第10話 勘違い

 朝からギラギラと太陽が照りつける。

病院まではたったの15分しかかからないけど、その間にもひどく日焼けしそう。そんなことを思いながら、急いでメイクを済ませて家を出る。

梅雨が明けたのはいいけど、ムシムシ感は変わらない。先週までの雨傘が日傘に変わっただけか。まだ朝6時半なのに歩くとじんわりと汗をかいた。


 50m先に、井澤先生が歩いているのが見えたので、小走りで近くまで走った。

「井澤先生!おはようございます。」

私は追い越して正面から挨拶をした。

「・・・おはよう。先生、朝から元気だね。先生、いつも結婚式の二次会みたいな恰好をしてるよね。誰も見ない時間に来て、真っ暗になって帰るのに。病院では術衣だし誰に見せるの?」

井澤先生はじっとこちらを見ながら、ちょっとからかうように言った。

「オシャレは自分のためにしてるんです。誰かに見られるために来てるわけではないですから。」

私はぶっきらぼうに答えた。そうよ。自分が好きできてて、気分がいいんだから。・・・というよりどちらかというと完璧にしてないと外に出るのが不安な気持ちが強いのかな。あちこち気になっちゃう。自分のやらなきゃいけないことに集中したければ、他のことで気になることを作らないようにするしかないんだから。後ろから井澤先生がゆっくりと何事もないように歩いてくる。白シャツにベージュのチノパン。シャツの襟元はボタンが二つ外され、肌着が見えそうだ。よくあんなかっこで外に出られるよ。私は思った。


 医局に入ると、ふんわりとコーヒーの香りが鼻腔を刺激した。うっちー先生と神田先生がゆっくりとした雰囲気で話をしていた。神田先生が美味しそうにコーヒーを口にしていた。

珍しい光景だなぁ。神田先生が、なんだかあんなに自然に人に接しているのは仕事場ではなかなかみたことないよね。

「おはようございます。」

「おう、池谷おはよう。」

うっちー先生がすぐに答えた。神田先生はこちらを向くと、なんだかいつもと違うように背中を向けて、おはようと言った。

変なの。昨日までは私を呼び出しては彼女の話をずっとしてたくせに。ま、吹っ切れたのならそれでいいわ。私は朝の回診に病棟へ向かった。


 いつも通り、昼は食堂でのんたんと待ち合わせ。階段を降りていくとほんのり甘いお出汁の香りがする。今日の日替わりはなんだろうなぁ。入り口の黒板には『今日の日替わり 親子丼 小鉢・味噌汁付き』とある。なんだかちょっと嬉しい。だって、頼んでから卵を溶いてくれる、ふわふわでとろとろの親子丼は、コンビニの出来上がったものと違って心までふわふわさせてくれるもの。そう思いながら我ながら単純だなぁと思ったりする。

「みーちゃん、嬉しそうだけど、何かいいことあった?」

後ろからのんたんが来た。

「ごめんね。待った?」

続けてのんたんがいう。のんたんはいつも優しすぎるくらいだ。

「ううん。今来たとこ。今日、親子丼だよ。ちょー嬉しくない?」

私が黒板を指さすと、

「みーちゃん、可愛い。それで嬉しそうにしてたんだ。」

くすくす笑いながらのんたんは言った。私に可愛いなんていうのノンタンくらいだよなぁ。ほんと天然。

美人とか言われたことは何度もあるが、大体その前後に怖い、とかキツいとかいう言葉がついている。ニコニコしているのんたんと一緒にカウンターで日替わりを注文した。


「おー、今日も二人一緒だね。」

後から堺先生が声をかけてきた。神田先生もその後に並んでいる。

「あんたたち付き合ってるの?」

堺先生は前触れもなく急に聞いてきた。のんたんはあたふたと恥ずかしそうに否定なのか、両手を開いて振っている。なぜか神田先生はむせて咳をし出した。

「せんせー。そんなわけないじゃないですか。私は男キャラ、のんたんは女キャラの中性同士で気が合うだけですよ。ある意味同性?」

アハハと笑いながら私は答えた。のんたんはそばでうんうんと頭を縦に動かした。

「そうだよね。なんか恋人っていうより、女子友って感じだよね。」

そうな話を堺先生としていると、神田先生は全ての話を聞き終わってからまた食堂から出て行った。

なんだか神田先生、今日は変な感じ。一瞬違和感を感じたが、ふわとろ親子丼で忘れてしまった。


 夕方、また神田先生に呼び出された。彼女の話はもう終わったんじゃなかったの?と面倒に思う。別に夜に予定があるわけじゃないからいいんだけどさぁ、ずっと話を聞いてるのも疲れるんだよな。でもなんだか可哀想でいつも断れない。のんたんも一緒だったらいいのになぁ。そんなことも思ったが、確かにのんたんいると夢の中みたいで調子狂うかも。そう考えるとなんだかおかしくて、気が軽くなってきた。

 

 待ち合わせに指定されたカフェに行くと、珍しく神田先生が先に店の前に待っていた。まだ待ち合わせの5分前なのに。いつもは10分くらい遅れてくるのが常なんだけどなぁ。なんとなく違和感を感じながら、店に近づいた。

 神田先生はこちらに気づいた様子で軽く手を挙げた。

「すみません。遅くなって。」

遅くなってないけれど、とりあえず私は挨拶した。

「いや、僕が早くきたから。入ろうか。」

???言葉には表せないが、なんとなくいつもと様子が異なる気がする。

私たちはテーブルについた。

「何食べたい? 今日はご馳走させてよ。」 

神田先生は言った。確かに一回目は遠慮したが、結局出してもらうことになってしまったので、その後は私が強く割り勘で、と自分の分は自分で払っていた。

「え、いいですよ。私自分で払いますから。」

普通に私は答えた。すると神田先生は少し困ったような顔をして、席についた。

「今日はいつもの用事で誘ったわけじゃなくて、ご馳走したいと思ってお店を選んだんだよ。」

言われて気づいたが、確かにいつもより小洒落た食事もできる感じのカフェである。別の用事?言ってる意味がわからないんですけどー。誰か先生の患者とか世話したりしたっけか。

「元カノさんの話以外に、何か用事ありましたっけ?」

私は聞いてみた。

「うーーーん。そんなに直球で聞かれても・・・。僕も興味がない女の子を誘うわけは無いわけで・・・。」

神田先生はもそもそとはっきりしない感じで言ってきた。

???興味がない女の子ではない→私に興味があるってこと?この前、彼女と別れたばっかなのに?

「あ、わかった! 先生、それ勘違いですよ。自分が辛い時に色々話を聞いてもらったり、優しくしてもらったり、私は優しくしてないけど、して、自分はこの子が好きなのかも。とか思っちゃうやつですよ。しかも相手がそれほど悪くはない容姿なら尚更ですね。私、自分が可愛いと思っているわけじゃないですよ。でもまともな方ではあるでしょう。」

私は頭に浮かんできたことが、口にそのまま出てきていた。神田先生は目を丸くして固まっている。

「時間がもったいないので、勘違いじゃない恋探したほうがいいですよ。ちゃんと心が癒えてから。一応お伝えしておきますね。私、彼氏います。」


 その後、ほぼ無言で食事をして、店の前で別れた。





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