第6話 『スザクの正体』

 バンデッド・タウンへの入り口はなだらかな坂道になっている。

 必然、やって来たスザクをガスパー一味が高い位置から出迎える形になる。

 その状況に、チッと舌打ちするのはエアトレーラーから降りたスザクだった。

「ようこそ! バンデッド・タウンへ!」

「高いところからの挨拶とはいい身分だな?」

「ははっ、気に障ったのなら謝ってやるよ。なにせ、でかい荷物をわざわざ届けに来てくれたんだからな」

 自分で持ってこさせておいていけしゃあしゃあとビルは嗤った。

「しかしずいぶんと遅かったじゃねえか。夜明け前ギリギリだぜ?」

「少し……道が混んでた」

「案内をつけておいたはずだがな?」

「はんっ……あれは案内のつもりだったのか……残念ながら連中はアンタを裏切った。積み荷に手を出してきた」

「へえ……そいつぁ悪かったな」

「おかげで大事な者を亡くしちまった……」

 ギリッと奥歯を噛みしめる音がして、スザクはビルを睨み付ける。

「おぉっと、俺はアイツらに町まで丁重に案内しろって言っただけだぜ? 恨むのはスジが違うだろ?」

「ふん……わかったものではないが……それはまぁいい……」

「それで”荷物”は持って来ているんだろうな? まさかハッチを開けて空でした、なんてそういうのはナシだぜ?」

「そういうありがちな罠はお前の専門じゃないのか?」

「言ってくれるぜ……じゃあよ、とっととハッチを開けるんだ」

「その前にあの女はどうした? あいつの無事を確認してからだ」

「おっと、そうだったな……おい」

 手下の男二人にピンクのツナギのケイトが鎖につながれて姿を現した。

「人間が人間を鎖で……ひどいもんだ……」

「スザク……来てくれたんだ」

「そういう約束だからな」

「ううっ……嬉しい♪」

「むっ……」

 ケイトの反応を見てレイが頬を膨らませて唇を尖らせる。

「兄さん! アイツはボクがやる!」

「へえ……まぁ、好きにしな」

「ありがとう、兄さん!」

 そう言ってレイは銀狼を連れて行こうとして、振り向きざまにケイトにウィンクを投げて寄越す。

「それじゃあ、あとでねお姉様♪」

「あー……あはは……」

 何を想像しているのか、ケイトに向けられる男たちの視線が痛熱い。

「さて、人質は連れて来たぜ。積み荷の確認をさせろ」

「お前たちが見たかったのは……コイツだろう?」

 ゴウン……ゴゴゴゴ……。

 音を立ててトレーラーのハッチが展開する。

「おおっ……!」

 中からは綺麗に整備されたエアファイターが現れた。

「スゲー……おい、女……この整備はお前がやったのか?」

「え~っとまぁ……そんなところかしら?」

(いや、さすがにワックスがけとかクリーニングしたのはジョーイなんだけど……)

 複数マニュピレーターを同時制御を可能とするAIならではの仕事だった。

「こりゃあいい。噂以上のエンジニアだ! アンタ、俺たちの整備士にならねえか?」

「ふん、こんな扱いされて誰がなるもんですか!」

「金なら言い値で払ってやるぜ? コイツを弄れた上に大金と……あとなんならアイツもくれてやる」

 とあごをしゃくって視線をレイの走っていく方向へ投げるビル。

「えっ……って……彼女を? な、何を言っているのかしら?」

(う~ん……確かに見た目だけならレイくんはアタシのドストライクだし、彼女が居るならアタシの身の安全は約束されたも同然だし……あ~~~、どうしよう~?)

 ケイトの気持ちが揺らぎかけていた時だった。

 黒髪の少年、スザクが口を挟む。

「残念だが……」

「なんだぁ?」

「こっちの契約が先なんだ」

「スザク……!」

「俺が先にエアバイクのメンテを依頼しているんだ。その交渉は、俺のバイクが直ってからにしてもらおうか」

「ああ、わかったわかった……じゃあここでてめえが死ねば交渉権は俺たちに移るってこったろ?」

 ビルが片手を上げると、エアトレーラーとスザクを遠巻きにしていた手下たちが詰め寄ろうとする。

「近づくんじゃない!ッ」

 ゴオオッ!

