第24話「いつか見た光」

 きっと柔らかな日差しが降り注いでいる。


 そして僕の庭いっぱいに光が満ちていくんだ。


 君はどんなふうに笑うのかな?


 眩しくはないのかい?


 いいな、僕もここから出られたらな。


 そしたら君と一緒にいつまでも……なんてね。


 できるならこの夜のようになめらかな暗やみに……


 誰でもいいから光を灯してくれないか?


「おーい、ちょっと聞いてるの?」





 ――


「よいしょっと!」


 ふぅー、やっぱり男がいないと力仕事が大変ね。


 午前中に終わらせておきたかったのに、もうお昼過ぎちゃってる。


 お腹減ったけどさっさと終わらせないと間に合わないわね。


 仕事はまだまだ沢山あるんだから……いたっ!


 せ、背中がつってる……いたたたた!


 ふぅ、ふぅ、ちょっと重いものを持とうとしただけなのに……私ももう年なのかしら?


 いや、大丈夫!


 1桁目の数字を無視したら私はまだぴっちぴちの20歳!


「ああっ、私を取り合わないで……マイク、ダニエルっ!」


「な、何をされてるのでしょう?」


 げげっ、変なところ見られちゃった。


 声のした方を見ると、怪訝そうにこちらの様子を伺うように女の人が立っていた。


 この子は最近来たばかりだから、かっこ悪いところを見せたくなかったのに……


「べ、別に何でもないから気にしないで……

 それより一体何の用?」


「あ、そうでした。

 今日は弟の面会日なので少し抜けてもいいですか?」


 ああ、そういえば前にそんなことを言ってたわね。


 確か弟さんが病気とか……弟?


「あなたの弟っていくつ?」


「今年で21歳です。

 私のふたつ年下で……」


 それはどうでもいいわ。


 ふむ、21歳か……私も21歳みたいなもんだし……アリね。


「おっけ。

 じゃあ私もついてってあげるわ!」


「え、弟は人見知りなので遠慮しま……あっ!」


 いいからいいから。


 早くいかないと救護院までの馬車に遅れちゃうわよ?





 ――


 こんこん、とノックの音が部屋に広がる。


 それは誰かが僕のもとを訪れたという合図。


 でも、救護院の人はさっき来たばかり。


 だからあの扉から入ってくるのはきっと、姉さ……


「やっふー!

 私ナタリアっていうの……よ?」


 姉さんじゃない? え、誰……。


「な、仲のいい人はね、ナタリーって呼んだりするの。

 あなただけ特別にそう呼ばせてあげちゃおっかな?」


 いや、あなたとは仲良くなった覚えはないので結構です。


 あと、仲のいい人が皆そう呼んでるなら僕だけが特別じゃないのでは……


「と、ところでー、君って年上って好き?」


 僕の話を聞いてくださいっ、ま、まあいいですけど……


 ええと、特別年上が好きっていうのはないですね。


「つまり嫌いじゃないっと……めもめも。

 あ、でも嫌よ嫌よも……っていうし、本当は好きっと……めもめも」


 勝手に人の好みを作らないでください!


「え、何でこんなに仲良くなってるの?」


 あ、姉さん!


 この人はいったい誰なんですか?


「私が働かせてもらっている、ナナナ牧場の方よ」


 あ、そうだったんですか?


 それは失礼いたしました。


 僕はリグレットと言います。


「ええ、知ってるわ。

 だって、あなたは今日から私の彼氏だもの!」


「あ、あの弟は病気で……あと、私は名前教えていませんよね?」


 見ての通り僕は病人です。


 僕なんかと一緒にいても、つまらないですよ?


「そりゃ、一緒にいる「だけ」なら相手が誰だってつまらないわよ!

 外に出たら面白いものがたっくさんあるから……ほらっ!」


 え、あ……急に引っ張るとどこが地面かわからなく……うわぁ!!


「やめてくださいっ!?

 お、弟は目が見えないんです!」


 だ、大丈夫ですよ姉さん。


 少し転んだくらいで大袈裟です……僕も、いちおう男なんですから。


「出てってくださいっ!!!」


「私っ、そんなつもりじゃ!?

 ……ごめんなさい、先に戻ってるわね」


 あ……音が遠くにいっちゃった。


 もう、姉さん?


 お世話になってる人にあんな言い方したらダメじゃないか。


 ちゃんとまた会ったら謝るんだよ?


「で、でもあなたに酷いことをするから……」


 僕の目のことを知らなかったからしょうがないでしょ?


 姉さんがちゃんと事前に伝えていたらどうなってたと思う?


