第39話 またね

 ほぼ毎日、学校が終わってからなごみの所に行った。

 もれなく、入院している子どもたちといつの間にか仲良くなっていた。

 和とは前みたいに他愛ない会話をして、子どもたちがきた時は読み聞かせをしたり、遊んだりした。

 そんなある日のこと。


はち君、子ども好き?」

「うーん、普通かな」


 弟がいるから、年下というか子どもに苦手意識はない。

 ただ、ずっと相手をしていると疲れるから、ほどよくかわすこともある。

 そうやって、向き合っている。


「楽しそうだよ?」

「そうか?」

「そうだよ!」


 和は自信を持てと言っているような感じを受ける。

 小さい子どもとの接し方が上手いってよく言われてきてはいるが、意識はしていない。


「学校の先生、似合いそう」


 突然、先生というワードが飛び込んでビビる。


「えっ?無理無理」


 教えるとか、出来ない出来ない。

 と思っていると、ズイッと和の顔が俺の目の前にきた。

 ドキドキしてきた、離れてくれ。


「無理じゃないよ!」


 力強く言って和は離れた。

 ふぅ…やれやれ。

 でも、煽てるな。

 何にも出ないぞ。


「優しいから、大丈夫だと思うけどなぁ」

「優しさだけでは、先生になっちゃいけないさ」

「そうかなぁ?」


 和さん、とんでもないこと言わないで。

 うーんと和は考えて、ハッとして顔を上げた。


「私のいうことを聞くと良いことあるよ!」


 目をキラキラさせといて、突然なにを言ってんの!?

 おそるおそる質問する。


「言う通りにすると、良いことあるのか?」

「うん!ある!」


 どこからそんな自信が出てくるんだ?


「信じてみんしゃい!」

「うぉっ!?」


 また顔が近くなる。


「約束」

「えーっと、はい」

「よしよし!」


 満足そうな顔をして和は離れた。

 ふぅ…心臓が止まるかと思った。



 いつものように病棟に行くと、入院している子どもの1人・健太けんたが俺を見ると走って来た。


「健太、走る所じゃないよ」

「ごめん、でもねでもね!」


 様子がおかしい。一体どうしたんだ。


「落ち着け、どうした?」

「今日は和ちゃん部屋から出てないの」


 えっ…。思考が止まる。


「みんなで様子を見に行ったらね、具合が悪いからって」

「そっ…か…」

「それでね」

「ん?」


『八君が来たら、部屋に来てって伝えてね』


 そう和が子どもたちに伝言を託したそうだ。


「分かった、ありがとう」

「八兄ちゃん」

「なんだ?」


 健太は必死に何か大切なことを俺に訴えた。


「来れる時は来てね、話せる時は話してね、絶対だよ?」


 長く入院しているからなのか、いろんな人たちを見てきた健太の言葉が重たくのし掛かる。


「絶対な、分かった」


 健太は安心した表情になり「またね」と言って他の子達がいるデイルームに戻って行った。



 扉をノックすると中から「どうぞ」と声が聞こえた。

 静かに開けると「そろそろ来ると思った」と言って、笑顔で出迎えてくれた和。

 個室に移っていた。


「車椅子?」

「長く歩けなくて、でも立ったり座ったりは出来るよ」


 体力が落ちたのか。


「なぁ、具合大丈夫か?」

「八君が来てくれたから大丈夫!」


 質問の仕方を間違えた。

 大丈夫ですかと聞けば、大丈夫と返ってくるに決まってる。

 病室から見える景色は田畑が広がっていて、山々もよく見えた。緑一色だ。


「景色良いな」

「んだね」


 元々小柄な和だが、前に比べて小さく見える。

 もう、時間が限られてきているんだな。

 すると、和は自力で車椅子から立ち上がった。


「無理するなよ」

「うん」


 和は俺の手を握った。

 冷たい手、体温も低いのかな。


「あったかい手」

「そうかな」

「離したくないな」


 そんなことを言われたら、余計に辛い。


「八君」


 勇気を振り絞るように。


「こっち向いて」


 言われた通りに和の方を向くとー…。




 優しく微笑む和。

 やっぱり、年上、なんだな。

 いや、俺が、ヘタレだからか?


 鼓動が激しくて言葉は出なかったけど、和を優しく抱き締めていた。


「またな」


「うん、またね」


 最初で最後の、秘密キス


 そして、これが、和との最後の1日となった。

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