視して、両手の五指を開いたり閉じたりしてにじり寄ってくる。
「誰が揉ませるかっ!」
と近寄るラドリッシュの頭を押さえつけて、拒絶するケイト。
「何を言うっ! おっぱいの存在価値は揉むことによって高まる! さぁ、今こそ高めよう、そのおっぱいの存在価値を!」
「アンタに高めてもらう必要はないっ!」
「お姉様から離れろぉっ!」
カッコーーン! と小気味よい音を立てて、何かがラドリッシュの頭にぶつかった。
「痛ってぇえええっ! なんだあこりゃあ?! 氷のつぶて?!」
「この変態男! よりにもよってボクのお姉様に、なんて下品な!」
と言ってケイトとラドリッシュの間に割って入ったのはレイ・ガスパーだった。
「あら、レイくん?」
『お前……逃げたんじゃなかったのか……』
「おおっ? なんだ、さっきの霊獣使いのガキか!」
「言っておくけどボクはガキじゃない!」
「ガキはみんなそう言うのさ」
「むきぃいっ! お前みたいな男にお姉様のおっぱいは渡さないんだからっ!!」
「あぁ~~~んっ! レイくん! 助けてぇ~~ん!」
「まったくお姉様を前にしておっぱいおっぱいと下品な奴め! だいたいお姉様のおっぱいはボクのものだ!」
「はぁっ?」
きょとんとするケイトをよそにラドリッシュとレイは言い合いを始める。
「いいかっ! おっぱいはみんなの共有財産なんだよっ!!」
と無理矢理にケイトの身体に飛びつこうとするラドリッシュ。
「どんな世界の法則よっ!」
抱きついてこようとするラドリッシュにケイトは胸の谷間から小さなスティックを取り出して投げつけた。
瞬間、バチィイッ! と電撃の音がしてラドリッシュは倒れ、ぴくぴくと身体を痙攣させる。
ケイト特製の小型スタンガンだ。
「お姉様、よかったぁ……無事で……」
『やはり、こうなってしまったか……』
「てゆーかスザク! 一体なんなのよ、コイツ!!」
『すまない、だから、剣を抜いたら逃げろと言ったんだ……』
そういえば、確かスザクはそんなことを言っていたな、とケイトは思い出す。
「逃げろってそう言う意味だったの?」
『普段は冷静な男なのだが、美人を見ると……その……とくに乳房の大きな女性となると、どうにも手が着けられなくなるのだ』
「こりゃバーサーカーよりも手に負えないわね」
『だからそう言っただろう』
「確かに……ところでアンタってずっとそのままなの?」
「いや、剣を鞘に戻せば元に戻る」
スザクの言う通り、長剣を鞘に戻すとラドリッシュ・バーンズと紅蓮の鳥の姿が重なって炎のような光を放ち、スザク少年の姿に戻った。
「しかし、まさかキミがあのラドリッシュ・バーンズだったなんて……」
「まぁ、奴の格好は目立つのでな。普段はこの姿で賞金稼ぎをしている」
「それにしたって霊獣が人と魂を共有だなんて……そんなこと出来るのね」
「やろうと思ってしているわけではない。俺だってこんな姿で居るのは不本意だ」
「つまり……そうまでしてやらなきゃいけないことがあるのね?」
「ああ……俺とラドリッシュは、ある仇を探している」
かつて最後の王朝と呼ばれるエルタークには偉大なる王と最強の騎士団があった。
ある”男”が来てからというもの、国王の乱心が起こった。
それは日に日に酷くなり、やがては国王の命すら蝕んだ。
そしてあの日……王は狂いながらも最後の理性で最も信頼できる騎士、ラドリッシュにこう頼んだ。
「余を……殺してくれ」
と……。
ラドリッシュは尊敬する主を自らの手に掛けることになった。
そして紅の長剣に宿る神鳥スザクの力を借りて、ラドリッシュは仇討ちの為にその”男”を追うことになった。
その仇の男の名はシン・シュタインフェルトと言った。
「どこかで聞いた名前ね?」
「ハンターズギルドの創設者にして、ラドリッシュにとんでもない金額の賞金を賭けた男だ」
「ええっ? あなたが追いかけてるのって、ハンターズギルドのギルドマスター・シンのことなの?」
「そうだ。俺たちと同じように霊獣と契約して魂を共有している……」
「言われて見れば、ハンターズギルドのマスターが死んだって話は聞かないわね……」
