第9話・二十三夜目の昼〈試刀寺家へご到着〉
食料を回収する為に十二人一組による斬人衆が総合病院へと到着。
同時に試刀寺家へと移動する煤木仄の護衛も兼任しての移動。
軍隊さながらの私語も無駄も無い行進。
規格された時間通りに活動し、一分の狂いも無く試刀寺家へと到着。
「(試刀寺家に、移動する事になった、けど……)」
煤木仄は試刀寺家当主に挨拶をするべく斬人衆が付き人となって廊下を歩く。
曲がり角を通った時、前から懐かしい匂いが煤木仄の脳裏に突き抜けた。
彼女の前に、一人の男が立っている。
ビターチョコレートの様な髪、珈琲色の目を向けて、数日前に、その後姿を彼女は確認していた。
出会い頭に、……伏間昼隠居は目を細めて誰かと首を傾げて、あ、と思い出す。
「あぁ、あんたが総合病院から来てくれた人っすか」
すぐに柔和な笑みを浮かべる伏間昼隠居。
しかしその表情に愛嬌は無い。完全に他人行儀な表情だった。
「(伏間、くん……)」
彼の表情が、記憶の中で浮かべるモノとは違うと理解した彼女は悲しそうな表情を浮かべて、それを察せない様に顔を俯かせる。
「えっと、俺の名前、伏間昼隠居」
「……あっ、私、は」
自分も名前を返さなければと口を開くが混乱しているらしく口が思う様に動かない。
「私は………」
名前を口にしようとしても。
記憶の中の彼を思い出してしまう。
「(自己紹介、もう一度するだけなのに……ずきずきする)」
胸を抑えて煤木仄は精神的な痛みを覚えた。
「煤木、です。煤木、仄」
そう言って笑顔を浮かべたが。
自分が笑みを浮かべているのか、分からなかった。
「そっか、煤木さん。よろしくお願いしますよ」
「(他人行儀が……こんなにも、苦しい……)」
会話を終えてその場から立ち去ろうとする伏間。
彼女と彼の関係はこれで良いと望んだ筈なのに。
煤木仄は、我慢出来ずに、自らの意志に動かされた。
「あのっ」
振り向き、伏間昼隠居に声を掛けたが。
「ふくろー、なにしてんのー?」
その後ろから、ブロンズ色のサイドテールをした女性が通り過ぎる。
ふくろう、と馴れ馴れしく呼んで、伏間昼隠居の元へ寄ると、後ろから彼を抱き締める。
「あぁ、お嬢、いや挨拶と、ついでに部屋でも案内しようかと」
「えぇー?それよりもさぁ、今後の話、聞いて欲しいんだけどー」
「どうせ駄弁りじゃないんですか?」
「違うって、仕事の話、ほら、さっさと来て」
「はいはい……」
伏間昼隠居は試刀寺璃瑠華に連れられて、その場を去る。
残された煤木仄は、胸を強く抑えて床に座った。
「あ……(伏間くん……私……)」
心に満たされた彼との思い出が揺れる。
痛みが響いて、煤木仄は息すら出来ない苦しみに悶えた。
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