 音を立てて爆炎が壁となって立ち上る。

 それはスザクを中心とした円状の壁となっと取り囲み、数人がその炎の洗礼を受けて転がり、仲間たちから、砂を掛けられ消火されていた。

「ファイアーウォール!」

「まだまだ! 行くぞ、炎陣全開ッ!!」

 さらに轟音と共に炎が上がり、大地を溶かした。

「うげえっ! なんだあこりゃああっ!!」

 炎の壁が消えた跡には数メートルのマグマの堀が出来上がっていた。

 ごぽごぽとマグマの底から熱い気泡が湧き出ている。

 如何に命知らずの無法者たちでも、一歩間違えば灼熱のマグマ地獄に落ちるとわかって飛ぶ者は居ない。

 いや、むしろそこに立っているだけで、マグマの熱を受け、何人かの衣服が溶けて、燃え上がった。

「ふ、ふぅん……やるじゃない……一瞬で大地を溶かすなんてさ……」

 如何にフェンリルと共に冷気の風に覆われているレイも熱さなのか冷や汗なのかわからない汗を拭いながら、そう笑う。

「昨日は散々やってくれたからな。今日はお返しをさせてもらう」

「それで? キミに何が出来るって言うんだい? お姉様の為にも、今度こそキミを氷漬けにしてあげるよっ!」

 キィインッと澄んだ音が響いて、そこに氷の橋が架かる。

 そこを渡って軽々とレイと銀狼はスザクに肉迫する。

「ああ、言っておくが、昨日のようにはいかない」

 溶岩の上に架かった氷の橋はあっという間もなく、溶けてしまい、レイの後に続こうとした者が溶けかかった氷の上で足を滑らせて灼熱の堀に落ちた。

 この町の入り口はすり鉢状になっていた。その高台の上にはある程度の大きさの池をいくつも作り、そこをフェンリルの能力で氷漬けにしておいたのだ。

 夜の間の冷気と相まって、その冷気はこの町の入り口に溜まり、炎を操るスザクは苦戦を強いられることとなる……はずだった。

「ここに来るまでに氷の池が散々置いていたみたいだが、それは全部溶かしておいた」

「ふぅん……まぁ、それくらいは気付いて当然だよね」

 そう言いつつあることに気が付く。

「もしかして、ここに到着するのが遅れたのって……」

 不適に鼻を鳴らす少年スザク。

「それで? ボクとこのフェンリルに勝ったつもりなの?」

「勘違いするな。これで勝ったとは思ってはいない」

「それじゃあ、ボクと勝負しろ! お姉様を賭けて!」

「お姉様……?」

 ちらりと町の入り口で鎖に繋がれているケイトを見る。

「ち、違うのよスザク、これはね……ええと……説明するとややこしいんだけど……」

「別にお前がどんな趣味を持っていようと俺には関係がない……ただ、借りは返さないと気が済まない性分なんだ。俺と……もう一人……」

「もう一人? 誰かいるの?」

「お前たちに一つ問おう。この星系最強にして最高金額の賞金首ブラッディ・ハンター……ヤツの本名を知っているか?」

「はあ? こんな時に何を聞いているのさ?」

 レイは呆れたように聞き返す。

 遠巻きにしている男たちも口々に、「なにを言っているんだ?」と嘲笑と不可思議の入り交じった声を洩らしている。

「それが何? 何かのハッタリのつもり?」

「なんだ? 知らないのか? それとも怖れているのか? あの噂を……」

 そう、彼の本名を口にして、生きている者は居ないという噂が、賞金稼ぎの間でこの百年、まことしやかに伝えられているのだ。

 レイの嘲笑を受けて、挑発するように不適な笑みを返すスザク。

「ははっ! どうした、レイ? 俺が応えてやろうか?」

「兄さんっ!」

「悪いが俺は迷信だとかそういうのは信じねえことにしているんだ」

「奇遇だな……俺もだ……」

 人知れずスザクも呟く。

「ブラッディ・ハンターの本名といやあ、このハンターズ・ワールドの賞金稼ぎで知らない奴ぁ居ねえ……紅の狂騎士、悪名高いラドリッシュ・バーンズだろうが」

「正解……」

 にぃ……っとスザクの口の端が吊り上がった。

「封印……解除……」

 スザクはそう呟いたかと思うと背中に背負った長剣を一気に引き抜いた!

