第5話 『ケイト受難』

「あのね、お姉さん、こんな鎖に繋がれてのプレイはあまり趣味じゃないかなぁ……って……だからこれ、外してくれないかな?」


 ケイトはベッドの上で両手を鎖に繋がれていた。


「ダメだよ、それを外したらボク、兄さんに怒られちゃう」


 と言うのは銀髪の少年、レイ・ガスパーである。

 ケイトを鎖でつないだのもツナギを脱がしたのも彼だった。

 抵抗のそぶりは見せるものの、彼の積極的な行動にまんざらでもないケイト。

 レイ・ガスパーは見れば見るほど美少年だった。ブルーの瞳を潤ませて上目使いで見つめられると自分の立場も忘れて思わず抱きしめてしまいそうになるほどに。

 それほどにケイトの趣味にドストライクだった。

(スザクに続いて、こんな美少年と短期間に続けて出会うなんて……これってモテ期? アタシ、もしかして人生最大のモテ期来ちゃってるのかも~!)

 と囚われの身にも関わらず、ケイトはそんなことを考えていた。




 時間は少し遡る。

 ケイトはガスパー一味が根城にしている町に連れてこられてる。

 バンデッド・タウン……無法者揃いのハンターズ・ワールドの中でも1、2を争う無法地帯。

 名前の由来も『盗賊』を意味する【BANDIT】と、銃声の【BANG】、死を表す【DEAD】とを掛け合わせたという小噺が出来上がるくらいだ。

 それほどにこの町は死で溢れている。

 そんな町に放り込まれて、ケイトほどの美人がまだ無事でいられるのは、彼女がレイ・ガスパーのお気に入りだからだった。

 他の男たちに一切の手出しをするなと厳命していたのだ。

 名うての悪たちも、一瞬で凍りづけにされるのはイヤなので、その言葉に従っていた。

 鎖の付いた手錠を嵌められ、まず最初にツナギを脱がされてしまう。

「お姉様……強いね。だからボクたちも最大限警戒しないと……ね?」

 と言って少年は身体を……というかツナギのポケットをまさぐられる。

 次から次に出るわ出るわ、危ないものが。

 いずれも護身用にケイトが開発したものだったりする。

「まったく……これは全部没収するね」

「あははぁ……せめてツナギだけでも返してくれない?」

「ダメダメ。強化繊維の中にもなにか隠してそうだからね。一人の間はその格好でいてもらうよ」

「でも、このままだとお姉さん風邪をひいちゃうわ」

「じゃ、ボクが温めてあげると言ったら?」

「あんっ♪ それはそれで断り切れないアタシが居るわ……困っちゃう♪」

 とケイトは腰をくねらせる。

「それじゃあ……」

 とレイの手がケイトの胸に伸びた。

「んっ……そ、そこは……」

「ふふっ……物騒なモノを持ち歩いているんだね、お姉様ってば……」

 レイは舌なめずりをしてケイトの大きな胸を揉んだ。

 そしてHカップの胸の谷間に収まっていたのは高電圧のスタンスティックを取り出した。スイッチを入れたら3秒で高圧電流を放出するケイトのお手製護身アイテムだった。

「まったく油断も隙もないね……それに……ふふっ……おっきぃ……こっちもすごいんだね、お姉様……はぁ……素敵……」

 熱と湿度のこもった吐息と共にレイは言う。

「えっと……お姉さん、今、そういうのはちょっと……」

「ふふっ……大丈夫だよ、男どもにはお姉様には指一本触れさせないから……」

「あら、アタシのこと守ってくれるの?」

「う~ん……そういうことになるのかなー? ボクね、以前からお姉様の噂は聞いていたんだ」

 『運び屋ケイト』の二つ名はそれなりに広まっていた。

 女だてらに巨大トレーラーを乗り回し、荒くれ者どもを相手に一歩も引かない肝の座った発掘屋。

 目の覚めるような美人で、目を見張るほど圧倒的なボディの持ち主。

 そんな風に聞いている、とレイはうれしそうに語ってみせた。

「あら、そんな風に言われているの?」

「それでいて、男に一切身体を許さないって……それは本当なの?」

「そういうの気になるの?」

「うん……」

 レイは賞金首にしては薄汚れていない純朴な瞳を返した。

「まぁ、本当かしら……」

(でも、貴方になら特別に許してあげてもいいかしら……なぁ~んて……)

