ロクデナシオ・ロクデナシオン

陋巷の一翁

ロクデナシオ・ロクデナシオン

 ガイコツと呼ばれている。ユ-レイとも呼ばれている。青葉西中学に通うユーレイ男子。それが僕だ。背は普通ぐらいだけど何しろ体が貧弱だった。筋肉もぜい肉もついておらず、骨と皮だけのなりだ。

 こんな虚弱な体だけど、幸いイジメとは無縁だった。いじめの対象にするには存在感がなさ過ぎて無理と、笑いながらいじめっ子に言われたこともある。僕はなんと返せばいいかわからなかった。たぶん変な笑いを浮かべただろう。それは出来事を外部として拒絶するための僕のいつものやりかただった。それと僕とは関係ないですよといった具合の。

 だからできごとと言うものはいつも自分の外側にあった。僕は傍観者ですら無かった。教室やクラスで起きることのほとんどを外部として切り捨てていたのだ。イジメもテストも体育も、それから先生の話も成績も。みんな僕にとっては外部だった。ただ僕の表面をなぞって流れていくばかりだった。

 成績は悪かった。先生の話を理解できないのだから当然だ。先生もはじめの頃は僕のことをがみがみと言ったが、それもいつもの笑みで流してしまうとあとは何も残らなかった。


 この笑みが通じない相手がいた。父親を知らない僕が知っている唯一の肉親――僕を一人で育ててくれた母親だ。この笑みを使うと何へらへら笑っているのよとひっぱたかれた。だから僕は母に対してはいつもの笑みを消し、顔だけはまじめな風を装ってその実何も聞いていなかった。


 本当のことを言う。僕は外部におびえていた。学校や外に出ている時はいつもびくびくすることばかりだし、とてもとても怖い。家も安心というわけじゃ無い。さっきも言ったとおり僕の母親は僕の心に理解が無い。引きこもりがちで虚弱体質の僕のことをなぜ普通の子みたいにできないのかとなじるばかり。普通の子ってなんだろう。なじられながら僕は考える。それは僕の母親が抱いている綺麗な幻想で、けれどそれを打破する力は僕には無かった。ただうなだれてまじめな顔を装ってよそを向くだけ。

 いつからだろう。そんな時間がとてもつらいと思うようになったのは。


 そんなときはなぜ生きているのだろうと思う。僕が消えたって誰も困らないし、むしろみんな喜ぶだろう。クラスメイトも先生も、今ここで僕をなじっている母親だって――。ひょっとしたら、喜ぶのでは?


「もう、いいわ」


 そんなことを考えているとため息と共に母親が言う。僕は解放された。母親は忙しいのだ。僕にだけかまけている時間は無い。家事と仕事、二つを器用にこなして僕を養ってくれている。尊敬すべき母。偉大な母。どうして逆らえようか。逆らおうと思うだけで歯がカチカチと音を立て涙があふれてくる。僕は母に縛られていた。たぶんそれは悪いことなんだろうと思う。けど逆らうなんてできやしない。


 今日も母親の言う普通になれない自分を悔やんで悔やんで悔やんで眠る。そうして思うのは生まれてこなければ良かったというあの感情だ。母は僕を生んでからつらいことばかりだろう。僕のせいだ。僕を生んだせいだ。あぁ。思考が闇に飲まれていく。そうして眠りが訪れる。自分で作った毒は僕から食欲を奪い、つまりは僕は自分を罰しながら生きていた。


 母親は僕の食が細いことに関しては無頓着だった。忙しいから気にしている余裕も無いのだろう。

 僕の趣味についても無頓着だった。まあ僕に趣味は無いけれど。部屋に引きこもって何も考えないでいるのが一番僕にとって心地よい時間だった。

 友達に関しては母はそれを嫌っていて、友人はTVゲームとか漫画で僕を堕落させる存在だと思っていた。

 だから友人のいない僕は母親にとって都合が良かった。僕も友人なんてできるはずが無いと思っていたので、特に異論は挟まなかった。それにゲームとか漫画に興味を持てなかったこともある。

 繰り返しになるかも知れないけれど改めて言っておこう。僕はあらゆることに関して興味が薄いのだ。しかし最近になって少し僕の興味を惹くようなことができた。というのはこのあいだ転校生が越してきたからだ。

 僕とうり二つのガイコツ人間。ユーレイ二号。みんなから無視されるべき存在。だけどその幽霊には入っている魂が違った。僕とは違う、燃えるような魂が彼の心に宿っていた。


 殺してやりたいよ。同じなりをした僕を見て開口一番そいつは言った。

 同じような駄目な成績を見てそいつはさらに言葉を強めた。

 お前みたいな駄目人間、ぶっ殺してやりたいよ!

 はあ、そうですか。そして僕はそれを外部として切り捨てた。彼は僕を殺しはしなかった。ただひどいイジメを受けた。受け続けた。そしてそれに耐え忍んでいた。

 なぜ彼をいじめるのだろう。

 なぜ僕とは違い彼はひどい目に遭うのだろう。

 僕は考えた。自分には珍しく。

 答えが出なかったのでいじめる生徒に直接聞いてみた。

「なんか鼻につく」という答えが返ってきた。

 それでは満足できなかったのでいじめられるそいつにも聞いてみた。

「知らねえよ」

 そいつは吐き捨てるように言った。

「だけど、俺はお前とは違って簡単には死なねえからだろうな」

 そうとも言った。

「簡単に死んでたまるか。いじめる奴の思い通りになってたまるか。俺はいつもそう思っているんだ」

「へえ」

「お前はさっさと死ねよ」

 僕が言うとそいつは笑って言った。もちろんその言葉は僕の表面を流れて消えたけど。それでそいつとの会話はおしまいだった。


 いじめは続き、とうとうそいつは自殺した。究明が行われ、幾人かの生徒が罰をおった。僕はと言えば相変わらず全ての外側を外側を生きている。つまり、関係なかったってことだ。

 そして僕は中学校を出てこれ以上母に負担をかけることも高校に進学するつもりもなかったので地元の企業に就職した。

 そして最底辺でこき使われ、じきに心を壊した。そのときは自分にも心があるんだとびっくりした。次いで体を壊した。そこまでして母はようやく僕を見捨てた。いま母は一人で気ままに生き、僕はと言えば一人地べたで這いずるように生活保護を受けて生きている。


 ……。


 全ては外部だ。僕のことも。振り込まれるお金以外に頼る物は無く、僕はぼんやりとただ生きている。それだけだ。ただごくまれに思い出すことがある。

 それは僕に似て僕とは違う魂を持った存在のこと。


 ……。

 

 薄く目を閉じる。

 なんでだろうか、僕は今そいつの燃えるような魂を欲している。

 けれどもそれも外部のことだ。

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ロクデナシオ・ロクデナシオン 陋巷の一翁 @remono1889

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