第26話 強く歩くと書いて“きょうほ”と読む

 坂の下に男子生徒たちがいて、坂の上に女子生徒たちがいる。

 女子生徒たちは高い所にいるから、湖が見えているはずだ。

 あの湖は、地図を見ると尖ったのが3つあるフォークみたいな形で、確か7割が隣の県で残り3割はうちの県だったような。

 女性の銅像があって、湖の象徴的存在だ。

 また、戦闘機が状態良好のままずっと湖の中にあったと、ニュースになっていたような。

 近くには宿泊施設、ペンションや別荘があり、お土産が売られている店もある。

 夏には花火大会があるが、子供の頃に親に連れて行ってもらった時の花火は最悪だった。

 曇りで花火は全く見えず、でかい花火の音が響くだけ。

 その花火の音にビビってギャン泣きしたのを今でも覚えている。

 いつかちゃんとここの花火を見てみたいものだ。

 さて、男子のスタートは女子が走り出してから10分後。

 周りの生徒たちは怪我のないように、屈伸運動などのストレッチをしている。


「きたな、2学期のラスト」

「明日は筋肉痛で歩けないな」

「強く歩くと書いて強歩きょうほなのにな」


 そう、今日は2学期のイベントのラストを飾る大会、強歩大会。

 競う方の競歩とは違う。

 争う訳ではない、忍耐力やら体力やらを目的にしているそうだ。

 記録会のようなものである。

 昔は夜に開催していたが、熊や猿などの野生動物の出没の影響で、今は日中に開催している。

 その内、野生動物の目撃がさらに多くなれば、やらなくなるのかな。

 話を戻す。

 大会とついているため、学年は関係なく男女別で順位が決まり、30位までにゴールすると図書カードが貰えるそうだ。

 またゴールしたら、もう帰っても良いという、自由過ぎるイベントである。


「スタートしたらさっさと行くぞ」

「やる気満々だな」


 七滝ななたきのやる気にはついて行けない。


はち君」

「あっ、犬館いぬだて先輩」


 相変わらずおおらかな雰囲気。

 でも気持ちスリムになったような。


花野はなの先輩とはどうですか?」

「付き合っても変化なし。ただね」

「はい」

和歌わかの手料理が上手くてね、それでいてダイエットしなさいって言ってきて、食のサポートとしてもらうことになって弁当を作ってくれるから、そうしたら少しずつ体重がね」


 あっ、なるほど。

 花野先輩って献身的なんだな。

 良いお嫁さんになりそうだ。


「ごちそうさまです」

「あはは、ごめんごめん」


 あの豪快女子にはおおらか男子が合うんだな。


「じゃ、怪我なく、頑張ろう!」

「ありがとうございます」


 犬館先輩は友達の所へ戻って行った。

 教員達が「そろそろだぞー!」と声が聞こえた。

 男子全員定位置に着く。


「いちについて、よーい」 バンッ!


 ピストルの合図で全員、この登り坂からスタートした。



 なごみ side


 下り坂から始まった強歩大会。

 見えていた湖とずいぶん離れた。


「大丈夫?なごみん」

「うん、大丈夫だよこずえちゃん」


 私に付きっきりで歩いてくれる梢ちゃん。

 本当は早く行きたいはずなのに。


「なごみん、今変なこと考えてたでしょ?」

「ええっと」


 目をキョロキョロしてしまう。


「図星だなー!こらー!」

「うわぁぁ!」


 大きな声は苦手だよ梢ちゃん!


「私、なごみんと一緒にゴールしたいから!」

「梢ちゃん・・・」

「だから変なこと考えないこと!いい?」


 ズイッと人差し指が私の鼻に当たる。


「はい!」

「良いお返事」


 梢ちゃんはニコッと笑って、優しく私の頭をなでた。


「さて、ここで1つ」

「?」


 なんだろう、と言葉を待つ。

 すると、梢ちゃんはニヤッとしてこう言った。


「ずばり、八とはどこまでいった?」

「ふぇぇ?!」


 急な変化球の質問にしどろもどろになった。

 変な汗も出ている気がする。

 そんな私を見て、ケタケタ笑う梢ちゃん。


「こんな質問に動揺するなんて、うぶね」

「だって!」

「でも聞き方を間違えたかしら?」


 私は一生懸命に頷いた。


「なら、そうだなぁ」


 変な質問しないでよ!

