第38話 今

 何を話そうか、考えながら病棟についた。

 エレベーターを降りると、子どもの声が聞こえてきた。


「大きな大きなケーキを、動物たちは仲良く食べることにしました」


 この声は…。

 デイルームを覗くと、その人はいた。

 体重が減ったのか、前より痩せてしまっていて、頬は少しほっそりしている。

 絵本の読み聞かせを邪魔しないよう、終わるまで隅で待つことにした。


「「「お姉ちゃんまたねー!」」」

「またね!」


 子どもたちはそれぞれの部屋へ戻っていった。

 俺はすぐ動いた。


なごみ

「…!?」


 彼女は、驚きを隠せないといわんばかり、思い切り見開いて。


「どう…して…」

「見舞い」


 今にも泣きそうな顔。


「まず、話そうか」


 和は頷いた。



 沈黙を破るように俺から言った。


「何で本当のことを言ってくれなかった?」

「…」


 なかなか言わない和。


「言いたくないなら、いいよ」


 ふるふると和は首を横に振った。


「怖かった…」


 和の声が掠れる。


「本当のことを言ったら、嫌われると思った…だから、」


 俺は彼女の言葉を遮って言った。


「嫌わない」

「えっ」


 目を丸くする和。


「嫌うわけないだろう?言ってもらった方が良かった」

「そう…なの?」


 半信半疑の和。

 だから、力強くこう言った。


「俺と和の関係は、そんなことで壊れない。自信ある」

はち君…」


 こんなことで壊れるなら、とっくにどこかで壊れてる。


「辛かったろう、寂しくなかったか?」

「ぅっ…うぅっ…」


 優しく和の頭を撫でた。


「ごめんね、本当に…ごめん…なさい…」


 和は泣いていた。


「和は悪くない。全部俺が悪い」

「そんなこと、」


「嘘、ついてたから」


「八、君…?」


 踏み出す時がきた。



「花火大会の時、覚えてるか?」

「もちろん。楽しかったし、花火は綺麗だったよね」

「その時にさ、和は俺に言ったよな?」


 そう、俺が謝らなければならないことは、あの時のことだ。


「あの時、花火の音で聞こえなかったって言ったけど」


 深呼吸を1つ挟む。


「音で聞こえなかった、でも、口の動きでなんとなく理解はしていたんだ」

「…!?」


 和は驚いた顔になる。

 そりゃ驚くよな。


「ごめん、はぐらかして」


 和は1度俯いて、それからゆっくり顔を上げて、俺を見た。


「じゃぁ、聞かせて」


 君は少しだけ俺に近づいた。


「今、返事して」


 トクン…。


 じっと和は俺を見詰める。


 気圧されそうになるが、そらさない。

 ちゃんと伝えるって決めてここにいるから。


「遅くなったけど、」


 きっと受け止めてくれるはずだ。


「好きだよ、和」


 やっと…やっと、言えた。

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