第7話・七十九夜の夜〈少年少女の末路〉


あれは、そう。

私が間に合わなかった時の話。

彼とは長い付き合いだった。


『昼隠居、ねぇ、昼隠居ッ!』


私は彼の名前を叫ぶ。

二人で一緒に、この百物語を乗り越えよう。

そう私たちは誓い合った。


『あ、ア……』


なのに、私たちはアレに出会った。

あらゆる生物を怪異に変える怪異。

その瘴気に触れない様に戦った私たち。

けれど、私はドジを踏んでしまった。

それによって、昼隠居は瘴気に触れてしまって、アイツらと同じ怪異に変わってしまった。

肉体が変貌する昼隠居は、以前の様な、暗い顔なんてしていない。

絶望に歪んだ髑髏の様な顔をして、彼は私に殺意を向けた。

『昼隠居……なんて、わた、私が……』

私が、術式を発動するのが遅かったから。

彼が瘴気を受けて、怪異に変わってしまった。

それは、私の失態。私が彼を殺してしまった様なもの。


『もう……嫌、私、わたし……』


このまま死んでしまいたい。

怪異になった昼隠居が、私の元へやってくる。

あぁ、そうだ。

私のせいで、彼はこうなってしまった。

なら……私は、彼に殺されるべきだ。


『ごめんね……昼隠居』


愛する人に殺されるのなら、本望だ。

だから私は、彼の全てを受け入れる。

振り翳す硬き骨に変わった拳が、私の胸を貫こうとして。

そして……私の胸に触れるだけで、その拳が私の体に突き刺さる事は無かった。


『……ぇ?』


確かに当たっている。

怪異の感触が私の胸に伝わっている。

けれど、怪異の拳は私の柔肌をなぞる様に優しかった。


『が。ぁ……』


彼が泣く様に吠えた。

怪異が五指を広げて私の腹部を突き破ろうとする。

それでも、その怪異が私を傷つける事は出来ない。


『り、いん、……リィ、ん……莉音リィン、ァ』


彼は、理性を取り戻して、私の名前を告げる。

全ての攻撃は、昼隠居が衝撃操作によって攻撃を妨げたのだ。


『昼隠居……昼隠居ッ!』


私は叫んで、彼の体を抱き締める。

どの様な姿に変わっても、私は貴方が生きてくれるのなら、その理性があるのなら。

私は、貴方と共に居たい。そう思ったけど……。


『イ、け……逃げ、ロ』


彼は、私の抱擁を引き剥がして逃げる様に告げた。


『昼隠居ッ、嫌、私、貴方と一緒に居るわッ、だって、私にはもう貴方しかいないもの……』


そう。

私はこの騒ぎに乗じて私をイジメてた人を見殺してしまった。

中には、直接手を下した事もあった。私の手は汚れていて、私は穢れている。

だから私には生きる資格が無かった。


このまま怪異に食べられても、犯されても、殺されても……文句は言えなかった。

けど……私は昼隠居に救われた。昼隠居が、私の罪を赦してくれた。

貴方が居てくれたから、私は罪を贖う為に生きようと思った。

貴方と共に、この地獄を生き抜こうと思った。

だけど、貴方が居なくなれば、私に生きる意味はない。

なのに、どうして……貴方を置いて逃げろと言うの?


『私には貴方が全てなの……貴方以外何も要らない、だから昼隠居……私と一緒に逝きましょう?私は貴方と最期を遂げたい……』


ささやかな願い。

怪異として死んでしまう貴方の後を追うように。

怪異となった貴方に殺されてしまいたい。


『ッ、俺、が、お前、を、殺すッ、ワケが無い、だろうがッ……生きてくれ……お前にハ、生きる意味があル……俺が、そう願ウ』


『私は願わない、貴方が傍に居れば、それでいい……』


私は、彼と共に死ぬ。

彼の意識が怪異に変わり、私は逃げる事も無く彼の前に立つ。

そう、これでいい。私の死は、こんな悲惨な末路で良い。

……けれど、後悔はある。

あの時、私の術式が早ければ。

こんな未来は起こらなかっただろう。

あの時に戻れば……その時は。

今度は、きっと間に合わせる。

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