【3分×SF】『頭脳×掌握』~ブレイン・グラスプ~

松本タケル

『頭脳×掌握』 ~ブレイン・グラスプ~

【1】

 雷牙ライガは診察室のイスに座っていた。彼の前には分厚い眼鏡をかけ白衣に身を包んだ初老の男性が座っている。雷牙ライガうしろには、スウェットを来た中年男性が立っている。

「博士、副作用はないんですね」

 中年男性が聞く。

「ないと言っておるじゃろ」

 博士と呼ばれた白衣の男性がオドオドと答えた。


 雷牙ライガはプロボクサー。『雷牙ライガ』は本名だ。父親もプロボクサーだったため、子供にも派手な名前を付けた。後ろに立つ男性が父親兼トレーナーだ。

「ドーピング検査にも掛からないんですよね」

 父親が心配そうに問いかけた。

「掛からんよ。そもそも、薬は使わん」

 博士は脳専門の医者で、長年ここで研究をしている。


「まずは説明を聞け。この装置で脳細胞に刺激を与える。シナプスの接続を変えるんじゃ」

 博士は後ろの装置を指差ゆびさして言った。

「オレは強くなれるんですか」

 雷牙ライガいぶかしげに聞いた。

「強くなるというのは不正確じゃ。お前さんは 『自分の意思で自分の体を完全にコントロールできる』 ようになるんじゃ。 『頭脳』 で全身を完全に 『掌握しょうあく』 することから 『ブレイン・グラスプ』 と読んでおる」

「そうだ、雷牙ライガ。身体能力を100%、自分の意思で使えるようになる。人は100%の力を使い切っていないと言われてる。なので、隠された力も発揮できるぞ」

「頭脳も100%使えるようになる。まあ、人でこの技術を試すのは初めてじゃがな」


 雷牙ライガは38歳。明日、4度目の防衛戦がある。無敵と言われた雷牙ライガだが最近は急激に衰えていた。

「明日、勝てれば思い残すことはありません。ズルせずに力を出し切りたいんです」

「これも、ズルと言えなくはないがのう」

 博士がボソボソと言いながら続けた。

「一度、装置を使うと元に戻すことはできん。身体のリミッターを外すので疲れは何倍にもなる。あと、最も注意すべきなのは・・・・・・」

「計量まで時間がないんです。とにかくやって下さい」

 雷牙ライガは博士の言葉をさえぎって言った。

「まず、誓約書にサインをしてくれ。ワシは責任を負いとうない」

 博士は不満そうに装置の準備を始めた。


 雷牙ライガは装置に取り付けられたイスに座らされ、多数の電極が取りつけられたヘルメットが頭に装着された。

「5分もかからん」

 博士はスイッチを入れた。頭にビリビリと電流を感じ、雷牙ライガは意識を失った。


【2】

 翌日、観客は全盛期の雷牙ライガを見ることとなった。10歳も若い挑戦者を簡単に打ちのめした。3ラウンド、相手のダウンで勝利。

 試合の間、雷牙ライガは異次元の経験をした。相手のパンチはスローモーションのように感じ、体は風のように早く動いた。

「身体をコントロールするとは、こういう感覚なのか」

 雷牙ライガは快感を感じた。

 1ラウンドで終わらせることもできたが、それでは観客が喜ばない。手加減しつつ3ラウンドまで引き延ばし、華麗な右ストレートで勝負を決めた。


 雷牙ライガは大歓声の中、両手を上げて観客と勝利を分かちあった。

「思い残すことはない」

 そう思った瞬間、意識を失った。身体を酷使しすぎた結果だった。


【3】

 目覚めると雷牙ライガはベットに横たわっていた。脇には二人の男性。父親と博士だ。体中に様々な装置やケーブルが付けられていた。

「博士、何ですかこれは?」

 うつろな意識で雷牙ライガは聞いた。

「気を失っている間、装置が体を制御していたんじゃ」

「すまん、雷牙ライガ。想定外だった」

 父親が申し訳なさそうな顔をした。

「いったい、何が?」

「お前さんも父親も最後まで説明を聞かんからじゃ」

 博士は語気ごきを荒げた。

「説明してください」

「お前さんは自分の意思で全身を制御できるようになった。あらゆる神経をコントロールできるということじゃ。

「?!」

「自律神経は、心臓を動かす、呼吸をするなど生きていく上で必要な仕事を意識しなくてもやってくれる。お前さんはそれもコントロールできるようになった」

「つまり?」

「つまり、ということじゃ」

 頭脳が冴えている雷牙ライガは状況を瞬時に理解した。

「じゃあ、寝たり、気を失ったりすると・・・・・・心臓も呼吸も止まると」

「今は呼吸と心臓だけじゃが、数日もすると内臓の動きやホルモン調整も自分でやらんといかんようになる。装置では制御でけん」

「博士、対策はないんですか」

 父親がかすれた声で聞いた。

「ワシに責任はない」

 博士はイスに腰かけ、テーブルの上にある誓約書を指でコンコンとたたいた。

(終)

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