「それは……わかったわリグレット」


 さすが僕の姉さん!


 そうやって素直にしていたらきっとこれからも大丈夫。


 僕がいつかいなくなったとしても……


「え、いま何か言ったリグレット?」


 ううん、それよりお仕事であったことを聞かせてよ。





 ――


 新人ちゃんまだ怒ってるかな?


 でも、私だって「あの約束」のせいで今まで行き遅れたんだし……むしろ私の方が謝ってほしいくらい、でも……


 あいつと結婚したら家族になるんですもの、どうせなら仲よくしたいなぁ。


「どうでもいいんじゃが、いつからこの国では見知らぬ相手と夫婦になれるようになったんじゃ?」


 あ、ローズ様やっときてくれたんですね。


 先日注文だけして取りに来ないから、お母さん怒ってましたよ?


「すまんのぅ、うっかりしておったんじゃ。

 ほれ、こいつをやるといい」


 え、これって……うそっ、「白薔薇の剣姫オリジナルアロマブレンド」のヘアオイル!?


 10本限定販売で、発売と同時に完売したっていう超プレミアものじゃないですかっ!?


 確かにこれならお母さんも機嫌を直すと思いますけど……てか、私も欲しい。


「同じのならもっとるぞ、ほれ」


 ふ、ふたつも!?


 これってリリアーナ様が直接お摘みになったお花の香りがついてて、中には家と交換にしてでも手に入れたがっている人がいるって聞きましたが……本当にいいんですか?


「一度やったものを返せというほど心が狭くないつもりじゃ。

 好きに使うといい」


 使うなんてとんでもない!


 これは大切にしまって……あ。


「それがいいじゃろうな」


 ローズ様……もしかしてみっつあったりは……しませんよね。


「もっとるが全部わしの分じゃ」


 ちぇー、まあ弟君もらっちゃうんだし……少し惜しいけど気前よくあげるわ!


「そういえば、最近変わった女の子と知り合ってのぅ。

 お主の独り言を聞かせてもらった礼に話してやろうか?」


 いえ、大丈夫です。


 あと、勝手に聞かないでください。


「冷たいやつじゃのう。

 聞いておいた方がよい気がするが……

 まあ、どうせ会いに行くつもりじゃったし……よいか」





 ――


 ふぅ、これで今日の分のノルマは終わりだな。


 目が見えない分、身体をちゃんと鍛えておかないと。


 それこそ、少し転んだくらいで周りを心配させないくらいには……っと。


「……ごくり。

 あ、汗ふいてもいい?」


 え……っ!?


 だ、誰かいるんですか!?


「わ、私よっ、あなたのナタリーよ!」


 あ、ああ……あなたですか。


 いえ僕のものにした覚えはありませんが……


 それよりもいったい何の用ですか?


 今日はもう姉も帰りましたけど。


「あ、この間のお詫びに女性に大人気のヘアオイル持ってきたの」


 ヘアオイル……確か髪に塗るやつですよね、ありがとうございます。


「え?

 いえ、これはあなたのお姉さんに……つけてみたいの?」


 はい、なんだか面白そうです!


「じゃあ洗面所に行きましょうか?」


 え、ここじゃダメなんですか?


「ベッドに垂れたら怒られちゃうもの」


 そ、そうですよね、わかりました。


 大丈夫、落ち着いて身体を動かせば問題ない……うわっ!


「ナタリータクシーしゅぱーっつ!!」


 ちょちょ、ちょっとこれっ、なにこれ!?


「ぜーんぶ、ナタリーに任せなさい!」


 も、もうっ、僕は小さな子供じゃないんですからね?


 ふふっ、でも……なんかいいな。


 こんなに楽しいのは初めてかも……うっ!


「どうかした?」


 いいえ、何でもありません。


 それより、何であなたはあったばかりの僕にこんなに優しくしてくれるんですか?


「それは……」


 教えてください。


「……わかったわ。

 私ね、ちょっとだけその……行き遅れちゃって」


 行き遅れ?


 それは婚期を逃したってことですか?


「は、はっきり言わないで!」


 それで、僕に優しくってことは……まさか僕を?


「ええ、まあ最初は冗談半分だったけどね。

 今はちょっと本気になってきたかも……驚いた?」


 最初から半分は本気だったということに驚きました。


 でも、僕にお嫁さんが来てくれるなんて夢みたいです。


 こんな男と一緒にいたって楽しくないですから。


「そんなことない!」


 ナタリーさん?


