第12話・九夜目の夜〈心中記憶〉


『いいよ。涼花さん、一緒に逝こう』


隠涼花の記憶は蘇る。

彼女の物語での伏間昼隠居の立ち位置は試刀寺家関係者では無かった。

銀杖桐子と活動、術師としての道を歩んでいた。

邂逅を果たしたのは三十二夜目の夜。

死亡数が一万人を超えた事で誕生した千年術師との対峙。


『……死んでしまいましたね』


『桐子、さん』


その戦いで多くの人間が死んだ。

伏間昼隠居はその争いで銀杖桐子を失った。

隠涼花も諍いで記憶を無くし、記憶喪失となっていた。

その最中、伏間昼隠居は銀杖桐子と言う寄る辺を失い、残った隠涼花と共に過ごす事にしたのだ。


『大丈夫すか?涼花さん』


『はい、大丈夫です。昼隠居』


傷つき、心に穴を開けた二人が、支え合う。

そして、その穴を埋める為に側らを貪るのは時間の問題だった。

短時間で二人は恋に落ちた。そして体を交わらせて愛を確かめ合った。


『昼隠居、私は今、幸せです。どうか……記憶が戻らないで欲しいと、そう切に思う程に』


記憶が無いからこそ。

隠涼花の心は彼に向いていると思った。

出来る事ならば……記憶を失ったまま二人だけで過ごしたい。

けれど、それは不可能だった。

奇しくも末席衆の一人が彼女たちに近づいたから。

その男は、隠涼花の元旦那の弟であった。


十剣騎衆第六席の代理として活動していた隠涼花。

その使命は、試刀寺家以外の術師の抹殺。

百物語に関する領域に佇む全てを殺して、その全てを試刀寺家が牛耳る為に。

旦那の弟はそれを告げて、隠涼花は記憶を取り戻す。

記憶を失っていたとは言え、試刀寺家の役目を放棄していた彼女には罰が下るだろう。


『安心してください。私が貴方を守りましょう』


しかし彼女の罪を拭う為に動く男が其処に居た。

旦那の弟である。彼はある条件を提示した。


『涼花殿の罪を赦す様に願いましょう。その代わり、私と結婚し、同時にその十剣騎衆の座を渡すのです』


旦那の弟は、昔から隠涼花を狙っていた。

特殊な任務に就いていた彼は、現当主の一刀谷義了から特別な報酬が期待出来る状況であり、その報酬を彼女の罪を不問にする事すら出来る。

故に、男は隠涼花との関係を迫った。


隠涼花は、それを拒んだ。

精神的に彼女は摩耗していた。

彼女が男の提案を飲めば、今まで愛していた伏間昼隠居を見捨てる事になる。

だが、提案を拒んだ以上、彼女は殺されるか、無理矢理娶られるかのどちらかだ。

自分の未来、運命が確定したようで、隠涼花は項垂れる。


『生きるのが、こんなにも辛い……伏間さん、私と、心中してください』


彼女は、伏間にそう願う。

彼は二つ返事で了承した。


『いいよ、涼花さん。一緒に逝こう』


そうして二人は大橋の場から身を投げ捨てて溺死心中を行おうとした直後。

旦那の弟が心中を邪魔した。

伏間を刀で斬り殺し。

邪魔者は居なくなったと笑みを浮かべて彼女の手を握ろうとする。


人の醜さに戦慄した隠涼花は足を滑らして一人大橋へと落ちて行った。

雨の日、濁流であった川は彼女の体を攫って川底へと引き連り込む。

意識が朦朧とする最中、隠涼花残念な思いを浮かべていた。


『彼と、心中をしたかった』


と。

そして。

隠涼花は死亡して。

再び、記憶が戻ったのだ。





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