第4話〈鬼との戦闘〉



俺は、瓦礫だらけの地面を走る。

道路はアスファルトが砕けて、車が多く止まっている。

中には、事故でも起こしたのか、車内で腐敗している遺体の姿もあった。

ガソリンに引火して爆破したであろう車の残骸。


黒い塊が周囲に転がっているのは、アスファルトの破片だ。

牛の様に大きな屍が転がっている。

それは、怪異と呼ばれる生物の亡骸だった。

その怪異の口からは赤い血が流れている。

人の血だ。異臭が放つソレは近寄り難い。


「ふっ……ふっ……」


俺は気分が沈みながらも、それを払拭する為に走る。

この都市が変になってから、三週間か、いや、四週間目だったかも知れない。

少なくとも、まだ、一ヵ月は経ってない、と思う。

師匠……桐子さんが言うには、この都市はある術師によって儀式の会場に変えられたらしい。

俺たちはその儀式の生贄で、この都市から出る術は無いのだとか。

だから、この都市で生き残る為に、手段を選ぶ他無かった。

怪異から逃げるか、怪異から立ち向かうか。

幸いにも、俺には術師としての才能があったらしい。

桐子さんは俺のその才能を見抜いて、戦う為の術を教えてくれた。

この調子ならば……後は俺一人、この都市の中を動いても問題ないらしい。


「………ッ」


足を止める。

俺は、十字路の交差点前で、のろのろと動く生物を見つけた。

それは大木の様な胴体を持つ鬼だった。

体は鈍重で、緩やかに歩いている。


「いけるか……やるか」


俺は自分自身の実力を試す為に、その怪異に向けて歩いていく。

怪異は、俺の気配に勘付くと、先程の鈍足さからは考えられない体の旋回を見せる。

顔を此方に向けて、口から溢れる食べ残しを見せて来ながら走り出す。

鬼の体は大きい。俺は焦る事無く、両手の指を鳴らしながら戦闘の準備を始める。

先制は鬼だった、岩石の様な拳を俺に向けて振り翳す。

俺は腕を構えてその拳を喰らう。だがダメージは無い。

その代わり、俺の足から拳の衝撃はが走り出してアスファルトが砕ける。


「ッ……いや、いける」


大丈夫だ。ダメージは最小限。きちんとタイミングを合わせる事が出来た。

俺は鬼の拳に向けて己の拳を叩き付ける。

鍛え抜かれた俺の体はヤワじゃない。

その一撃は鬼の拳に深く刺さる、が、痛みは感じてないのか、挑発的な笑みを浮かべる。


「歪んでみろよ」


しかしその表情は即座に一変した。

俺が拳を叩き付け、瞬きする暇も無く、鬼の体が弾け飛んだ。

体をよろめかせる鬼。俺は地面を蹴る。

通常の何倍以上の跳躍力を生み出して、俺は鬼の頭部に向けて膝蹴りを繰り出す。

その一撃は跳躍による加速力に加えた術理の効果によって顔面が簡単に陥没する。


「いける……なッ」


そして倒れる鬼に向けて、俺は胴体に着地をする。

その着地は数メートルから落ちた落下の威力に加えて、術理の効果によって威力が倍加される。

鬼の腹部に衝撃が発生して、鬼の胃袋から骨が突き破ってくる。

それは、鬼が今まで喰らった人間の骨だった。

鬼は消化能力が弱い分類もある。

だから、喰らった骨はそのまま吐き出す事が多い。

消化出来なかった骨が、鬼に歯向かった、いや、一矢報いたのだ。

悶絶する鬼を見て、俺は顔面を潰す為に足を上げて、靴底で顔面を踏み付ける。

倍加された衝撃が鬼の顔面を破壊した。


「……ふぅ」


俺は軽く息を漏らして靴を見つめる。

運動シューズに、鬼の血が付着してしまった。

別段、衣類や装飾品に拘りは無い、が。

嫌悪する生物の血が付着すると言うのは中々に気分が悪い。

ホテルに戻る前に、何処かショップでも見つけて着替えようか。

なんて考えながら歩いていた時。


「あ?」


俺は、地面に影が出来ていたのを見た。

そしてそれは、背後に立つ鬼が居るのを表している。

油断した。顔面を破壊してもまだ生きていたのか。

俺は後ろを振り向く、大丈夫、まだ間に合う。

俺の能力はある程度の攻撃を流す事が出来る。

致命傷の一撃も、何とか合わせる事が出来れば最小限に抑える事が出来るッ。


そう思って俺が防御を構えようとした瞬間。

すぱん、と。鬼の胴体が真っ二つに切れた。


「ッ」


鬼の血を全身に浴びてしまう。

俺は目を潰されない様に腕で目を覆う。

鬼は、その一撃を受けて倒れた。


「……危ないですよ。フクロウ」


俺の名前を呼ぶ声が聞こえる。

再び、俺は振り向いた。

其処には、長い銀髪を一房に纏めて、ジーンズとワイシャツ、ジャケットを着込み、野球バットを収納するケースを背負う女性の姿があった。

その手には、彼女が愛用する日本刀が握られていて、俺は、ついその人の名前を呟いた。


「桐子さん……」


あぁ、一瞬だけ張り詰めた緊張が解けた。

重苦しい吐息を吐いて、俺は項垂れる。

甘かったな。これじゃあ、まだ一人で活動するのは難しいだろう。

と言うか、この油断は桐子さんにとっては減点対象だ。


きっと、俺に向けて静かなる否定的な言葉を浴びせるに違いない。

まあ、命がある分だけ、マシなだけだ。

俺も油断をしてたからの失態。桐子さんが居なかったら死んでいたから……。


「本当に、危ない……」


そう呟いて、俺の元に来て……。

ッ!?え、なん、なんだ。

桐子さんが、俺を抱き締めッ、!?


「あの、き、桐子さんッ!?血、汚いんでッ」


「汚い?そんな筈ありません、貴方は綺麗ですよ。フクロウ。それよりも、大丈夫ですか?痛い所は?あぁ、一人でこの様な危険な戦闘をするだなんて……私が居なければ、貴方は死んでましたよ?」


ひぃッ!

桐子さんが桐子さんじゃない台詞を口にしてるッ。

こういう時、普通は。


『油断は禁物です。緊張の緩みは死に繋がると思いなさい。貴方が死ねば、私の教えは全て無駄になりますから……これでは、まだ私の元に居なければなりませんね』


なんて言う筈なのにッ。


「あぁ、ダメです。まだ……貴方一人は危ないから……ですので、私の元に居て下さいね、フクロウ」


こんな優しい言葉を掛けるなんて、絶対に桐子さんじゃねぇ!!


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