第9話

 翌朝、朝ごはんを食べに出て、今回最後のフォーを味わい、ベトナムコーヒーはテイクアウトした。身体にまとわりつく湿気を、陸は名残惜しく感じた。


 部屋に戻り、ドアが閉まるとパブロフの犬のように西田が背中から抱きついてくる。うなじに鼻を埋められると、陸は背後の彼にキスをする。練乳入りコーヒーが残った、甘い唾液の交換。足の間に西田の膝が入ると陸は我に帰り、西田の肩を押して身体を離した。

 

 「準備してきます」

 目を伏せてぼそっと言う。 あぁ、これがなきゃなぁ。

 「うん、待ってる。シャワーは浴びなくていいからね」

 顔は見られなかったが、西田の声は優しく耳に触った。

 

 陸が戻ると、西田はスーツケースを部屋の隅に広げパッキングをしていた。別の地域に滞在するようで、服や身の回り品の入れ替えをしている。


 「俺もシャワー行ってくるわ」

 西田はそういうと、開いたスーツケースや私物はそのままにシャワールームに入っていった。

 陸は動くのを止め、ドアが開いて閉まる音を確認した。


 ベッド横のテーブルにはパスポートに挟まれた航空券。陸はそっとパスポートを開き、中の航空券を確認した。ハノイから成田まで。指先で日付と時間をなぞった。陸の帰国の翌日だった。陸はスマートフォンに西田の帰国の日付と時間をメモした。


 それから、彼がシャワーから戻ってくる間、窓から街の喧騒を見下ろしていた。そうしていると、後ろからもっちりとした感触を感じた。

 「お待たせ」

 低音だけど甘い声が陸の耳孔をくすぐる。そして頬に柔らかい感触を感じた。


 「今日は思いっきり陸を味わいたい」

 陸の中心に手が添えられた。すでに熱をもっていたそれに。

 陸は身をひるがえし、西田の唇に自分の唇を押し付けた。陸が口を開くと彼も口を開く。舌を触手のように絡ませると、西田が陸の舌を呑みこむのではというくらいに強く吸う。


 西田の唇は陸の項に下がり、強く吸われた。項のあとは鎖骨の下、胸筋、肋骨へと。鼻を付けて匂いを吸い込みながら、唇や舌で本当に俺の肌を味わっている。匂いの強い脇や脇腹に鼻をつけられると恥ずかしくて、身体が余計に熱くなってしまう。


 陸の中心に濡れた感覚がしたので下を向くと、西田が陸のを咥えていた。唇でしごくのではなく、舌で陰茎をねっとりと舐められる。「……んっ……」と思わず声が出てしまう。西田は陸の敏感なところを知り尽くしていた。両手の自由を奪われ、ひたすら舌で愛撫されると陸の熱は西田の口内に放たれた。


 室内は静かになり、外のけたたましい交通音だけが響く。


 陸の体内には快楽の漣がくすぶり、身体を何度か波打たせた。不意に西田の身体にしがみつきたくなり、両手を伸ばすと西田は陸の願いを叶えてくれた。


 抱き合って、頬やエラ、首筋を唇で愛撫される。口淫からの流れが止まらなかったので、西田は俺が放ったのを飲んだのだな、と蕩けたアタマでも分かった。


 俺も……と身体を起こし、西田の下半身に向かうと彼に制された。


「先に解させて?」

 そう言う西田の手はすでに陸の尻の敏感なところを撫でている。尻の奥に指の感触を感じると、反射的にその先を期待してしまい、陸は起こした上半身を再び横たえた。


 西田は陸の両ひざを曲げ、太腿を大きく開かせる。西田はローションを手に垂らして両手で揉み込むようにして温める。それを見ながら、俺は気が急いてしまったり、その後に訪れる快楽を期待したりして心が忙しかった。


  「……んっ…」

 西田の指が陸の中に挿入った。陸の中がどうなっているのか確認するように指が蠢く。身体を強ばらせ、快楽に身委ねると指が一本、二本、三本と増えていった。


 「あぁっ!あッ…あッ…あッ…」

 その三本指が波打つのを感じると、陸は大きく喘いでしまい、無意識に弓なりに反って快楽に耐える。指が落ち着くと陸は深く呼吸をする。落ち着く間もなく西田のキスが頬や唇に降ってくる。指が抜かれるとまた反応してしまう。


 陸の顔は唾液や涙だけでなく、表情もぐずぐずになっているに違いない。だけれどもそれを手や枕で隠すというところまで思考が働かない。肩で息をしながら、陸の足の間で避妊具を装着している西田を眺めるしかできなかった。


