第8話・二十二夜目の朝・〈ある少女の移動〉

かちかち、と時計の針が回る音がする。

ざぁざぁと小雨が建物に弾く音。

薄暗い光を放つ、部屋の暗い空間。

白いベッドの上で眠っていた彼女は目を開いた。


「(……あ、そう、か。私)」


灰髪を伸ばす、華奢な少女。

回復系統の術理を扱う、煤木仄。

頭を抑えて、記憶を巡らす。


「(記憶が戻って……二日目、なんだ)」


伏間昼隠居との蜜月。

本来ならば、存在しない筈のもしもの記憶。

二日前の二十夜目に、彼女は記憶を得た。


「(……伏間くん、伏間くんは、今)」


考えて、ある男の風貌を思い浮かべる。

自分よりも二回り背の高い男性。

ビターチョコレートの様な髪の毛を伸ばした人。

彼女の想い人。

記憶が目覚めた日。朝頃に、彼女は彼と出会った。

伏間昼隠居と……もう一人。

彼の傍に居る、豊満な肉付きをした少女。

それを眺めて彼女は。


「(遠巻きに見てても、幸せそう)」


そう安堵した。

自分では、伏間昼隠居を不幸にさせてしまう。

自分が壊れる度に、伏間昼隠居がそれを見て悲しみ嘆く。

それが嫌だった。


「(……良かった、伏間くんの幸せは)」


伏間昼隠居は既に、煤木仄との記憶を失っている。

それはとても幸せな事。


「私の幸せ……だから……」


そう口にして、疑問が過る。

それを忘れる様に首を左右に振って。

煤木仄は何時もの様に、パンドラ女学院の学生服を着込んだ。

修道服の様な黒調の制服は露出が控え目な装いとなっている。


「煤木殿、良いですかな?」


戸の外で声が聞こえて来る。

男性の声であり、歳を重ねた赴きのある声だった。


「(あ、えぇ、と)大門、さん?」


決して扉を開かず。

扉の前で待機をする坊主頭のご老体。

曇り硝子からは肌色の影が見えた。


「はい、少しお話がありましてな……」


「?」


取り合えず、扉を隔てての会話は相手が疲弊し易い。

他人を重んじる彼女は扉を開いた。

脂で肥え禿た頭が光で照る法衣を着込んだ男が立ち聳える。

黙っていれば威圧的な姿ではあるが、少女を見詰めると共に柔和な笑みを浮かべた。


「取り合えず立ち話もなんでしょう。少し落ち着ける所でも」


寛いで会話が出来る、病院の売店コーナーへと向かう。

そして煤木仄は、テーブルに座ると其処で話を聞いた。

試刀寺家が回復の術理を扱う術師を欲しがっている。

その条件に該当する術師は三名居た。

一名は傷を癒す零禪。

もう一人は体液を薬品に変える女性。

最後の一人が体液を変異細胞にさせる術理を持つ、煤木仄。


今回、二名は重宝するべき術師である事から。

煤木仄が、試刀寺家への移動が決まったのだった。


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