「確かに普通の人と比べたら退屈なのかもしれない。

 でも、わたしにとってはすっごく特別なの!」


 あの……抱きつかれるのはいいのですが、何か柔らかいものが……たぶんその……。


「え……きゃ!

 ご、ごめんなさい!」


 だ、大丈夫です。


 せっかく話してもらったのに申し訳ないのですが……いまひとつあなたが何で僕を好きなのかよく分かりませんでした


 でも、こんな僕でも構わないのなら……これからよろしくお願いします。


「い、いいの!?」


 ええ、とはいえあんまり長くは……うっ、げ、げほげほっ!


 しまった、こんな時に――





 ――


 わぁ、ここのお花とってもきれい!


 勝手に入っても怒られないかな……いいよね!


 すごい、どれも見たことないくらいかわいいしきれい……あれ?


 あそこの窓の所にだれかいる……男の子?


 何であんなところでぼーっとしてるんだろ。


 まあいいわ、それよりこの花もらいっ!


 こっちもっ、こっちも欲しいっ!


 あとこれもっ……まだ見てる。


 なんかいやな感じ……あれ、泣いてるの?


 もっ、もしかしてこれっ、あなたの大事なものだったの!?


 ご、ごめんなさい、ほらっ、返すから窓開けて!


 窓開けてってば……どこを見てるの?


 おーい、ちょっと聞いてるの……わっ!?


 な、何よ急に動かないでよ! びっくりするで……どうしたの?


 大丈夫だったら、別に怖いものなんてどこにもないわ……もしかして私の声に反応したの?


 あなた、もしかして目が見えないの?



 きょ、今日も来てあげたわよ。


 べ、別にあなたに会いたかったわけじゃないんだからね!


 それよりいいもの持ってきたんだ……じゃーん。


 これはね、「ヘアオイル」って言ってすっごくいい香りがするの。


 使うとすっごく髪がなめらかになって男の人がみーんなメロメロになっちゃうんだから!


 え、あなたも使ってみたいの?


 だ、だめよ!


 これはママのだから本当に使ったら怒られちゃう。


 そ、そのうち私が自分で買ったら好きなだけ使わせてあげる!


 うん、約束ね。


 じゃあ、あなたは私と結婚するってことで!


 ふふーん、約束する内容はこっちで決めていいの。


 可愛い女の子の特権ってやつなんだから!



 お母さーん、私ねっ、ちょっと年が離れてるけどね好きな男の子が……え、どうして家に何もないの?


 お父さんはどこ行ったの?


 お仕事の都合でこの町を離れる?


 え、いやよ、私まだあの子と一緒に……そんな……嘘でしょ?





 ――


 あ、先生。さきほどは……え、お金ですか?


 でももう少し待ってくれるはずじゃ……


「新しい患者さんが入る予定があるんです。

 お金を払えないならもう治療はできません。

 もっと生きたいならお姉さんに言って早くお金を……」


 ……


 わかりました、もう結構です。


 今までありがとうございました。


「そうですか?

 では、お大事に」


 ……


 大丈夫。


 救護院の人たちがお金払いの悪い僕を厄介者にしていたのは知っていた。


 こういう時のために身体を鍛えていたし、目が見えなくても耳も手も足もちゃんと使える。


 せめて、最後くらいは自分の好きなところに行こう。


 これこそ男って感じがする。


 ああ、いま僕はようやく男になったんだ!


 もう誰の手も借りない。


 自分の足だけで歩くんだ。


 この暗やみの中を照らしてくれる温かな光がきっとどこかに……ぽふっ。


 あ、あれっ、ここにはこんなに柔らかいものはないはずだけど……?


 あの部屋をでてから右に一回、左に二回で……このまま真っすぐ進めば外に出られる……うん、間違いない。


 でも、じゃあこれは何だろ?


「リグレット……くん、寝てなくていいの?

 いったいどこに行くつもりなの?」


 この声……ナタリーさん!?


 っていうことはこの柔らかいのは……ご、ごめんなさい!!


「だ、大丈夫。

 好きなところ掴んでていいから。

 じっとしてないとまた転んじゃうわよ?」


 僕は自分で立てるっ!!!


「え……あ、ごめんなさい」


 い、いえ、僕の方こそ怒鳴るつもりはなかったんです……。ごめんなさい。


 それより、どうしたんですか?


「ええっと……べ、別にあなたに会いに来たわけじゃないんだけどね?」


 え、今の言葉なんか前にもどこかで……ぐっ、くそっ、またっ、げほっげほっ。


「だいじょうぶっ!?

 すぐに救護院の人を……!」


 い、いいんです……ほらっ、薬も持ってるでしょう?


