第2話〈やり直し〉


――――何故、私は。

私は、生きているのだろうか。

目が覚めて、私は体を起こす。


ホテルの一室。

私たちはこの部屋を中心に活動を行っていた。

しかし、それは一ヵ月も前の話。


……あれは、夢、だったのか。

いえ、違う。あの時の感覚は、夢では表せない臨場感があった。

そして、何よりも……私は体を起こす。

体に異常はなく、下半身も繋がっている。

それを確認して、私は隣のベッドで横になる弟子の顔を見る。


……眉を顰めて、魘される様に眠るフクロウの姿。

その表情を見て、とくん、と私の心臓が跳ね上がる。

やはり、あれは夢ではない。

この胸の高鳴りが、夢である筈がない。


「―――フクロウ」


私は彼の名前を口にする。

伏間ふしま昼隠居ふくろう

この百物語の犠牲者で、意気消沈としていた彼を私が拾った。

理由は保護と言う名目で、安全な場所へ届けるつもりだった。

けれど、彼には術師としての才能があった。

そして、彼は生きる理由を失っていた。

だから私は、彼に生きる意味を与える為に、私と共に行動を共にしていた。


「……生きてる」


彼の頭に触れる。

彼の暖かさは、生命の躍動による賜物だ。

この感触は紛れも無く本物で、嘗て起こした不祥事を思い出して頬が赤くなってしまう。


「……しかし、何故」


何故、私は生きているのか。

……十中八九。これは怪異による現象なのだろうか。

怪異。この都市で広がり続ける奇怪的現象の事だ。

現在この都市は術師による大規模テロが発生している。

巷では怪異によって生まれた生物が人間を襲い、殺戮と捕食と生殖を繰り返している穢土の地となってしまった。

逃げようにも、都市には見えない壁によって覆われて、逃げる事が出来ない。

何故、この様な事態に陥ったのか、それはある一人の術師が始めた事変だった。


怪異現象を司る術師にして、今回の百物語の首謀者、九十九つくも白足一ひゃくなり

彼は三つの市内を儀式会場にして、市内に住む市民を生贄に百物語を開始した。

百物語、仲間内で怪談を語り、百の噺を終えるまで終わらないそれとはワケが違う。

彼が引き起こす術理は、一夜に一度怪異の物語が現世に広がる。

その怪異は特定市内にて実体化して、現実を侵食させる術理。


そして百の物語を終えた時、その最後の一夜に、魔王が君臨するとされている。

魔王、怪異の王とも形容される怪異。現れれば、現代の術師たちでは太刀打ちする事は難しい。

だから、私たち協会は百物語を産む術師・九十九白足一の討伐を任命されていた。

本来ならば結界内に入る事は出来ない、その様に設計された術理だろう。

けれど九十九白足一はワザと穴を作った。


一夜に一度、観客として術師を結界内に入会する事を許可する。

それはワザと穴を作る事で、結界の強度を高める高等技術だ。

現に、私が記憶している以上、この結界を破る事が出来た術師は存在しない。


「……そして」


そして、怪異には様々な形態が存在する。

実体があり、物理的干渉を行って来る実在型怪異。

実体は無く、空間に干渉を行いルールを強制してくる現象型怪異。

実在型怪異は、鬼や妖、変貌した獣や、恐れ多き龍など、そういった存在しない伝承や御伽噺に出てくる様な幻想生物が主に出てくる。

現象型怪異は、雪や炎、気象に対する影響を及ぼすのがあれば、其処に居れば人を殺さなければならない。その地に佇んでいれば毒が回る、と言った独自の法則が流れている怪異。


多分、私は、九十九白足一が棲む土地へと足を踏み入れた時に、現象型怪異による影響を受けたのだろう。

恐らくは、その場で死亡した場合、過去に戻る事が出来る、と言う怪異現象を、だ。


今回の事件を起こした九十九白足一が、絶対に失敗してはならないと思うのならば、自分が死亡しても良い様に対策を取るのは至極道理。


そう考えれば……あの土地で九十九白足一を斃すのは無駄、と言う事になる。

………悲観的に考えても仕方が無い、こうして、過去に戻り今を生きている。

そうすれば、今度は、私が死ぬ様な過ちは起こさない。

そして………。


「フクロウ………」


今度は、今度こそは。

私は、私の気持ちを汲もう。

私は、貴方が好き。それは過去に戻った今でも変わらない。

愛しい彼の顔を見ながら、私は彼の傍に寄る。

そして、ゆっくりと瞳を閉ざして、彼の体を抱き締めて……。

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