 直後……。

 彼の姿が凄まじい炎に包まれた。

 先ほど、地面に溶岩の河を作ったような炎が彼の足下から巻き上がって火柱となったのだ。

「きゃああああっ! スザクーーッ!!」

 ケイトは悲鳴をあげた。

 それは見る者は全て我が目を疑う光景だった。

 ケイトでなくとも、その凄惨な状況に声をあげる者が後を絶たなかった。

 その少年はいきなり気でも狂って焼身自殺をはかったのかと。

 そう誰もが何が起こったのかわからず目を見張る中で、一羽の大きな鳥が炎の中から飛び立つ。

 やがて……炎が小さくなる。

 一人の男が炎の中から姿を現した。

 それは先ほどまでの黒い髪に褐色肌の少年ではなかった。

 服装は同じく上下の黒い身体にフィットしたスーツに、白のゆったりとしたチュニック、その上に防塵マントを羽織っている。

 燃えるような赤い髪を逆立てた長身痩躯の男――。

 キッと逆立てた眉の下に赤い眼光――。

 そして抜き放った刀身の色はまるで血に濡れたように赤く、妖しく光っていた――。

「あああ、赤い髪!?」

「それに……赤い目!」

「あの……赤い刀身の剣は……!」


 噂に違わぬ姿をしている、その男こそ……!


「ブラッディ・ハンター、ラドリッシュ・バーンズ!」


 その場に居た誰もがまず目を疑い、そして自分の頭を疑う。

 それはそうだ。

 さっきまで少年の姿をしていた者が炎に包まれたかと思うと中から、伝説のブラッディ・ハンターが姿を現しただなんて、誰が信じられようか!

「さて、この姿になるのは久しぶりだな」

 男は……ラドリッシュ・バーンズはひらりと防塵マントを翻した。

「な、なんなの? キミは一体……なんなの?!」

「俺が何者かは既にお前たちが口にしている。今更自己紹介はいらないだろう?」

「そ……そんな……ラドリッシュ・バーンズなんて……もう百年以上も前の……旧王朝時代の人間なのに……」

「なぁ、不死鳥って知ってるか?」

「はぁ? またいきなりなんなの!?」

「まぁ、わからねえよな……俺はそいつと命を共有しちまってな……おかげで簡単には死ねねえ身体になっちまったってわけよ」

「まったく意味がわからないっ! と、とにかく! キミはボクが倒す!」

「ははっ! やってみな!」

 そう言って彼はマントを翻すとレイに背を向けて走り出した。

「あっ! 待てっ!」

 そして誰もが躊躇ったマグマの河を、バーンズはひらりと跳び越える。

「ちょっと……待てって……くっ、フェンリルッ!」

「シャオォオオオオオンッ!!」

 レイの声に応じて吠える氷の銀狼。

 先ほどの氷の架け橋はとっくに溶けてしまっていた。レイは慌てて新たに橋を氷で作って渡る。

 その背中に氷の狼の遠吠えを聞きながらスザク……否、ラドリッシュは長剣を翻して、並み居る荒くれ者たちを切り払い薙ぎ払っていく。

「うわぁああっ!」

「こいつ……本物だ! 本物のブラッディ・ハンターだぁああっ!」

 伝説の騎士と相対するなど、考えもつかないゴロツキどもは、たちまち浮き足立った。

「なに怯んでやがる! ヤツは星系最高の賞金首だぞ! 殺れば一生遊んで暮らせる金が手に入るんだぞ!」

 ビル・ガスパーがライアットガンをぶっ放して手下共にハッパを掛ける。

 『一生遊んで暮らせる』というワードは無法者たちに獲って最高の褒美であり栄誉だ。

 たとえ伝説の賞金首でも、大勢でかかればなんとかなる! そんなはずだ! と一斉に飛びかかってくる単純な荒くれ男ども。

 所詮彼らは無法者。

 よって、戦いにも『法』は無い。

 ただ破壊衝動と暴力のままに暴れ回るのが彼らの常。

 そんな彼らはラドリッシュの格好の的になる。

 片足を軸にして身体を一回転させて赤い長剣が一閃。

 そこに飛び込んで来た男たちが面白いように斬られていき、血煙が舞った。

「かぁーっ! 何やってんだてめえらーっ!」

 ビル・ガスパーは駐機させていた自前のエアバトラーに上がってライアットガンを構えた。

 援護のつもりか、あるいは自分こそがブラッディハンターの賞金を独り占めしようという腹なのか、ビルの銃口が火を噴いた。

 自分に銃火が来るのを察知して、ラドリッシュはひらりと身体を翻し、男たちの群れの中へとその身を躍り込ませた。

「くっ! てめえらっ! どきやがれ!」

 ビルは当たらない苛立ちを露わにしながら矢継ぎ早に散弾を補充しては引き鉄を引く。

 ガゥンッ! ガウンッ!