「うん、でも生きてるって話も聞かないけどね」
レイはあまり関心のない声でそう言った。
「エルターク王朝の滅亡にはそんな真実があったのねぇ……」
しかし、昔のことは昔のことだ。
ケイトは気を取り直してこう言う。
「とにかく、この件は一件落着! この町、埃っぽいしむさいし他の町で休憩しましょ」
「はい、お姉様♪」
「いや、お前はついてくるのか?」
スザクはあからさまにイヤな表情になった。本来は火の鳥である彼が氷の霊獣とその霊獣使いと相性がいいはずはない。
「まぁまぁ、アタシはかまわないわよ♪」
「アンタ……」
スザクはため息をひとつついて諦めた。
「わかった……好きにするといい」
「ところで……ジョーイの姿が見えないわね?」
「あー……そのことだが……」
スザクはすっかり忘れていたという風に、昨晩の出来事をケイトに打ち明ける。
「すまない……ジョーイが……俺と積み荷を守る為に……死んだ……」
「えっ? 死んだって……誰が?」
「いや、信じられないのも当然だ……だが……”彼”は生きていた……だから敢えてこう言う。ジョーイは”死んだ”と……」
「それで? 彼はなんて?」
意外とあっけらかんとしているケイトの態度に戸惑いながらスザクは”彼”の言葉を伝えた。
「後のことをよろしく……と……」
「うん、まぁそうでしょうね」
そう言ってケイトはトレーラーのドライバーズシートに座ってコンソールを叩く。
「おい? 一体なにを?」
「あのねぇ、アイツのAIは確かに”生きて”いるわ……でもね、肉体の消滅に於ける”死”という概念は彼らの中には存在しないの……」
最後にタンッ、とキーを打ってケイトは呼んだ。
「バックアップのパスワードを解除したわ。起きなさい”ジョーイ”!」
『ハローみなさ~ん!』
その声は紛れもないジョーイの声だった。
「なっ……なっ……なぁああっ!?」
冷静なスザクもさすがに珍妙な声をあげた。
『スザクさん、後のことをよろしく言ってくださってありがとうございます!』
「死んだんじゃなかったのか!?」
『私のようなAIに”死”という概念はございません。でもまぁさすがに”死ぬ”かと思いましたけど! アーッハッハッハッ!』
「ね? 都合のいいところだけ機械なのよ」
『おかげさまでキチンとバックアップを蘇らせていただけました。そうでないと、私が居なくなったのを幸いに永久に凍結される可能性もありますので』
「あっ! しまった! その手があった!」
とケイトは後悔するがもはや後の祭りだった。
『ふっふっふっ……私を創り出しておいて、途中でほっぽり出そうだなんて、そうはいきませんよ!』
「はぁ~まぁ……仕方ないか……」
ケイトは諦め顔でモニターの中で元気そうにしている”彼”のモジュールを眺める。
「しっかしまぁそれにしても……」
人間のように思考するAIのジョーイ。
火の鳥の霊獣で両性具有のスザク。
氷の霊獣使いにしてボーイッシュで女好きの少女、レイ・ガスパー。
極めつけは伝説の騎士にして、最高金額の賞金首……そしておっぱい好きの変態ラドリッシュ・バーンズ。
そして積み荷は前世紀の遺物にして謎のマシン……。
「……アタシの周りには変なのばっか集まっちゃったわね」
『それをあなたが言いますか?』
「それをお前が言うのか?」
「お姉様がそれ言うんだ……」
と三者三様で返した。
発掘屋にして運び屋、そして無類の美少年好きのケイト。
彼女も到底”マトモ”とは言いがたい。
「あはは……ま、アタシのことはいいじゃない」
『酷い投げっぷりです』
「ああ……」
「そんなお姉様もステキ♪」
「さてっと、いつまでもこんな所に居たってしょうがないわね。行きましょうか!」
「ボクはお姉様とならどこへでも!」
「ま、乗りかかった船ってやつか……」
『では参りましょう。ああ、その前に敵の残骸からめぼしいパーツはいただいておくことにしましょう!』
奇妙な一団の旅が、こうして始まったのだった。
BLOODY HUNTER 上島向陽 @sevenforest
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