 梢ちゃんは少し考えてからこう言った。


「お祭り、どうだった?聞いてないなと思ってね」


 そういえばそうだった。

 梢ちゃんに報告していなかった。


「うん、楽しかったよ!でもね…」


 私はため息を吐いてから続きを言った。


「花火の音で告白が伝わらなかったんだ…」

「そうだったの」


 そう、あの大きな盛大な音に、告白はかき消されたから。


「それってさ」


 梢ちゃんは訝しげた顔になる。

 何か気になることでも。


「アイツ、かも」

「えっ」


 どういうことだろう。


「ヘタレだから、ああ見えて」

「そう、なの?」


 見えないけどなぁ。


「あとでガツンと言っとくから任せて!」

「いいよいいよ、お気持ちだけ受けとるね。ありがとう」


 頼りになるなぁ、梢ちゃん。


「ところで話変わるけど」


 この後は、気が向いたら。

 話ながら走ったり歩いたりを繰り返して、途中途中にある関門では、キンキンに冷えたスポーツドリンクやお水に、バナナやチョコレート、おにぎりといった食べ物が山盛りにあった。

 私と梢ちゃんはその時にバナナを食べてスポーツドリンクを飲んで、ボランティアのお母さんたちが「ポッケに入れて持ってなさい、食べたい時に食べなさい。ゴミはきちんと持ち帰るのよ」と言ってチョコレートを数個とおにぎり1つを貰って進んだ。

 梢ちゃんのペースになるべく合わせていたからなのか、気付いたら20キロコースを完走していた。


「あー!楽しかったー!」


 梢ちゃんは伸びをした。


「んだね!」


 これがなんだ。

 ふと、そう思った。



「きたきた!やっと街中!」


 七滝のペースに合わせていたら、あっという間にゴール周辺に来ていた。


「いつまで山道なのか、訳分かんなくなったけど、良かった良かった」

「あんまり遅いと熊とか猿とかに殺られる」

「変なこと言うなし」


 ふざけた会話をしつつ、真剣に走った。


「梢ちゃん待っててくれてるかな」

「居るんじゃないか?」

「だよなだよなー!元気出てきたぜ!行くぞー!」

「おい!」


 七滝がペースを上げた。愛の力恐るべし。

 すると、巡回している車が通りがかり、助手席の窓が開くと体育の先生が乗っていた。

 その先生が俺と七滝にこう言った。


平幡ひらはたー、七滝ななたきー、ふざけてないで、さっさと行けー!」

「「はーい!」」


 竹刀が見えた。怖い怖い。

 ただでさえ、強面の顔に色つき眼鏡をかけてんだから迫力が凄いってのに、竹刀が余計に怖さを引き立たせているじゃないか。

 とりあえず、さっさと行かないと。

 この気合いのおかげなのか、30キロのコースを無事完走した。


「よっしゃ!八、俺ら図書カード圏内!」

「マジかよ!」


 俺たちは図書カードを配布している先生から貰った。


「本当に龍に合わせて良かった」

「だろう?俺って持ってる!」


 腹立つが、今回は何も言いません。


「ツッコメよ」

「たまには言わん」

「ガックシ」


 バカな会話をしていると。


「龍ちゃーん!」


 あの声は…。梢と和がやって来た。

 本当に2人は待っていた。

 梢は七滝の胸に飛び込んだ。


「梢ちゃん、待っててくれたの?」

「うん!」

「ありがとう!」


 うーん、蹴飛ばしたい。

 あっ、言わないって決めたのに。


「はーち君!」

「和!」


 和は俺に声をかけた。


「足、大丈夫か?」

「パンパンだよ!明日が怖い」

「だよな、分かる」


 本当に疲れた。

 まだ動けるから、動けるうちに寄ろう。

 ということで、4人であの場所に向かった。

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