ペンは剣より・・・・・・
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「た、隊長ー! どんどん迫ってきます!」
隊員の山岡は、隊長の村尾に判断を仰いだ。暴徒の制圧に出動したのだが劣勢だ。どう考えても、自分達の装備で暴徒を制圧するのは難しい。暴徒の方が有利だ。しかし、ここで退いては暴徒は首相官邸へ
◇◇◇
舞台の背後には大きく日の丸が掲げられていた。そのに並べられた椅子には国家公安委員長が鎮座していた。会場にはびっしりと警察官が参列していた。司会がまず口を開いた。
「諸君、皆も知っての通り国家公安委員長の
事前に知らされていた警察官達は、とうとう来たか、と嘆息をもらした。当然ながら待ち受けるだろう困難に不安を抱いて聞いていた。
「それでは、頑爺委員長による警察の非暴力化を記念して、諸君には万年筆を配布する。大事に使ってほしい」
なんでここで万年筆なのか良く分からなかったが、皆は拝受した万年筆を胸ポケットにうやうやしく挿した。そのキャップには「国家公安委員長 頑爺」と仰々しく金文字で書かれていた。参列していた村尾は呟いた。
「非暴力といえば聞こえがいいけど、そんなんで凶悪犯を取り締まれるかよ」
そこに、頑爺委員長が登壇した。そして、
「諸君、暴力は暴力を生む。どこかで断ち切らなければならない。かつてインド独立の父、ガンジーはこれを成し遂げた。今度は、われわれ警察の番だ。諸君の協力を求む」
「超」飛躍した論理展開に村尾は呆れた。
「こりゃあ、むちゃくちゃだ」
しかし、家族を養うため、警察官を辞める訳にはいかない。
◇◇◇
山岡は、その日はいつものように交番勤務の予定だった。しかし、急遽デモの警備に回された。デモ隊の一部に怪しい動きがあるというのだ。山岡は村尾隊長の元で警備隊員として任務に就く事になった。
最初は平穏なデモだった。政府の政策に反対するプラカードを掲げ、口々にスローガンを叫んでいた。デモ隊は届け出ていたコースを進んでいたが、ある所から急に首相官邸の方向へ向けて進み始めた。警備の隊員は注意したが、全く言うことを聞かない。
「討つべし、討つべし」
デモ隊は声高に繰り返しながら、官邸へ迫って行った。そこで、警官隊と押し合いへしあいになった。
そんな時、デモ隊の先頭の1人がおもむろに腰から長剣を引き抜いた。刃渡り1mはあるだろうか。すると、周囲の若者も次々と長剣を抜いた。昼下がりの太陽に照らされて、キラリと光っている。
警官隊はあとずさりした。5mほどを隔てて両者はにらみ合った。剣で武装した暴徒はじわじわと迫ってくる。
「た、隊長! どんどん迫ってきます!」
山岡の叫びに村尾隊長は決断を迫られていた。背後にある首相官邸を守らなければならない。俺たちが守らなければいったい誰が守るというのだ。しかし、ついこの間まで標準装備として携帯していた拳銃は今は無い。武器といえるのは警棒くらいだ。これで、長剣を振りかざした暴徒にどうやって太刀打ちできよう。
緊迫した空気の中、警官隊はいつしか胸ポケットの万年筆を取り出して握り締めていた。警察官の非暴力化を記念して受け取ったものだ。キャップを取り、18金のペン先を暴徒に向けている。尖ったペン先が武器になるかもしれないと、
山岡は万年筆では何もできない事は分かっていた。しかし、隊長が何か命令するまでは動けない。無駄な抵抗だが、インクでも飛ばして時間を稼ごうとしていた。インクが相手の目にでもかかれば、目潰しくらいにはなる。
山岡は腰を低くして暴徒を睨み付け、右手には万年筆を持ち、左手で万年筆のインクを取り出すために、後部を開けようと手探りしていた。
その時だった。
「ぷしゅー」
という小さな噴射音と共にペン先が発射された。超小型のロケット弾になっていたのだ。