「はやく欲しい……」

 陸がつぶやくと、西田は無言でうなづいて陸に覆いかぶさる。彼は自分のものに手を添え、枕で高さをつけられた陸の後ろにあてがう。何度か陸の入口に彼の先っぽが擦り合わされ、前からその行為が好きな陸は思わず口角をあげた。

 「好きだよな、これ」

 西田は陸に訊きながらさらにこすりつけて来る。

 「ん…好きぃ……っ」

 うわずった声が出てしまう。

 「あっ……」

 返事しきる間もなく、西田が陸に挿入ってきた。だんだんと深く入っていき、彼の堅さを味わうよう感覚を研ぎ澄まし、快楽に余裕をなくす彼の表情をじっと見つめる。

 全部入ったのか、西田は動きを止め、陸にすき間なく抱きついてきた。肩口に鼻をうずめ、項や襟足の生え際の匂いを嗅いでいく。陸は自分の中がキュッと締まったのを自覚した。

 「動くよ……」

 西田がそう言って身体を起こした。陸の脇のすぐ横に手をつき抽挿を始める。西田自身を感じる。中を掻き混ぜられ、蕩けた陸の顔を凝視して腰を振る西田と目が合うと余計に中が締まってしまう。

 「……っ!……」

 西田は力を失い、陸の胸に倒れ込む。陸の刺激に感じる西田が見られてうれしい。

 「若いのにこんなにエロくなって……」

 こんなことを胸元でつぶやくから、陸は彼の頭を両手で抱え、両足で腰をホールドする。西田は俺の胸に頬をこすり合わせながら、抽挿を再開した。


 体位を変えて対面座位で密着し、最終的には正常位に戻って、俺の骨盤をつかみながら、俺に突き刺すように、下生えをこすり合わせて、俺は身体をしならせて、一回目の絶頂を迎えた。


 昼飯を食う間も惜しんで二回目の絶頂。しばらく眠って陽が翳ると起き上がって、交代でシャワーを浴びる。この旅最後の夕食はホテル近くの食堂で簡単に済ませた。


 ホテルに戻る道すがら、何歩か先を歩く西田の丸みを帯びた背中を見つめる。


 遠い。


 彼は半分だけ男同士の世界にいる。そして近いうちに出ていくのかな。


 部屋に戻ると、背中から西田に抱きしめられ、うなじにキスをされた。陸は応えるように身をよじらせて彼の唇にキスを返す。


 「痕つけてもいい?」

 ベッドにの上で、陸から服を脱がせながら西田が訊いた。

 「焼けてるから、付きにくいですよ」

 「俺のだってしるしをつけたいんだよ」


 陸を見下ろす西田の後頭部を手で引き寄せる。


                  *


 陸は一足先に帰国し、西田が帰国する日時になると空港で待ち伏せした。

 黒いキャップを目深にかぶり、到着口を遠目に眺められる所に座る。到着口にかじりつくように1人の女性が立っているのが見える。陸はその後頭部を冷めた視線で見つめた。


 しばらくすると何人かが到着ロビーに出てくるのが見えた。陸は、群衆の中で特徴のない顔の男を見つける。この、不本意に身についた能力が今では疎ましかった。


 西田がゆっくり歩を進めると、すぐに1人の女性が小さく手を振って彼に近づいた。蕩けるような笑顔の西田。陸は心と身体が揺さぶられた感覚になった。


 女性と西田は顔を近づけて二言三言話すと、寄り添って歩き始めた。二人が到着ロビーから離れていくと、陸は彼らを小さくなるまでじっと見続けた。深く呼吸して動揺を整えながら。


 結婚……するんだよな。


 陸はホテルで見たメッセージを思い出していた。


 いつか俺とも会わなくなるかな。


 ーーそして西田は男を求めない男として《擬態》していくのだろう。


 

 陸は西田たちを見るのをやめ、彼らに背を向けるかたちで身を翻した。そしてスマホを出して、西田の連絡先をブロックした。


                  *


 西田が陸に付けた痕はバイトや大学生活に明け暮れてる間に消えていた。


 そこから数ヶ月後、陸のバイト先に西田が通りかかるのが見えたが、陸がわざと他の客に話しかけるようにして無視した。


 それ以来、西田は陸の前に現れなくなった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

口のなかを甘くしたまま オニワッフル滝沢 @oni_waffle_tk

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