第5話 また会った
放課後の時間帯。やっと帰れる。
玄関に行くと、屋上で泣いていたあの子がいた。
よしっ、と気合いを入れて声をかけた。
「帰るのか?」
「あっ・・・」
彼女は俺を見て驚き、急いでローファーを履き、逃げるように走って行った。
「マジかよ!?」
慌てて俺もスニーカーを履いて、走って追った。
校門を出ると何処にもいなかった。
走るの早くないか?
息切れが凄くて追うのを諦めた。
もう会えない。会ってもまた逃げられるか、廊下ですれ違っても無視されるはずだ。
息を整えながら歩いてとある場所に向かった。
※
「いらっしゃい、はっちゃん」
「こんにちはー」
店員の
何故か“はっちゃん”と呼ばれている。
ここは行きつけの喫茶店・
建物はビルで、その中の2階にひっそり佇む。
レトロな雰囲気に癒される。
出入り口にカウンターがあって、窓側にテーブル3つ。奥にも2つ。その1つの後ろには大きな振り子時計がある。
俺は1番奥の振り子時計に近い席がいつもの席なので、そこに向かっていると先着がいた。
「「あっ」」
ここにいるではないか!?
俺から逃げ去った女の子が。
「ストーカーさんですか?」
怪訝な顔で俺に問う女の子。
「俺にとってここは行きつけの喫茶店なんだよ」
ストーカーならもっと影に隠れているさ。
全く、1度会ったくらいで危険人物にはならんと、心の中で言う。
「観念します」
肩を落として諦めた女の子だった。
「なら相席失礼」
時計の直ぐ前にその子は座っていたから、向かいの椅子に俺は座った。
向かい合う俺と彼女。
女の子と同じテーブルに着くのは初めてだ、緊張する。
とりあえず「尾沢さん」と呼ぶ。
さりさんはパタパタと来てくれた。
「あのいつもの」
「はーい!」
笑顔で尾沢さんは伝票に注文の品を書きながらカウンター裏へ行った。
いつものって言えるのって自慢だ。
大人な感じがする。
さて、
「なあ、名前聞いてなかったな」
「あっ確かに!」
彼女の方も名前に関して気にしていなかったようだ。
お互い様だな。良かった。
「私は
「俺は
「八・・・忠犬・・・」
「違う」
「すみません」
なんて会話だ。
本当にこの子と話すとおかしな会話になる。
「お待たせしました、アイスコーヒーです!」
「どうも」
ここのコーヒー、淹れ方が良いのか美味いから春夏はアイス、秋冬はホットでコーヒーを頼む。
早速ミルクを2個とガムシロップを2個入れた。
そして一口。うん、美味い。
「普通はミルクとシロップって1つずつじゃないの?」
「俺は2個ずつにしてもらってるの」
ふぅ~んという感じの十田。
納得しているのかどうかは分からない。
「ブラックは?」
「ごめん、甘党なんで」
「なるほど」
やっと納得してもらえた。
あっ、そうだ。気になることを聞いてみた。
「さて、あん時泣いていた理由を教えてくれ。気になる」
すると、十田は眉間に皺をうっすら作って険しくなる。
「黙秘で」
また同じことを。
「黙秘好きだな」
「好きではなく、話したくないだけです」
「そうとも言う」
ちょっと怒っているような…頬を膨らまして怒っている…可愛らしい…じゃない。
俺はふと、あることに気付いた。
十田の方はミルクティーのようだ。
ん?白っぽくないか?
「それミルクティーだよな?」
「はい、牛乳増し増しです」
「あっ、そういうことね」
牛乳で白かったのか、なるほどな。
コーヒーもかな。
「コーヒーも牛乳増し増しか?」
「はい、牛乳増し増しです」
お腹壊さんようにな。
割合を聞いてみよう。
「比率は?」
「ミルクティーだと紅茶4に牛乳6。コーヒーだとコーヒー1に牛乳9です」
なんか、俺と気が合うんじゃないかと思い始めた。
「牛乳好き?」
「はい!」
満面の笑顔。眩しいな。可愛いなぁ…じゃなくて。
さて、聞き方を変えよう。
「今日はどうだった?高校生になって初日の感想」
「失敗です、何もかも」
急に十田の目が潤み出す。えっ泣くの!?
「どうした本当に?」
「…」
無言で黙秘を主張かよ!
頑なに言いたくないのはよく分かった。
諦めるしかないな。
「分かった、話したくないなら話さんでいい」
十田は頷いた。
「だが、泣かれると困る」
「すみません」
「謝るな」
もう諦めよう。答えてはくれないから。
違う話題をふってみた。
「ここに来たのは初めて?」
「去年からちょくちょく」
「ふーん」
俺も去年から。よく会わなかったな。
同じ時間帯にいたとしても、互いに気づかなかったのだろう。
世の中は狭いとはこの事か。
「受験勉強には良い環境だよな」
「はい、とてもはかどりました!」
「だよな」
隠れ家的な店だから、静かで落ち着くから勉強には良い環境なのだ。
「高校生になっても行こうって決めていたので」
「そっか」
ずっと居たくなる場所。それがここ。
湖の畔にゆっくりするみたいな、本当に時間もゆっくりに感じてしまい、ふと時計を見るとあっという間に数時間経つなんて経験もある。
「良いよな、ここ」
「はい、落ち着きます!あと癒されます」
空気がそうなのだろう。分かる。
「なあ?学校で俺と会うのとこことだと、どっちだと良い?」
ん?何を言ってんだ俺?
十田は数秒考えてこう言った。
「ここ…かな」
「分かった」
嫌がられなくて良かった。安心した。
「会ったらね」
「そうだな」
待ち合わせなんかしない。都合が合ったら会えるはずだから。
楽しみが1つ見つかった。
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