 一瞬前まで、ラドリッシュが居た場所が散弾で抉られていく。

 同時に襲いかかってくる連中をひらりひらりと、右に左に躱しながら、ついでに長剣をひらめかせて、斬って、払って、薙いでいく。

 スザクの剣に斬られて半死半生のところに、ビルの弾がトドメとばかりに降り注ぐのだ。

 いくら一生遊べる額の賞金が手に入るとはいえ、命あっての物種と、大半は一目散に逃げていく。

「畜生ッ! 当たらねえか! さすが星系最強!」

 テンガロンハットをかぶりなおして楽しげに呟く兄に弟の……いや、本当は妹のレイが下から叫ぶ。

「兄さん! アイツはボクがやる! 兄さんはマシンを押さえて!」

「おうっ! そうだったな!」

 とライアットガンをエアバトラーのコックピットに放り込んで身体を滑り込ませる。

「まったく……もっと冷静になってよね!」

「悪ぃ、悪ぃ! だがさすがに最高額の賞金首と聞きゃあ、熱くならないわけにもいかないだろう?」

「そうだけど……とにかく、あっちは任せたから! 行くよっ! フェンリルッ!」

 アオーーンッ! と勇ましく気高い雄叫びを上げて、レイと氷の狼は駆けていき、ラドリッシュと対峙する。

「来たな……『霊獣使いスピリット・マスター』」

「フェンリル! 氷の槍!」

 ヒュンッ! と鋭い音がして氷の刃がラドリッシュに向かって飛ぶ。

 それをまるで見えているかのように、軽く身体をズラして躱す。

「どうした? やはり冷気の中でないとずいぶんと勢いが違うんじゃないか?」

「くっ……この程度の熱さ……ええーいっ!」

 ピキィンッ! と音がしてラドリッシュの足下が凍てつく。

 間一髪、跳躍して躱すラドリッシュは、そのまままたマグマの河を飛び越える。

「お前の相手は俺じゃないんでな」

 着地したラドリッシュは手をひらつかせて立ち去ろうとする。

「させないっ! フェンリル! もう一度氷の槍をっ!」

 そこでラドリッシュは空に向かって叫んだ。

「しつけーなぁ……おい、いつまで遊んでやがるんだ?」

 とそこに先ほど、飛び立った炎の鳥がケーンと気高い鳴き声と共に舞い降りてきた。

 そんな……この男も『霊獣使い』スピリット・マスターだったの?!」

「俺はそんな大層なもんじゃないさ」

『さて、如何に霊獣とはいえ、所詮は地を這う獣……』

「ええっ!? 頭の中に……声が……直接響く?」

『ふん、霊話も出来ぬとは……スピリット・マスターとしてはまだ未熟……ずいぶんとフェンリルの能力に助けられているようだな』

「う、うるさいっ! お前がスザクってことなんだな! お前がお姉様を!」

『なんのことか知らんが……そうだ……これが俺、スザクの本当の姿だ……さぁて氷の獣よ……格の違いを思い知らせてやる!』

 そう言う(?)とひと羽ばたきして熱風を巻き起こした。



 一方、マグマの河を跳び越えて、再びトレーラーに戻ったラドリッシュは、開け放たれた後部デッキから安置されているエアファイターに乗り込んだ。

 それはビルのエアバトラーが辿り着くのと同時だった。

「おい、待て! そいつは俺たちの荷物だ!」

 割り込み通信の回線が開いてビルの声がコックピットに響いた。

「いいや、お前には過ぎた品さ……」

 ビルのバトラーが両腕でラドリッシュの機体を押さえつける。

「そいつは俺にこそ相応しい! いずれこの星の……ハンターズ・ワールドの支配者となる俺にこそな!」

「おとなしく盗掘屋でもやってりゃよかったんだよ。それをこんなモノを掘り出しやがって……」

 そう言ってラドリッシュはシートでコンソールを叩いて起動する。

