第8話
夕食はカントリーハウスを改装したレストランを西田が予約してくれていた。案内されたテラス席に座る。頭上には様々な色のランタンが吊るされ、照明の少ないテラス席で幻想的な雰囲気を作り出していた。
注文は西田に任せた。テーブルには海老のグリルや生春巻き、肉の串焼きなんかが並んだ。一皿の量が多かったが、昼食を食べていない男2人だから問題はない。
陸は海老を一つ取り、腹から指を入れ殻をパリパリとむいていく。
「器用にむくなぁ」
西田が関心してくれている。そう言われて俺は嬉しくなった。
「母親の手伝いしてたからそれなりにできますよ」
陸は頬杖をついている西田に、尾っぽを持って海老を差し出した。
西田は何も言わずに陸の差し出した海老にしゃぶりつく。指に唇が近づくとなんだか興奮した。西田の唇がゆっくりと離れると、陸の手には尾っぽだけが残った。
「美味いな」
満足げな顔で西田がそう言う。陸はなんだか恥ずかしくなって自分の分の海老を手に取ってむき始めた。
陸は最初の一杯だけビールで、あとは水を飲んでいた。ずっとビールを飲んでいた西田の方は、食事が終りの方に近づくと、目をトロンとさせて食べ続ける陸を見つめていた。
「就職とか、もう考えてるの?」
ニヤケたまんまで西田が訊く。陸は咀嚼しながら、口の開け方に気をつけて答える。
「今は先輩の話しを聞きながら……どの業種がいいかなってぼんやり考えている程度ですね……。西田さんの会社は……お忙しいみたいですね」
陸はどさくさに紛れて探りを入れるつもりで訊いた。
「やめたほうがいいよ、商社なんて」
そう言って微笑むと、ビールをあおった。
食事を終え、ホテルまで歩く。歩きながら二人の手が何度か触れていると、どっちがどっちからでもなく指を絡ませた。握る手に力が入ったのは西田が先だった。
西田が結構酔っぱらっているので、部屋に戻ったらそのまま寝るだけだった。
「脱がして……」
ベッドに座り、子供のように両手を上げて舌足らずで言われるとTシャツの裾をたくし上げて脱がせる。西田は上半身裸になると脱力してベッドに沈み込んだ。
「下も脱がせますね」
陸は彼のベルトを外し、ズボンを脱がせた。陸もなんだか疲れてしまって、パンイチの西田を見ても劣情は湧かず、寝息を立て始めた彼の腹にシーツをかけるとバスルームに入った。
シャワーを浴びて、ベッドに入ると眠っていたはずの西田が背中に抱きついてきた。背後から彼の匂いがする。
「ごめん、おっさんくさいのに」
「え、別にいいですよ。西田さんの匂い、好きです」
「ん~」
そう言うとふたたび寝息を立て始めた。
しばらく眠り、尿意で目がさめた。陸の首の下にはまだ西田の腕があった。陸は起き上がって西田の腕を彼の身体に添わせ――腕がしびれないように――真っ暗な部屋で手さぐりで移動しトイレに入った。
トイレを済ましベッドに戻ろうとするとサイドテーブルの上でなにか光っていた。多分西田のスマホだろう。すこし魔がさしてサイドテーブルに歩み寄った。
スマホの画面に届いていたのは、メッセージの通知だった。
メッセージの送信者には女性の名前。
西田が起きないことを確認しながら、目を凝らす。
メッセージ内容――。
式の打ち合わせの日、●月●日で大丈夫?
帰ってくる日、空港まで迎えに行きます。そのまま啓の部屋に泊まってもいいかな?出張の荷物の片付け手伝うから。
――ん?これは?
明らかに友人知人なんていう関係で交わされる内容じゃないな?
送り間違いか?と考えても西田の名前がしっかり入っていたから間違いでもないだろう。
あぁ、だから現地集合、現地解散なのか。
自分のアタマの中で何かが確定されると、大きい衝撃が自分を襲い、視界がガクッと揺れた。
自分がひどい齟齬のなかにいるような気がした。
陸は重く感じる身体を運んで、やっとの思いでベッドに乗り、できるだけ西田から身体を離して横になった。明日は旅行の最終日。多分、彼は陸を離さないだろうな。だけど。
西田はいつか、俺の手を離すのかな。あのメッセージの相手のために。
手を離して、しばらくして、なんかの時に俺を思い出せばいい。そして、後悔と喪失感に身体を貫かれればいい。
俺はそう考えられるようになると、目蓋が重くなった。それに従うようにして目を閉じ、意識を遠ざけた。
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