その後
俺と弥生が付き合い始めたことは、瞬く間に〈四季〉の奴らに伝わった。同じ学内に七月もいるのだし、当然と言えば当然のことだ。
如月はああ言ったけど、正直少し不安だった。俺は喧嘩はできないどころかする気がそもそもない、ということは族に入る不良達の心なんて全然わからない。そんな俺みたいな奴が自分達の頭と付き合うなんて嫌なんじゃないか、と。
けれどそれは、全く杞憂だった。本当に心の底から掛け値なしに、ともすると安堵した様子で、総長と末永く! だなんて誰もが声をかけてくれたから。
「な。そんな心配する理由なんてなかっただろ?」
そう笑った如月に、素直に微笑み返した。
〈四季〉の溜まり場の奥、弥生の指定席の隣に座って林檎ジュースをちびちびと飲んでいたら、あまり話す機会のない如月と七月以外の幹部達が次々に寄って来た。
「こんばんは、姫。このたびはおめでとうございます」
「おめでとー」
神無と六。この二人は同い年で同じ高校のクラスメイトらしく、いつも仲良くつるんでいる。
「ありがとう。……何か、子供でも生んだみたいだな、俺」
苦笑すれば、けほっと小さく咳き込む音が聞こえて、視線を横にずらした。弥生が、少し頬を染めてそっぽを向いている。
「……お前」
想像したのだろう、きっと。性別的な問題を無視して、よくもまあ。
「……俺は悪くない」
呆れれば拗ねたので、ぐしゃぐしゃと頭を撫で回してやる。ムラなく染まった金の髪は、思う以上に柔らかくさらさらしている。撫で心地がいいので、最近はよくこうして撫でて楽しんでいる。
「……」
「……うわぁ」
そんな俺らを見て言葉を失う神無と六についと目をやり、笑う。二人ははっとして、ぎこちなく笑みを返した。
祝辞を述べるだけでなく実は幹部席に誘いに来たらしい二人の、あちらで少しお話しませんか、という言葉にのって弥生を置いて席を立った。弥生が少し寂しそうな顔をしたのは、見て見ぬふりだ。
「姫、来たか」
「「ようこそ」」
「よし、じゃあ、酒飲むか!」
飲まない、と一言答え、如月の隣に一つ空いた席へ座る。その俺の横に、長月、さらに一が座る。円卓席の真向かいには神無、その右隣に六、双子の十一と十二が座る。神無の後ろには七月が立ち、いつものようににやにやしている。他の幹部は少し離れた場所でこちらの様子をうかがっているか、全く興味を示さずカウンターで一人飲んでいるか。
「何だよ、飲めって!」
「未成年だから」
「固いこと言うなよ!」
「飲まないってば」
事あるごとに俺に酒を飲ませようとする長月は、飲まないと繰り返す俺を尻目にしつこくグラスを押しつけてくる。
「飲めよ」
「いらない」
「飲めって」
「しつこい」
「……オサ、やめろ」
あまりのしつこさにどんどんと睨みをきつくしていけば、長月を挟んで逆隣に座る一が、溜息をついてそう間に割って入ってくれた。
「何だよ、一。祝いの席なんだから、多少羽目を外してもいいだろ」
「嫌がる相手に無理矢理飲ませるのは関心しない」
「っだよ、どいつもこいつもお固いな」
「また始まった。……姫、それは無視していいから」
「ああ、わかった」
一と長月が口論を始め、如月に言われて潔く無視を決め込む。幹部連中の中で、一と共に最も年上なくせして、空気を読まなすぎる長月は正直鬱陶しくて、嫌だ。
「何か食べますか?」
「いや、別に」
「あ、俺ケーキ買ってきたー。姫、食べよ?」
「……随分備えがいいな」
へへ、と笑う六がいそいそと脇に避けていたケーキの箱を開封する間、視線をくるりと周囲に回せば、ばちっ、と珍しい人物と目が合った。
「どうしたの、姫」
「……卯月」
そんな俺を観察していたらしい十一と十二は、俺の視線を辿ってその名を呼んだ。幹部の中で一番年下で、それに見合って皆に可愛がられ、からかわれ、見た目からも名前からもわかるようにウサギというあだ名のある卯月は、全身で硬直している。……人見知りなのだ。
「卯月。気になるなら、来れば?」
「おいで?」
双子に招かれ躊躇う卯月に苦笑をやれば、卯月は一つ頷き、とてとてとこちらへやってきた。
「あ、あの……えと」
来たはいいが、緊張しまくってがちがちだ。手を伸ばせば、瞬間的に警戒される。
「……どうかしたか?」
それを気にせずにぐしゃぐしゃと髪の毛をかき回せば、卯月はおずおずとだが、
「あ、の……総長、とのこと。その、おめでとう、ございます」
そうはにかみ笑顔で祝辞を述べてくれるものだから、思わずその頭をかき抱いた。
「っわ」
「お前、可愛いな」
「おお、何だ。姫も卯月に落ちたか?」
「落ちたって何だ、落ちたって。人聞きの悪い」
撫でくり回しながら答えれば、その視線がちらりと外れた。追ってそちらを見れば、
「嫉妬してんぞ」
ひと一人くらいは視線で殺せそうな顔をした弥生が、こっちを睨んでいた。
「……全く」
馬鹿だな、とつい溜息が出た。
*
しばらくして弥生の元へ戻れば、ふいと顔を逸らされた。
「弥生」
「……あっち行け」
「お前な……わかってるか?」
妬いている、というか拗ねている弥生の隣に腰かけ、先ほど卯月にしたように、その頭を胸元へと引き寄せる。
「男相手に告白したのなんて、お前だけだ。そもそも、女相手に告白したのだって中学校の時に一回だけ。……俺が自分から“好き”だなんて言う奴は、本当に希少なんだけど」
言えば、ゆっくり視線が交わる。本当か、と問うようなそれに、笑みを返す。
「信じられないか? 何度でも言ってやるよ。好きだ、弥生」
弥生はしばし動きを止めて、ふっと笑うと、ふわりと俺の背に腕を回した。
柔らかく抱きしめられて、自然とキスを交わして。
――実は妬かれることが嬉しいだなんて思う自分を、内心ちょっと叱っておいた。
見せつけるようにイチャついてくれる総長とその姫に、俺達は離れた場所から生温い微笑みを送った。
一人だけ、そういう光景にいつまでも慣れない卯月だけがきょろきょろと視線をさ迷わせて顔を赤くしていて、それを見た皐が、ひっそりと頬を染めていたことは……おそらく、俺だけが見ていた事実だ。
*****
こちらのお話は本来、この「俺と委員長」を主軸とし、主人公とお相手を変えながら続く短編連作シリーズとなっております。が、もう随分昔の話でもありますし、転載はここまでで終了とさせていただきます。
お読みいただきありがとうございます。
俺と委員長 羽月 @a0mugi
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