 ヴゥウウウンンッ……。

 起動と同時にツインエンジンの駆動音が辺りに響いた。

 次に反重力制御装置が起動して、その機体がついにトレーラーの後部デッキから浮かび上がる。

 ビルの機体が乗りかかるようにして止めても、その浮上は止められない。

「うぉおおっ! な、なんてパワーだ! 押さえきれねえっ!」

「だから言ったろ? お前さんには過ぎた品なのさ……」

 そう言ってラドリッシュはレバーを引いてツインドライブエンジンを吹かす。

 かつて、旧王朝時代に、騎士団としてマシンを駆って戦場に出ていたラドリッシュにとって、エアファイターの操縦などお手のモノだった。

 ビルのバトラーを振りほどいて一気に上空へと飛び立ったラドリッシュ。

「畜生! 卑怯者ーっ! 下りてこいっ!」

 上空高く旋回するラドリッシュのファイターに毒づくビル。

 人型の巨大兵器が、空に浮かんだエアファイターに対して飛び上がる様は周囲から見るとなかなか滑稽であったのだが……。

「たく……こいつの本当の価値も知らずに……」

 正面モニターにロックオンマークが出て引き金を引いても、装備されている砲身はうんともスンとも言わなかった。

「ちぃっ……こいつ火器が全部死んでやがる……」

 百年以上の間、大地の底に眠っていたのだ。まともに動くだけでも奇跡に近いのに武器弾薬が補充されているわけではなかった。

「あちらさんも飛び道具はなしのようだし……となりゃあ格闘戦か……あまり傷つけたくはねえなぁ……」

 ラドリッシュはモニターのいくつかを確認していく。

「お? こいつは……」

 その中にある物を見つけた彼はにまりと唇の端を上げて笑う。

「さて、久しぶりに空を舞えて嬉しいのはわかるが、そろそろ下に降りよう。このままじゃ遊び相手が痺れを切らす」

 まるでラドリッシュの声に返答でもするかのように、ヴウン、とマシンが唸った。


 地上では火の鳥と氷の狼との壮絶な戦いが繰り広げられていた。

 鋭く冷たい氷の攻撃はことごとく炎に溶かされ、その逆、炎の攻撃も氷の壁に何度も阻まれた。

 辺りには熱く蒸気が立ち込めていた。

 先刻のマグマもまだまだ熱気を発しており、辺り一帯灼熱地獄となっていた。

『ふっ……地を這う獣風情が……』

 スザクは認めたくはなかったが、苦戦、と呼んでもおかしくない状況だった。

 通常のフェンリルであれば、この用に手こずることはない。そもそもの霊獣の格が違い過ぎるのだ。

 スザクには六大霊獣の一角を担う自尊心とそれに見合うだけの実力があると自負する。

 しかしこのフェンリルにはレイという少女が付いていた。

 彼女が戦術を練り、強弱の攻撃を織り混ぜて、多彩な攻撃を仕掛けてくるのだ。

 そして彼女自身もフェンリルから能力を借りているのか、氷の術を仕掛けてくる。

 それが見事な牽制となり、スザクに決定打を出させないようにしているのだ。

 それと、周囲に無駄な死人が出ないように配慮してしまい、彼に強力な火炎を放てなくしていた。

『ええい! 今更知ったことか!』

 しかし、いい加減に痺れを切らしたスザクは、轟火で周囲を大気ごと焼いた。

 灼熱の炎が巨大な塊となって、フェンリルに向かって飛ぶ。

 人間の姿のスザクが放っていた火炎弾の十倍はゆうにある大きさだった。

「危ないっ! フェンリルっ!」

 その瞬間だった……。

 レイが、銀狼をかばった。

「クォオオオオオオオオオオンッ!!!」

 氷の狼の咆吼が地獄に向かう坂に響いた。


 ゴウンンンンッ!

