第5話 皮肉を言うときははほどほどに

「いいか! 地獄や天国なんて存在しないんだよ! ドゥーユーアンダスタンド!?」


 僕は口を尖らせて見ぶり手振りをしながら、2人に向けて熱弁を始めた。

 

「地獄や天国なんて所詮は人間が想像でしたっ…… ぷっ…… 世界に過ぎないんだ!」

 

 無意識で駄洒落をしたことに気がついた僕は少し笑いそうになって言葉が詰まった。

 だが1人でに笑っている僕を他所に、2人は冷たい視線で僕を見上げる。

 何か僕だけがおかしいみたいな雰囲気に、僕は急に恥ずかしくなってきた。


「今のは笑うとこ! はい、減点!」


「……」

「……」


 えぇ!? なんでこいつら少しも笑わないの!?

 せっかく僕が堅苦しい空気を打破しようと、明るい口調で言ったのに。

 こいつら全然顔の表情変わんないじゃん! 人形かよ! 

 

 僕は心の中で文句を言いつつも、表情は苦笑いで済んでいる。

 空気を和ませる作戦が失敗し、空気がより最悪になってしまった。

 ここで引くか、それともそのまま行くか。選択肢は二つだ。

 ええい! ここまで来たらもう戻れん! 僕は行くぞぉぉ!


「それとも何か? もしかして君達そういうの信じちゃってる系の人? あーなるほどね。まあそういう人もいるよね。そういう、ーー可哀想な人」


 僕は最後の言葉を敢えて強調し、2人を煽るような発言をする。

 これはポテチの恨みだ。何か言言いたいことがあるなら言ってみろ。

 すると僕の心の中の煽りが伝わったのか、ついに悪魔くんが口を開いた。


「確かに地獄や天国が存在してる確証なんてないけど、逆に地獄や天国が存在していない確証もないんじゃないか?」

「うっ……」


 悪魔くんから帰ってきた返事を聞いて、僕は反射的に言葉に詰まってしまう。

 確かにそうだ。存在しないとも言えるし、存在するとも言えてしまう。

 結局この目で確かめるーーつまり、一回死んでみないと真相は分からずじまいだ。

 まあそんな馬鹿げたことする人なんていないと思うが。

 

 先程までとは一風変わった悪魔くんの言葉に、僕は一つため息をつく。

 そしてそのまま体を横倒して床に寝転がった。


「ああ、分かった分かった。もう僕の完敗だよ。これ以上自分を誤魔化しても無理そうだしね」


 僕は考えることを止めて、潔く諦めた。

 実は本当のことを言うとこの2人の言葉を嘘だと思ってはいなかったのだ。

 ただあまりにも現実的じゃないから、嘘だと自分に言い聞かせてそれを表にも出したってわけさ。

 それにこの2人を一目見ればすぐに分かる。だってほら……、


「その大きさ、人間だと言われる方が信じ難いよ。まだ悪魔や天使だと言ってくれた方が、信じられるってもんだ」


 僕は2人の方に顔を向けながら、笑った。

 この2人は明らかに人間のサイズではない。それが何よりもの証拠だろう。

 2人は人間の赤子よりも小さく、ガムテープ二つほどの大きさと同じぐらいだ。

 だったらもう信じるしかない。ーーこの2人は悪魔と天使なんだと。

 

 諦めて清々しい表情の僕を見た2人はお互いに目を合わせる。

 そしてニヤリと笑うと僕の顔目掛けて突っ込んできた。


「ひゃっ!?」


 突然突っ込んできた2人に僕は驚きのあまり変な情けない声を出してしまう。

 そんな僕を他所に悪魔くんのは僕の頭を何回も叩いた。


「ハハッ、そうかそうか。やっと俺達が本物だと納得してくれたか。なんとも物分かりの良い人間だなあ。よし、褒美をあげよう! 何か欲しいものはあるか?」


「え? 欲しいものくれるの!?」


「もちろん」


「何でも良いの!?」


「何でも良いぜ。俺に叶えられない願いなんてないからな!」


 気分が良いのか、悪魔くんは上から目線の笑顔で自信満々に話してくる。

 そんな悪魔くんの言葉を聞いて、僕は考える間もなくこう言った。


「そうだなぁ。今朝食べられたコーラ味のポテトチップスが今すぐ食べたいなぁ……。あれもう今週はどこにも売ってないんだよなぁ……。あーあ、突然目の前に現れないかなぁ」


 僕は皮肉混じり今朝2人に食べられたポテチが食べたいと言う。

 もちろん今週分のあれはもう売り切れているので手に入れることなど出来ない。

 だからこそ、今すぐ手に入れることが不可能なポテチが欲しいと、半分挑発のような形で言ったのだ。

 

 まあ流石に悪魔と言っても、あのポテチを入手することは不可能だろう。

 何でも叶えられるなんて不可能に決まってる。

 それこそ時を戻さないとでもしないと……、


「よしわかった!」


「え!?」


「さっき食べたポテチ? とかいうやつ、俺が召喚してやる!」


「しょ、召喚だって!? 本当にそんなことが出来るのか!?」


 悪魔くんから放たれた衝撃の言葉を聞いて、横になっていた僕は驚きのあまり飛び起きてしまった。

 既に無くなった物を召喚するなんてそんなこと出来るはずが……、いや待てよ、悪魔なら出来てしまうのか?

 悪魔くんが悪魔だと言うのなら、失われたコーラ味のポテチを召喚できてしまうのか!!


「任せろ! 俺に出来ない事なんてない!!」


 悪魔くんが左手を天に掲げるのと同時に、悪魔くんのの足元に紅蓮の魔法陣が現れる。

 魔法陣から放たれるオーラはとても凄まじく、少しでも気を緩めたら意識が持ってかれそうになるほどだ。

 異世界にでも転生したかのような、この世のものとは思えない光景に、僕の心の高鳴りは絶頂を迎える。

 

「うおぉぉぉ!! なんかすげぇぇぇぇ!!!」


「失われし全ての万物よ、今こそ我の元へと集え! そして今この瞬間、その終わりし命の花を再び咲かせようではないか!!」


 悪魔くんが盛大な呪文を唱え終わると、天に掲げた左腕を勢い良く振り下ろした。

 まさか、まさか、本当にあのポテチを召喚してしまうのか!!


「今ここに顕現せよ!!! ポテチ、召喚ーーおぇぇぇぇぇぇ」


 するとそこに召喚されたは、悪魔くんの口から出てきた虹色のポテチであった。


 そこに召喚されたのは紛れもない期間限定コーラ味のポテチである。

 だがそのポテチは液体ぽくて変な匂いも漂っている、僕の知らないポテチだった。


「はぁ、はぁ。どうだ、ーーポテチ、召喚したぞ」


 召喚の際に消費した魔力が大きかったのか、悪魔くんは既にヘトヘトである。

 そんな疲れ切った悪魔くんを、僕と天使ちゃんは真顔で見つめていた。


 床に撒き散らされたポテチを少し眺めた僕は、急いで窓の元へと向かう。

 そして窓の鍵を外して開けると、家の真下に向かって口を開くのであった。


「オェェェェェェ」


 犬と犬は共鳴するように、ゲロとゲロも共鳴するらしい。

 これぞまさに、ーー悪魔の所業。


 

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