第11話・二十八夜目の昼〈病院での起床〉
次に目を覚ました時。
俺は白い部屋の中で眠っていた。
体を起こすと、アルコール消毒液の様なツンとした匂いが鼻孔の奥を突く。
ここはどうやら病室であるらしい。
明かりは灯っていない。病室のそこら中に蝋燭が置かれていた。
俺は気絶する前の事を思い浮かべる。
確か、俺は蝙蝠の怪異と戦って、なんか、知らない女が乱入してきて……そこから俺は蝙蝠の怪異に受けたダメージがぶり返して来て気絶してしまったんだっけか。
じゃあ、桐子さんが俺を背負ってここまで連れて来てくれたってワケか。
「よい……しょっと」
体を起こす。
病室と言う事は、ホテルから二時間ほど離れた総合病院に送られてきたのか。
雪走総合病院。
怪我をした人間や、精神に異常を齎した患者が入院している場所であり、同時に怪異によって襲われて、居場所を失った生存者が住まう場所でもあった。
病院内には、確か六百名程の生存者が生活をしているらしい。
俺と桐子さんは、この病院を中心に活動をしていて、生存者を見つけたり、食料を確保すると、この病院に寄付をしているのだ。
がらがら、と扉が開かれる音が聞こえてくる。
俺はその音のする方に顔を向けた。
「目が覚めたか」
そう男の声が響いて来て、俺は眉を顰める。
この病院には、俺の苦手とする人間が居るのだった。
「零禪、さん」
現在は、この病院にて負傷者の治癒を担当する外部からやって来た術師。
歳は三十代程で、目尻に皺と切り傷があるのが特徴的。
それを覆い隠す様に眼鏡を装着しているが、はっきり言って似合っていない。
「内部崩壊と出血、それと臓物の位置がズレていたから直しておいた、何、お代は結構だ。食料十日分で手を打たせてもらった」
そう言って零禪は俺に軽い診断結果を伝えて、治癒による肉体の再生とその報酬を一息吐く間も無く告げる。
「尤も、この病院に居る人間に配れば、一食分にも満たないがね」
そして一言余計な言葉を入れる。
苦手だ、この男は。出来る事ならば関わり合いになりたくないのだが、しかし零禪の術理は人々の希望に該当する。
死なない限り、どんな傷でも治す事が出来る。
負傷も火傷も、なんなら切断された部位を治す事だって可能だ。
人類側に対するチートでも言おうか。
「すまない、です」
敬語を使うのは苦手だ。
自分と言う存在を曲げているようで性に合わない。
「なに、君には頑張ってもらわないと困る。現在、食料問題は君を含めた術師たちが頼りだからね」
そう言って、零禪は懐から煙草を取り出して、火を点ける。
「……はぁ」
煙草を吸うな、とは言わない。
この病院施設で最前線で頑張っているのはこの男だ。
しかし、なんと言うか。せめて一服するのなら、患者に吸っても良いか聞くべきだろうに。
俺は訝し気な表情を浮かべる。
すると、俺の視線に気が付いたのか、紙箱を俺の方に向けてくる。
「どうだね?」
「……吸わねぇ、っす」
未成年に煙草を進めるとかどうかしてるんじゃないのか。
俺は体を起こす。体調は万全だ。流石は零禪の術理、と言う他無い。
「ありがとうございます……じゃあ」
それだけ言って、俺はこの男から離れようとすると。
「あぁ、待ちたまえ、伏間昼隠居」
俺の名前を呼んでくるから、俺は足を止めて、顔を零禪の方に向けると。
「今度持ってくるのなら、この銘柄も持ってきてくれ」
そう言って、灰色の紙箱を俺に見せて来る。
俺は何も言わず、会釈だけすると、病室から出ていくのだった。
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