 機械の駆動音が空に響いた。

 エアファイターのエンジン部が両脚となり、胴体部分に折り畳まれていた部分が両腕部となり、上部から頭がせり上がる。

 そして着地の際の逆噴射によりもうもうと砂煙と蒸気が舞う。

「やっべー……本当に……本当に人型になりやがった!」

 嬉しげに舌舐めずりをしてビルの目が血走った。

 ビルも過去にそういうエアファイターが存在したことは知っていた。しかしその実物を見るのは初めてだった。

「くっそーっ! アレは俺んだ! 俺のもんだぁあっ!」

 情報屋の親父を脅して聞き出した、遺物の在りかだ。

 自分達で掘り出して、もう少しで自分の物になるはずだった。

 それを発掘屋の女に横取りされて、今、目の前に立っているのだ。頭に血が上るのも無理からぬことだった。

「よこせぇえっ! そいつをよこせぇえええええっ!!!!」

 ぐんっ、とビルは操作レバーを巧みに動かす。

 驚くべきスピードでラドリッシュのエアバトラーに切れのいい右ストレートをお見舞いした。

 ゴォオオンッ!

 重い金属のぶつかる鈍い音がした。

「きゃあああああああああっ! 頭はやめてぇええっ! そこは直すの大変なんだからぁあああっ!!!」

 それを見ていたケイトは本日一番の悲鳴をあげた。

 自分の身よりも、メンテした機械の方が心配度が高いのだった。

「へぇ……存外まともに動かせるじゃねえか……正直、ちょっと驚いたぜ」

 ビル・ガスパーが悪名を馳せたのは偶然に掘り当てたエアバトラーに寄るところが大きい。

 彼はその運転技術を独自に高めていた。

 とはいえその熟練度はラドリッシュに及ぶ訳がない。

 コクピットの中で体勢を立て直しながら、ラドリッシュは笑う。

「さて、お返しだっ!」

 ラドリッシュは腰部のアタッチメントを取り外したと思うとそれを振りかざす。

「あっ! あれは……エネルギーソード!」

 棒状のアタッチメントの尖端から、光り輝く刃が現れた。

 ケイトは過去のデータバンクでその存在を知ってはいたが、この百年で失われた数多ある技術の中でも光学兵器のような指向性エネルギー兵器はもはや完全に喪われている。

 その中でも珍しい近接タイプの光学兵器。

 それがエネルギーソードと呼ばれるものだ。

 その光の刃がビルのエアバトラーの腕を叩き斬ったのだ。

「なんだぁあああそりゃああああああああっ!!!」

 腕を喪い倒れるエアバトラーのコックピットの中で叫ぶビルの声が、外にまで響いた。

「勝負あったな! ビル・ガスパー! 二億ロウのその首、この俺、ラドリッシュ・バーンズがもらい受けた!」

 ラドリッシュが機体に備えられたスピーカーを通して高らかに勝利を宣言する。


 また少し時間は戻る。

 ラドリッシュのエアバトラーが空から下りてきた頃、スザクの放った爆炎球はフェンリルが瞬時に作った氷の壁に阻まれて消えた。

 あまりにも瞬間に能力を使ったせいで、フェンリルはその半身を凍結させてしまっていた。

「フェンリルッ!?」

 氷の狼だけに氷漬けになろうと死ぬことはないだろうが、完全に動きが止まってしまえば、勝負にはならない。

「そんな……ボクの為に……」

『いや、そやつが自らの身を呈してまでお前を助けたのは、お前の優しさに報いるためだ』

「ボクの……?」

「クゥーーン」

 と銀狼は短く啼いた。

『だが、借りは返させてもらわねばならない』

 とスザクは自らの前に火球を作り出した。

「そんな……やめて……やめろぉおおっ!」

『勘違いするな……その氷を溶かしてやろうというのだ』

「えっ……」

『主人の為に闇雲に命を落とす者を……何度も見たくはないからな……』

 そこにビルの乗るエアバトラーが、ラドリッシュのエネルギーソードに倒れる音が響いた。

 ズズゥウンッ!

「勝負あったな! ビル・ガスパー! 二億ロウのその首、この俺、ラドリッシュ・バーンズがもらい受けた!」

『ふむ……どうやらあちらも終わったようだな』

「そんな……兄さんが……負けちゃうなんて……」

「うわぁああああっ! ビルの野郎が負けちまったぁああっ! 畜生ッ!!」

 男たちの大半は力なく膝を突き、残りは早々に見切りをつけて逃げ出していく。

『お前もどこかに姿を隠すがいい』

「えっ?」

『真にお前が無法者なら、この狼も貴様を守ろうとはしないだろう。あの兄に付き合う必要もあるまい』

「うん……そうだね……」

 レイは静かにそう頷くと、スザクは一声高く啼いて勝利を得て空へと飛び立った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る