 などと邪なことを考えていると、レイはケイトの胸に頭を預ける形で呟く。

「やっぱり……本当なんだ……うれしい……」

「えっ……うれしいって……どういうこと?」

「お姉様は……やっぱり、ボクと一緒だ……んふふっ♪」

 そう身体ごと揺らして笑う少年と一緒にケイトの胸も弾んだ。

(こ、これは……来るかも……アタシの……人生最大のビッグイベントの瞬間が! ……このシチュエーションはちょっと思っていたのと違うけど……レイくんみたいな上玉なら、まぁこのくらいは多目に見ましょう!)

 ガンガンッ!

 と、無粋にも部屋の扉が乱暴に叩かれた。

「おいっ! いつまでも一人で楽しんでるんじゃねえよ!」

「あ、兄さんだ……ごめんなさいお姉様、またあとでね♪」

 そう言うとレイは、さりげなくケイトにキスをしてウィンクを投げて寄越す。

 そしてケイトを残して部屋を出る。

「ごめんなさい、兄さん……」

「荷物が動いた……用意をしておくんだ」

 そんな声がケイトの耳にも届いた。

(荷物……アタシのトレーラーがこっちに来ているってこと? だとしたらスザクはちゃんとジョーイと合流できたってことよね……)

 ケイトは自分を案じている者たちが、ここに向かっていることを知って胸が熱くなる。

(でも……今はそんなことよりも……)

 ケイトの思考は別のことに費やされる。

(美少年から……唇……奪われちゃったぁ!)

 ケイトにとってはそのことの方が重大な出来事だった。

(あ~ん、もぉっ! レイくんったらぁ、奥手そうな顔して意外に強引なんだからぁ♪ お姉さん、そういうギャップ……きゅんきゅん来ちゃうぅうううんっ♪)

 と身悶えするケイト。その旅に鎖がじゃらじゃらとやかましく鳴った。

「なによ、こんな鎖……私たちの愛の営みには似合わないけど……」

 ケイトはなんとか鎖が外せないか試みる。

 せめてツナギを来ていたらあちこちに入っている小道具でなんとか出来ただろうが、パンティ一枚ではさすがになす術はない。

「はあ……諦める……か……でも……」

 溜め息をひとつついてから、ケイトの口角が上がっていくのを抑えきれない。

「レイくんがその方がいいって言うなら、アタシもぉ……うふ……うふふふふっ♪」

 その部屋にしばらくケイトの艶めいた息づかいと、気味の悪い笑い声が響いた。

 ジョーイを犠牲にしてまで必死でトレーラーを奔らせているスザクが見たら、なんと思うことか……。

 それよりも目の前の欲望に忠実に従おうとするケイトだった。




 それからしばらく時が経った。

 妄想し過ぎて疲れてしまったのか、ケイトはいつの間にか眠っていたらしい。

「ほったらかしにしてごめんなさいお姉様。ちょっと準備に手間取っちゃったんだ」

「スザク……あの炎術師を罠にかけるの?」

「もしかして……心配? あの子……お姉様のお気に入り?」

「そ、そういうわけではないけど……」

「大丈夫だよ……ボクがあんな男のこと……忘れさせてあげる♪」

 そう言ってレイはケイトの身体に触れながら唇を塞ぐ。

「んっ……んはぁ……んむっ……んん♪」

 蕩けるような甘いキスにケイトは腰砕けになってしまいそうだった。

「あのね、お姉さん、こんな鎖に繋がれてのプレイはあまり趣味じゃないかなぁ……って……だからこれ、外してくれないかな?」

「ダメだよ、それを外したらボク、兄さんに怒られちゃう」

「だって……このままじゃ、お姉さん、キミのこと抱きしめられないじゃない? アタシと抱き合うのは……厭?」

「ううん……ボクだってお姉さんともっと抱き合って愛し合いたい……でも、今はダメ……ガマンして……」

 とまたキス。

(ちょ……やだ……この子のキス……なんだか手慣れて……んぁっ!)

