第6話 外に出るときは鏡を見よう

「う、おえぇ」


 僕はそのあまりにも酷い悪臭に眩暈めまいを起こしながらも、最後のポテチゲロをゴミ箱に捨てた。

 ゴミ箱に入ったごみ袋をこれでもかと固く結び、内部からの漏えいを完璧なまでに防ぐ。


 僕はそのまま部屋を出て階段を降りると、リビング手前で周りを警戒する。

 顔を左右に何回も振り、腰を屈めながらゆっくりと前進し、そして思いっきりドアに向かって走り出した。


 そこからの僕は凄まじいものだった。

 玄関に到着したと同時に靴を履いてドアの鍵を開ける。

 するとまるでスケート選手みたいに滑る勢いで家から出ると、左方向に体を向ける。

 

 そんな僕の視界の先に真っ青なごみ収集車が走っているではないか。

 僕はごみ収集車を完全にロックオンすると、ゴミ袋を持っている右手を大きく回し始める。

 ブンブンと勢いをつけながら10回ほど回すと、僕はボールを投げる感覚でゴミ袋をごみ収集車目掛けてぶん投げた。


 僕に投げられたゴミ袋は綺麗な弾道を描いてごみ収集車へと接近する。

 そしてついに、ゴミ袋は閉じかけの車体ギリギリに入ったのであった。

 自分の部屋を出てからぴったし30秒で、僕は今回の一大任務を終わらせたのである。


「よしっ!」


 この人間離れした芸当に感極まった僕は小さくガッツポーズをした。

 するとガッツポーズをした途端右隣から聞こえてきたのは拍手だった。

  何事かと僕が右隣を振り向くと、そこに立っていたのは鼻水を垂らしながらランドセルを背負っている男の小学生ではないか。


 ランドセルに貼ってある黄色いアレを見る限り、この子は小学校低学年だろう。

 すると拍手をしながら小学生はこう言った。


「パジャマのおにーちゃんすごーい」


 小学生の言葉を聞いて僕はゆっくりと下を向く。

 そして下を向いた僕の視界に映ったのは、女の子のアニメキャラが沢山描かれたパジャマであった。

 僕は再び視線を戻して小学生を見つめる。

 そんな僕に見つめられた小学生も、純粋無垢な表情で僕を見上げてきた。

 

 怒涛の睨めっこ対決が発動して、そして睨めっこ対決はすぐに終了する。

 顔の下から一気に顔全体が熱くなって、僕は腕を顔に当て泣きながらダッシュで家に戻って行った。


「チクショー!! 覚えてろよ!!」


 純粋無垢な小学生。

 純粋無垢な小学生に見られたアニキャラパジャマ。

 純粋無垢な小学生に見られたアニキャラパジャマを着ていた僕。 

 あんな何も知らない表情で見られて、僕は余計に悲しくなるのであった。

 

 *


「はぁ……」


 僕は体を屈めてため息をつきながら部屋に戻る。

 するとそこで待っていたのは満面の笑みを見せた悪魔くんと、どこか哀れみの目で見てくる天使ちゃんだった。


「任務ご苦労! とても迅速な対応、流石俺が見込んだ男だ」

 

 悪魔くんは顎に手を当てながらニヤリと微笑む。

 僕は微笑む悪魔くんの側でうつ伏せになると、悪魔くんの方に顔を向けた。


「本当任務ご苦労だよ。何か報酬ぐらい用意して欲しいものだね」


「報酬? 報酬と言われてもな…… そうだ! 俺の残りのポテチならあげても……」


「もうお前のポテチは要らねえよ! 二度と吐くな!!」


 僕は悪魔くんの発言を遮って大声を上げた。

 そんな僕の様子を見て悪魔くんは「ケケケ」と楽しそうに笑う。

 横で見ていた天使ちゃんも「クスクス」と笑っていた。

 何が面白いのか知らないが、疲れ切った僕は顔を床に向けて休憩モードに突入する。


「それにしても早かったね。あの袋誰かに見られた?」


「袋は見られてないけど、それ以上にヤバいものを見られてしまった……」


 天使ちゃんの質問に答えた僕の声は普段より3割程度低かった。

 それもそうだろう。僕のお気に入りであるアニキャラパジャマを小学生に見られたのだから。

 何というか、高校生にアニキャラパジャマを見られて笑われるより、何も知らない小学生に真顔で見られる方が悲しい気がする。


「まあでも袋の方は見られてなかったから良いじゃねえか」


「本当に良かった。誰かに見られたりでもしたら終わりだったからね」


 僕は腕を組みながらニヤけている悪魔くんをチラ見した。

 あのゲロ袋を誰かに見られていたら終わっていた。

 何故なら僕は一生に一度たりともゴミを捨てたことが無いからだ。


 ゴミを捨てたことが無いと聞いて驚く人もいるだろう。

 でも僕からしたらこれが日常なのである。


 しかしだ、悪魔くんのゲロを床に放置するわけにはいかないのでゴミ袋に捨てた。

 本来ならばゴミ捨てはママに任せるのだが、あんな下劣な臭いがプンプン漂ってしまってはママに速攻で気づかれ怪しまれてしまう。

 怪しまれて部屋に入ってこられ、悪魔くんと天使ちゃんが見つかりでもしたら大変だ。


 なので今回だけは僕がゴミを捨てることにした。

 取り敢えずネットでゴミ収集車が来る時間を調べて、そして家族に見つからずスムーズにゴミを捨てれたというわけである。


「まあ大変だったけど、なんか久々にいい運動になったと思う」


 でも良い運動になったのは確かだ。

 距離こそは短いものの、機敏に動いたのでこれは立派な運動である。

 それにポジティブに捉えないと、パジャマを見られたショックを引きずってしまうからな。

 ポジティブに考えたことで少し表情も緩くなった僕を見て、悪魔くんは口を開いた。


「そうかそうか、それは良かったぜ! じゃあもう一回ポテチゲロ出してやるよ!」


 笑ながらとんでもないことを言ってくる悪魔くん。

 それがたとえ冗談であろうとも、僕は考える間もなくこう言った。


「2度と僕の部屋でゲロを吐くんじゃなぁぁぁぁぁい!!!」

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悪魔くんと天使ちゃんとインキャくん!? 〜なんか朝起きたら部屋で悪魔と天使がポテチ食ってたので、そのまま一緒に世界救うことにしました〜 影ノ者 @kagenomonox

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