第5話 また会った

 放課後の時間帯。やっと帰れる。

 玄関に行くと、屋上で泣いていたあの子がいた。

 よしっ、と気合いを入れて声をかけた。


「帰るのか?」

「あっ・・・」


 彼女は俺を見て驚き、急いでローファーを履き、逃げるように走って行った。


「マジかよ!?」


 慌てて俺もスニーカーを履いて、走って追った。

 校門を出ると何処にもいなかった。

 走るの早くないか?

 息切れが凄くて追うのを諦めた。

 もう会えない。会ってもまた逃げられるか、廊下ですれ違っても無視されるはずだ。

 息を整えながら歩いてとある場所に向かった。



「いらっしゃい、はっちゃん」

「こんにちはー」


 店員の尾沢おざわさりさんが出迎えてくれた。

 何故か“はっちゃん”と呼ばれている。

 ここは行きつけの喫茶店・みずうみ

 建物はビルで、その中の2階にひっそり佇む。

 レトロな雰囲気に癒される。

 出入り口にカウンターがあって、窓側にテーブル3つ。奥にも2つ。その1つの後ろには大きな振り子時計がある。

 俺は1番奥の振り子時計に近い席がいつもの席なので、そこに向かっていると先着がいた。


「「あっ」」


 ここにいるではないか!?

 俺から逃げ去った女の子が。


「ストーカーさんですか?」


 怪訝な顔で俺に問う女の子。


「俺にとってここは行きつけの喫茶店なんだよ」


 ストーカーならもっと影に隠れているさ。

 全く、1度会ったくらいで危険人物にはならんと、心の中で言う。


「観念します」


 肩を落として諦めた女の子だった。


「なら相席失礼」


 時計の直ぐ前にその子は座っていたから、向かいの椅子に俺は座った。

 向かい合う俺と彼女。

 女の子と同じテーブルに着くのは初めてだ、緊張する。

 とりあえず「尾沢さん」と呼ぶ。

 さりさんはパタパタと来てくれた。


「あのいつもの」

「はーい!」


 笑顔で尾沢さんは伝票に注文の品を書きながらカウンター裏へ行った。

 いつものって言えるのって自慢だ。

 大人な感じがする。

 さて、七滝ななたきに説教されたからにはちゃんとしようと、俺は目の前にいる女の子に話しかけた。


「なあ、名前聞いてなかったな」

「あっ確かに!」


 彼女の方も名前に関して気にしていなかったようだ。

 お互い様だな。良かった。


「私は十田とだなごみと言います」

「俺は平幡ひらはたはち

「八・・・忠犬・・・」

「違う」

「すみません」


 なんて会話だ。

 本当にこの子と話すとおかしな会話になる。


「お待たせしました、アイスコーヒーです!」

「どうも」


 ここのコーヒー、淹れ方が良いのか美味いから春夏はアイス、秋冬はホットでコーヒーを頼む。

 早速ミルクを2個とガムシロップを2個入れた。

 そして一口。うん、美味い。

 十田とだは不思議そうな顔で俺のことを見ていた。


「普通はミルクとシロップって1つずつじゃないの?」

「俺は2個ずつにしてもらってるの」


 ふぅ~んという感じの十田。

 納得しているのかどうかは分からない。


「ブラックは?」

「ごめん、甘党なんで」

「なるほど」


 やっと納得してもらえた。

 あっ、そうだ。気になることを聞いてみた。


「さて、あん時泣いていた理由を教えてくれ。気になる」


 すると、十田は眉間に皺をうっすら作って険しくなる。


「黙秘で」


 また同じことを。


「黙秘好きだな」

「好きではなく、話したくないだけです」

「そうとも言う」


 ちょっと怒っているような…頬を膨らまして怒っている…可愛らしい…じゃない。

 俺はふと、あることに気付いた。

 十田の方はミルクティーのようだ。

 ん?白っぽくないか?


「それミルクティーだよな?」

「はい、牛乳増し増しです」

「あっ、そういうことね」


 牛乳で白かったのか、なるほどな。

 コーヒーもかな。


「コーヒーも牛乳増し増しか?」

「はい、牛乳増し増しです」


 お腹壊さんようにな。

 割合を聞いてみよう。


「比率は?」

「ミルクティーだと紅茶4に牛乳6。コーヒーだとコーヒー1に牛乳9です」


 なんか、俺と気が合うんじゃないかと思い始めた。


「牛乳好き?」

「はい!」


 満面の笑顔。眩しいな。可愛いなぁ…じゃなくて。

 さて、聞き方を変えよう。


「今日はどうだった?高校生になって初日の感想」

「失敗です、何もかも」


 急に十田の目が潤み出す。えっ泣くの!?


「どうした本当に?」

「…」


 無言で黙秘を主張かよ!

 頑なに言いたくないのはよく分かった。

 諦めるしかないな。


「分かった、話したくないなら話さんでいい」


 十田は頷いた。


「だが、泣かれると困る」

「すみません」

「謝るな」


 もう諦めよう。答えてはくれないから。

 違う話題をふってみた。


「ここに来たのは初めて?」

「去年からちょくちょく」

「ふーん」


 俺も去年から。よく会わなかったな。

 同じ時間帯にいたとしても、互いに気づかなかったのだろう。

 世の中は狭いとはこの事か。


「受験勉強には良い環境だよな」

「はい、とてもはかどりました!」

「だよな」


 隠れ家的な店だから、静かで落ち着くから勉強には良い環境なのだ。


「高校生になっても行こうって決めていたので」

「そっか」


 ずっと居たくなる場所。それがここ。

湖の畔にゆっくりするみたいな、本当に時間もゆっくりに感じてしまい、ふと時計を見るとあっという間に数時間経つなんて経験もある。


「良いよな、ここ」

「はい、落ち着きます!あと癒されます」


 空気がそうなのだろう。分かる。


「なあ?学校で俺と会うのとこことだと、どっちだと良い?」


 ん?何を言ってんだ俺?

 十田は数秒考えてこう言った。


「ここ…かな」

「分かった」


 嫌がられなくて良かった。安心した。


「会ったらね」

「そうだな」


 待ち合わせなんかしない。都合が合ったら会えるはずだから。

 楽しみが1つ見つかった。

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