第9話 ふれあい体験裏メニュー

 キングコングとの腕相撲を終えたエレナ王女様は、若干、青ざめていましたが、特に怪我はなく、まだまだ元気でした。


「いかがでしたか?」


「ふっ、最初、私が勝ちそうだったから、ちょっと油断してしまったわ。私が本気を出していたら勝ってしまっていたかしら?」


「それはすごい。キングコングは指一本で人間の腕をへし折ってしまうと言われていますので、少し心配していました。テイムして手加減するようには言ってあるのですが、キングコングがつい本気を出してしまったら、けが人が出ますので・・・」


「そ、そうなの・・・(がくぶる) ま、まあ、私にかかれば、たいしたことはなかったわ」


「それでは次のふれあい体験に行きましょう。ラッシュ・イーグルの餌やり体験!」


「ラッシュ・イーグルというと、普通の鷲の3倍もの高速で飛び、獲物を捉えるという怪鳥のことね」


「はい、エレナ王女様。餌は今日は干し肉を使います。干し肉を持ってじっとしていれば、ラッシュ・イーグルが足で餌を取っていきますので、怖がらずに立っているだけでいいのです」


「ちなみに、この企画はどうしてお蔵入りになったのかしら?」


「じっと立っていれば危険はないのですが、怖がって動いてしまうと、逆にラッシュ・イーグルの狙いがそれて、餌やりをする人が怪我をする可能性があるからです」


「そ、それはどれぐらいの怪我なのかしら・・・」


「ポーションですぐ治るぐらいの怪我ですよ、エレナ王女様。僕も最初怖がって動いたものだから、頭に爪を喰らって流血しましたけど」


「りゅ、流血することもあるのね・・・(がくぶる)」


「でも、動かなければ大丈夫です。チャレンジなさいますか?」


「ふっ、もちろんよ。この私に怖いものなどないわ」


 カルタンは、またもテイムの杖で、ラッシュ・イーグルの鷲巣さんにこっそりと話しかけました。


「いつものスピードの10分の1でお願いしますよ」


「ふん、遅すぎてあくびが出るがしかたないのう」


 カルタンはエレナ王女様に干し肉を渡し、頭上に掲げるように持ってもらうように指示しました。


 エレナ王女様は干し肉を掲げながら目をつぶり、直立して、「私は怖くない、私は怖くない・・・」とつぶやいています。


「では、いきまーす。鷲巣さん、ゴー!」


 鷲巣さんが、とまり木から飛び出しました。そして、比較的ふんわりと飛ぶとエレナ王女の手から干し肉を掴み取って行きました。


「エレナ王女様?」


「私は怖くない、私は怖くない・・・」


「王女様、もう終わりましたよ」


「えっ、終わったの、ほっ・・・ではないわ。気づかないぐらいあっという間だったわ。さすがラッシュ・イーグル。とてつもない速さだったわ」


「全く動けない、じゃなかった、動かないとはさすがです、王女様」


「あ、当たり前じゃないの。私は王女よ」


「では、最後のふれあい体験に行きましょうか」


「つ、次で最後なのね」


「はい、少なかったですか?」


「いいえ、あまりわがままを言って職員を困らせてはいけないから、これぐらいにしておこうと思うわ」


「では、最後のふれあい体験は、キラーパンサーの歯磨きです!」


「キラーパンサーというと、あのがっつり肉食系の・・・」


「はい、キラーパンサー1体で、ゴブリン50体は軽くやっつける、好物は人肉というそれはもう怖いモンスターです」


「は、歯磨きが必要なのかしら?」


「自然界のキラーパンサーは歯磨きはしませんが、研究所では健康増進のために、歯磨きを推奨しています。というより、僕が専属飼育員になってから、キラーパンサーのパンちゃんの希望で、歯磨きをするようになったんです」


「そんな猛獣の歯磨きなんかしていて、き、危険はないのかしら?」


「檻の外から、長い歯ブラシで磨いてもらうので大丈夫ですよ。歯ブラシというか、デッキブラシを使います」


「ボツになった理由は?」


「ただただ怖いという理由と、肉ばかり食べているのでちょっとお口が臭いという理由です。危険は全くありません」


「き、危険はないのね。わかったわ、やりましょう」


「無理しないでいいんですよ?」


「む、無理なんてしていないわ! 私にかかればキラーパンサーなんか楽勝よ」


「では、パンちゃんの檻に行きましょうか」


 カルタンが檻の中に声をかけます。


「パンちゃん、歯磨きの時間だよ」


 キラーパンサーのパンちゃんは、今ではずいぶんカルタンになついており、声をかけられるとおとなしく寄ってきました。


「では、見本を見せますね」


 カルタンが、デッキブラシを手に取りました。


「はい、パンちゃん、お口開いて~」


 パンちゃんがお口を開くと、人間の肘から先ほどの長さの大きな牙が並んでいます。それをカルタンがデッキブラシで、シャカシャカと磨くと、パンちゃんは気持ちよさそうに目を細めています。


「では、エレナ王女様、反対側を磨いてあげてください」


 王女様は、自分の上半身をひと飲みにしてしまいそうな巨大な口を前に、がくぶるしていましたが、カルタンからデッキブラシを受け取ると、果敢にも歯磨きをしてあげはじめました。


「カルタン、歯の間に、緑色の布がはさまっているけれど、これは何なの?」


「あ、それは、昨日のご飯に食べたピクシーが着ていた服ですね」


「よ、妖精さんを食べたの?」


「ええ、柔らかくて美味なんだそうで、パンちゃんの好物です。僕もときどき捕まえに行きます」


「そ、そうなの、あなた結構強いのかしら・・・?」


「いやあ、僕はなんちゃって捕獲班なので、ピクシーは1日に一匹、罠で捕まえるのがせいぜいです」


 話をしながら、ブラッシングをしていたエレナ王女様のデッキブラシが、まちがってパンちゃんの歯茎に当たりました。


「がるあっ!」


 パンちゃんが不満げな唸り声をあげます。


「ああー、パンちゃん、ごめんごめん。エレナ王女様、優しく磨いてあげてくださいね」


「は、はい・・・(がくぶるがくぶる)」


 そんな調子で、パンちゃんの歯磨きが終わりました。


 エレナ王女様は、ちょっとふらふらしています。


「はあ、はあ、やっと終わったわ。飼育員の仕事も大変なのね、感心したわ、カルタン」


「光栄です、エレナ王女様」


「最後に、もう一度、ホワイトカピバラのもふもふで癒やされてから帰ろうかしら」


「かしこまりました」


 カルタンは、ホワイトカピバラのもふちゃんをエレナ王女様に抱っこさせてあげました。


「あー、落ち着くわ。私もこういう癒やし系モンスターを一匹、王宮で飼いたいものだわ」


「癒やし系?」


「だって、ホワイトカピバラは危険はないのでしょう?」


「危険のないモンスターなんていませんよ。危険があるからモンスターなんです。ほら、もふちゃんのお口」


 カルタンがそう言って、もふちゃんのお口を引っ張ると、長さ15cmもありそうな、鋭い前歯が光りました。


「危険が迫ったときには、この鋭い前歯で戦うんです。それで、人間の腕を食いちぎったり、首を噛み切ったりするんですよ」


「えぇぇ・・・(がくぶるがくぶる)」


「もふちゃんは慣れているから、そんなことしませんけどね」


 最後は、応接室で研究所長が挨拶をして、エレナ王女は王宮に帰ることになりました。


 さて、モンスターふれあい体験裏メニューで、エレナ王女も少しは懲りたのでしょうか?

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モンスター飼育員 前木 @maeki

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