「あっ」
山岡は、予期せぬ出来事に驚いた。それを見ている暴徒も足を止め、何事が起きたのかという顔つきで眺めていた。
ペン先は暴徒の最前列の足元に着弾した。ボーンという弾ける音がした。立ち込めた煙が晴れていくと、数人の暴徒が倒れて
「よし、山岡に続け! 万年筆の後部がスイッチだ」
他の警官もそれを見習って、次々と「ペン先」を発射した。
「ボーン、ボーン」
立て続けに爆発が起こり、デモ隊は
村尾は
「隊長、やりましたね」
「あー、良かった。一時はどうなるかと思った。山岡、お前の手柄だ」
山岡は照れた様子で返した。
「いやー、自分もびっくりしました。こんな仕掛けがあったんですね」
しかし、「ペン先ロケット弾」の存在は伏せられた。これは最後の手段として万年筆に組み込まれていたが、当の警察官にも秘密であった。それを山岡が偶然見つけたという事だ。「ペン先ロケット弾」には厳格な報道管制が敷かれ、一般市民の相知らぬ所となった。もちろん村尾、山岡達にも鉗口令が発せられた。
当局は、あくまで警官隊は非暴力を貫いて、暴徒に打ち勝った事にしたいためだ。爆発は暴徒が用意していた火炎弾が暴発した事として処理された。
◇◇◇
その訓示はインターネットを経由して行われた。山岡はいつもの交番にいた。パソコンの前でその様子を見ていた。そこには頑爺国家公安委員長の姿があった。
「警察官諸君。先日のデモ警備隊の活躍を誇らしく思う。警官隊は、銃器を使わずして首相官邸を守り通した。ここに非暴力による治安維持が実証された」
一息ついて続けた。
「『ペンは剣より強し』だ。」
山岡はアホらしくなってパソコンを切った。
「国のお偉いさんは何を考えているのかよう分からんな。ペンで国の治安を守れるか? 法を守らせられるか? それが出来るなら俺たち警察官なんて要らないさ」
山岡は胸の万年筆を取り出していじくりながら続けた。
「守っている主役は拳銃さ。いや、この『ペン先ロケット弾』でもいい。とにかく『武力』だ。力の後ろ盾無しで、文民統制も法治国家も無いだろ」
その時、交番に若い女性が飛び込んできた。外でナイフを持った暴漢らしき大柄な男が交番の中を伺っている。山岡は外に飛び出し、言った。
「
暴漢はニタニタしながら言った。
「おまわりさんよ。知ってるよ、拳銃持って無いだろ。おっ、いい万年筆を持ってるな。その万年筆でかかってこいよ。やれるもんなら」
暴漢はナイフをかざしながら迫ってくる。警察官が拳銃を所持していない事は衆知の事実となっている。
山岡は呟いた。
「あー、またか。でもあれ以来『ペン先ロケット弾』の使用は禁止されているし」
その時だった。
「パーン」
と乾いた音がし、暴漢はゆっくりと崩れ落ちた。
思わず見回すと、少し離れた所に拳銃を持った男が立っていた。銃口からは、まだ薄っすらと煙が上がっている。
「よおっ、山岡さん、久しぶり。通り掛かったら、チンピラがナイフ持ってたんで退治してやったよ。まあ、正当防衛だよな。じゃあ、あばよ」
その男は拳銃を仕舞うと口笛を吹きながら去っていった。
女性は去ってゆく男性に何度も頭を下げて感謝していた。しかし、山岡の方は見向きもしなかった。
山岡は大きくため息をついた。
「あー、黒田だ。近くの組のヒットマンだ。最近出所した時にいろいろ世話をしてやったので、俺に恩があると思っているのだろう」
去ってゆく黒田は、ふと歩みを止めてこちらを振り返って、大きな声で言った。
「山岡さんも大変だな。いいさ、いざという時は俺が守ってやる。安心しな」
黒田は踵を返して口笛を吹きつつ、すっかり日の落ちた街角に消えていった。
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