第12話・二十八夜目の昼〈妃莉音〉



俺は今着ている服を脱いで新しい服に着替えた。

外部の術師が用意した特殊防御性能を持つ黒い衣服。

ある程度の衝撃を吸収してくれる為、俺の術理とは相性が良かった。

服を着替えて、必要な食料を新しいリュックの中に詰め込む。

その間に、誰かが俺の元に来ていた。


「昼隠居」


彼女の呼び方は初めてあったにしては親しみ深い呼び方だ。


「あぁ、あんたは」


毒の様な色をした髪をツインテールにした少女。


「俺を救ってくれたんだよな。ありがとな……名前は」


俺は彼女の名前を伺おうとする。

彼女は一瞬だけ嫌そうな表情を浮かべたが、すぐに表情を治して答えてくれた。


「私の名前は、莉音。きさき莉音りぃん


そう自らの名前を告げる。


「そうか、俺の名前は……っと、知ってたんだっけか」


初めて会ったにも関わらず、妃は俺の名前を知っていた。

何処かで俺の名前を聞いたのだろうか。

この病院に顔を出していれば、術師の事を聞くと俺の名前が挙がる事もある。

だから、その時に名前でも聞いたのだろう、と俺は一人で納得する事にした。


「よろしくな、妃」


俺はそう彼女に愛想良く言ってやった。


「妃、じゃない」


すると妃は間髪入れずにそう否定的な言葉を口にする。


「あ?」


俺は何が違うのか、彼女の顔を見た。

恨めしそうな表情をしていた彼女は、ハッと我に返る。


「妃って名前、好きじゃないから。莉音って言って」


と、そう要求してくる。

名前が嫌いなのか。俺も同じだ。

この伏間ふしまって苗字は良い、けど、この昼隠居ふくろうって言う名前が俺は嫌いだった。

なんだろうな、俺はあまりこういう漢字でこう書くけど呼び方はまったく違う、って言うのが嫌いなんだよな。


日向と書いてひゅうが、とか。

陽炎と書いてかげろう、とか。

なんと言うか、人に付ける名前じゃないだろ、って、そう思ってたけど。

……今は別に、其処まで嫌じゃない。

両親がくれた名前だからな、今はもう居ない、大切な家族がくれた名前だから……。


「ねえ」


湿っぽくなった俺を呼ぶ妃。


「あ、悪い、なんだっけか、莉音」


俺は彼女が呼んで欲しい方の名前で呼ぶ。

彼女は俺の声を聴いて、目を瞑って深く息を吐いた。

なんだよ、俺の呼び方が気に食わなかったのだろうか。


「ねぇ、もう一回」


「は?なにを」


「もう一回、私の名前呼んで」


……なんか催促してきたんだけど。

まあ、意味は分からないが、呼んで欲しいって言うのなら。


「莉音」


「………もう一回」


目を瞑ったまま、俺の言葉を堪能する様に彼女はリピートを求める。


「リィン」


「もっと、もっと……私の名前、呼んで」


彼女は頬を赤くして名前を呼ぶのを待つ。

なんだか気持ち悪い女だな。

もしかして名前を呼ばれる事に興奮を覚える性癖なのか。

それってなんだか出汁に使われているようで嫌だな。


「もう呼ばねぇよ」


そう言って、俺は彼女との会話を断ち切る事にした。



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