「お姉様……一緒に気持ちよくなりましょ♪」

 そう言ってレイは服を脱いでいく。

 一枚、また一枚と……。

 ゆっくり、ゆっくりと、目の前で焦らされるように行われる美少年の脱衣を、昂奮を悟られないように出来る限り平静を装いながら、ケイトはその様子を凝視する。

(このシーンを、是非ムービーに収めておきたいぃいいいっ!!!)

 そんな意気込みが鼻息として漏れた時、ついにレイの指が最後の一枚、パンティに引っ掛けられる。


(んっ? パンティ?)


 彼が穿いているのは明らかに女物の下着だった。

「えっ? どういうこと?」

 心なしか彼の体つきが丸みを帯びた女性のようにも見える。

 そしてとうとうその指が最後の一枚を脱ぎ去った。

 そこには……。


「えっ? レイくん……キミって……女の子なの?」


 あるべきはずのものがなかった……。


「うん、そうだよ♪」

「そうだよって……またなの? また……ないの?」

「うん! 股にはなにもないよ、ほら見て♪ 恥ずかしいけど……お姉様になら♥」

「『お姉様になら♥』……じゃなーーーいっ! なんでこんなことになるのよっ!」

「だって……お姉様も男には興味ないんでしょ? だぁかぁらぁ、ボクと女同士でぇ……愛しあいましょう♪」

「待ったぁあああああっ! ちょぉっっと待ったぁあああっ!」

 これ以上ないくらいケイトは抵抗した。

「アタシが男に興味がないのは、美少年オンリーだからなの! だからっ、早まらないでっ!」

「うん♪ わかった……それじゃあボクが女同士の気持ちよさをお姉様に教えてあげる♪」

「わかってなぁーーーーいっ!!!」

「あはっ♪ お姉様ったら、恥ずかしがり屋さんなんだね♪」

「いや、違うから! 今アタシ、本気で嫌がってるからね!」

「えっ……お姉様……ボクのこと……嫌いなの?」

 と瞳をうるうると潤ませて上目遣いをされると、一瞬たじろぐケイトだった。

「ね? ほら、そういう訳じゃないんだけどぉ……アタシはね……女同士とかそういうのはあまり趣味じゃないっていうか……あはは……」

「わかった……」

 レイは急速に冷たい声音になった。

「ああ、よかったぁ……わかってくれたんだぁ……」

「アイツだね?」

「へっ?」

「あの……炎術師を倒せばいいんだね?」

「えっ? なんでそういう話に?」

「お姉様の心にアイツがいる限り、ボクを受け入れる気にはならない……そういうことなんでしょ!」

「どういうことなのよぉっ!!」

「見ていてお姉様。今度こそアイツと決着をつけるから!」

 そう言ってレイは裸のまま自分の衣服をまとめて部屋を出て行った。

「いや、あの……それは……」

 と鎖をじゃらつかせながら、ケイトは思案する。

(スザク……負けないよね? え、でももし負けたとしても、アタシが逆らわない限りレイくん……えっとレイちゃんか……彼女が身の安全を保証してくれるから、なんとかはなるのかしら? う~ん……)

 その為に百合の園に身を捧げなければならないというのはケイトの心の中の天秤が激しく揺れる選択だった。

(自分の身の安全と美少年との日々……う~ん……レイちゃんも黙っていれば美少年だし……ていうかスザクも厳密には少年じゃないし……う~ん……悩ましい……悩ましい問題だわ)

 ケイトは考えながら苦悶の表情を浮かべた。

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