 これで……はいっ、この通り……げほっ!


 だ、大丈夫です。


 それより行きたい所があるんです、一緒に行きませんか?





 ――


「言われた通りの住所に付いたわ」


「ありがとうございます」


 リグレット君に言われるままに来たけどここって……あの時のお家。


 お花はもう無くなっちゃったのね。


「ここの花畑はとっても綺麗でしょう?」


 リグレット……そうよね、見えてないんだもの。


「ええ、とってもきれい!

 こんなの初めて!」


 嘘ついてごめんね?


「昔ね、ここである約束をしたんです」


 それって――


「本当はヘアオイルを使わせてくれるっていう約束をするつもりだったのですが、相手に勝手に変えられたんです」


「そ、そうなんだ。

 どんな約束をしたの?」


「どんな約束だったと思いますか?」


 リグレットが転ばない様に私とつないでいた手にぎゅっと力を込めてきた。


 ……なんだ、バレちゃってたのか。


「わかんない、教えて?」


「いいですよ。

 それは……げほっ……ぐ、ぐぅ」


 え、どうしたの?


 なんでそんなに苦しんで……さっきの薬はどこ!?


 確か上着のポケットから出してた……あった!


 って、これただのビタミン剤じゃない!


 こんなのでどうしろって……ああもう!


 すぐに人を呼んでくるから、ちょっと待ってて……え?


「いいんです。

 それよりも……げほっ、もっと一緒にいてください」


 リグレット?


「実はもう手遅れなんです僕。

 もともと治らない病気だったんですって」


 ちょっと……もっとわかるように言ってよ!?


「簡単な話ですよ。

 あの救護院のやつらが僕から……いいえ、姉さんからお金をむしり取るために、治らない僕の病気のことを隠してたんです」


 そんな!


「気づいた時……いえ、あいつらからその話を聞かされた時には治療費は莫大なものになっていて、とてもこれから先も姉さんに払ってもらえるような金額じゃなかったんです。

 だから僕はあいつらが僕が死ぬのを先延ばしにしていた薬を捨てて、姉にビタミン剤を入れてもらったんです。

 空き瓶をもらったから何か入れてみたいんだ、って言って……。

 知ってますか?

 救護院から退院していたとしても、その日の内なら保険金が入る契約が今年から始まったんです。

 あいつら、僕が薬を飲んでなかったって知ったら驚くだろうな……」


 ……なにそれ?


 ていうことは何?


 あんた最初から死ぬ気でいたの!?


 冗談じゃないわっ! 約束はどうすんのよ!?


「や、約束って……げふ、こ、こふっ、なんだったっけ?」


 バカ……しってるくせに……


「あんたは私と結婚するのよ!」


「ああ、そうでした……

 本当に君とそうできたらどんなに……君は僕の……僕だけの光……」


 ちょっと、リグレット!?


 あんた、こんなに可愛いお嫁さん置いてどこに行く気よっ!?


 ひとりでどこかに行くなんて許さないわよ!


 こうなったらあの世でもなんでもついて行って……


「ふむ、だから聞いておいた方がよいといったじゃろ?

 すまんがユーリ、この小僧を頼む」





 ――


 きっと柔らかな日差しが降り注いでいる。


 そして僕の庭いっぱいに光が満ちていくんだ。


 君はどんなふうに笑うのかな?


 眩しくはないのかい?


 いいな、僕もここから出られたらな。


 そしたら君と一緒にいつまでも……なんてね。


 できるならこの夜のようになめらかな暗やみに……


 誰でもいいから光を灯してくれないか?


「おーい、ちょっと聞いてるの?」


 ……あ、ごめん何の話だっけ?


「ったく、すぐに目をつぶるのやめなさい!

 癖は意識して直そうとしないと……何で嬉しそうなの?」


 君が僕のそばにいてくれるから。


「そんなの夫婦なんだからあたり前でしょ?

 ほら、それよりこれ「見て」っ!

 今日は久しぶりにヘアオイルの新作が出てたわ!」

 

 本当だ!

 じゃあ、今日は僕が君につけてあげるね――



 もうどんなに暗くたって怖くない。

 

 いつだって君が僕に明かりを灯してくれるから。


 たまに眩しすぎる時もあるけど……なんてね。


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不治の病で命を落とした少女が異世界に行ったら最強治療師!?~回復屋さんは赤ちゃんが好きすぎるし、そのうえ「男の子スキル」まで持ってるなんて……しょうがないから私たちも手伝ってあげる!~ 白木凍夜 @siraki108

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