第31話 黙っていたこと

 帰りのホームルームが終わって直ぐに教室を出た。

 向かう先は喫茶店。

 カランコロンとベルが鳴り響く。


「いらっしゃ…」

「おお、はち君じゃーん」

「どうも」


 まだ居た、良かった。


こずえちゃんに全部聞いたかい?」

「いいえ。なごみとの約束を守って、ここにめぐみさんが居ることを教えてくれました」

「ほぉ~」


 意味深な、でも読めない表情の愛さん。


「シラフですか?」

「まあねぇ~。でも、昼からの酒は美味いよぉ~格別さ」

「俺、未成年」

「あはは、んだんだ!」


 笑っているが目は笑っていない。


「さぁて、どこから話そっかな。まず、八君、隣に座りたまえ」

「失礼します」


 俺はカウンター席にいた愛さんの隣に座った。

「いつもの?」と尾沢おざわさんが気を遣う。


「水で」


 余裕なんてない。


「分かった」


 すると、素早く無言で水がきた。


「さてと、和の物語、生まれる前から遡ってもいい?」

「何時間でも付き合います」

「肚決めたかー。カッコいい!」

「ふざけないで下さい」

「ごめんごめん」


 手のひらをひらひらする愛さん。

 本当にシラフか?


「よしっ、んじゃ聞いて!」



 愛 side


 私が小学校1年の時に和は誕生した。

 和がお母さんのお腹の中にいた頃、1度だけ医者から「心臓が動いてない」と言われて泣いていたけど、もう一度診たら「あっ、大丈夫でした」と。

 生まれてきた子は、とても可愛い女の子。

 産声は弱々しかったけど、それでも生まれてきた事に安堵して、数ヶ月後に退院した。

 私の名前は愛と書いているから、ラブ&ピースにかけて、平和の和をとって、“なごみ”と名付けた。

 私は活発だから、落ち着いた子に育てば良いねと親が言っていたし、私もそう思った。

 ぐいぐい引っ張りたい守りたい気持ちがあったから。

 年の離れた妹だったから可愛くて可愛くて、和が歩けるようになってから服を着せて靴下を履かせて靴も履かせて、食事も食べさせて、オムツも替えてあげて、ミルクだって作って飲ませて、小さなお母さんなんて言われるくらい面倒を見ていた。

 そんなある日の朝。

 和が苦しそうに踞っていたから、両親を叩き起こして、和を病院に連れて行った。

 そこから始まった闘病生活。

 入退院を繰り返していた事もあり、保育園幼稚園なんて通えなかった。

 小学校に上がると落ち着いたのか通えるようになって、それでも和が2年生と5年生の時に数ヶ月入院。

 中学校は通っていたけれど、ちょっとしたいじめもあって、トータル1年分は欠席。

 高校受験がヤバいかもと思って、私はいとこの和歌わかに和に勉強を教えてと頼んで、そのかいあって、なんとか和歌と同じ学校に入学して、になって。

 私と両親は一安心して、これで大丈夫。

 そう思っていた矢先に和は倒れた。

 そして入学式の日の登校を最後に入院。

 そして今年、また1年生に。

 体が弱かったから、小学校と中学校の大きい行事には不参加。

 修学旅行なんて心配だと言って行かせていない。

 過保護と思って見ていたけど、万が一を考えて迷惑をかけないようにと、親が判断。

 今年は和のやりたい事を片っ端からやった。

 それを1つ1つ叶えていく度に、あの子はどんどん人生が楽しくなってきたのか、明るくなってね。

 これで今度こそ、と思って見守っていたら、秋に異常が見つかって短期入院。

 その後は本人が「1日1日を大事にしたい」と医師に伝えて。



「そんで今は病院にいるってわけ」

「…」


 言葉が出てこなかった。


「行きたいです」

「弱い自分を誰にも見られたくないって頑ななの」


 愛さんはホットコーヒーを一口。


「ふぅ、そっとしといて」

「無理です」

「あの子の想いを、理解して」

「…」


 納得いかない。意地でもと思う。


「やっぱり、」

「良いって言ったらね」


 俺は粘る気力を失った。

 帰り際に「少年」と愛さんに呼び止められる。


「あの子を大切にしてくれて感謝している、ありがとう」


 グッと涙を堪えて喫茶店を出た。

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