【神號】

三流木青二斎無一門

【第一章】仄かな光

第1話・〈ルートエンド〉


桐子きりこさんッ、桐子さんッ!!』


……私の名前を呼ぶ声が聞こえて、ふと、目を開ける。

其処には、私が手塩に掛けて鍛えた男の子が居た。

顔に出来た火傷の痕。損なう筈の彼の容姿は、その傷によってより一層引き立っていた。


『……フクロウ』


彼の名前を呼ぶ。

初めて出会った時、彼はずぶ濡れになった子犬の様に、哀しみを負った目をしていたのを思い出す。

あの事件が起きて、私はフクロウを引き取った。

彼には、生きる理由が無かった。

多分、保護をされて普通の生活をしていれば、何れは自らの手で命を殺めると思ったから。

だから私は、彼をこの道に誘った。

少しでも、彼に生きる理由を、と。そう思ったから。


『フクロウ、どうやら、私は、ここまでの様、ですね』


下半身から先の感覚が無い。

恐らく、体が千切れてしまったのだろう。

私たちは、この惨状を作った張本人を斃す為に乗り込んだ。

都市を媒介に、百物語と言う怪異を呼び起こす儀式を終わらす為に。

けれど、私はしくじってしまった。

怪異の攻撃を受けて……そして今、死に絶えようとしている。


『ダメだ、ダメだッ、桐子さんッ!俺は、アンタが居なくなったら……』


……あぁ、そうなのですね。

フクロウ。私はずっと、貴方に生きる意味を与えたかった。

けれど、どうやら……貴方にとっての生きる意味は―――。


『アンタは、俺の生きる意味なんだよッ!俺を、一人にしないでくれッ!……俺を、空っぽにさせないでくれ……』


涙が頬を伝い、私の顔に落ちる。

その言葉は、手向けにしては大き過ぎる。

過去に、貴方にした過ちも、それはどうやら正解だったらしい。

なら、もっと早く、貴方の気持ちに気づいてあげるべきだった……。


『……フクロウ、これを………』


私は近くに落ちてたソレを掴んで、彼に渡す。

私が愛用していた術具。長年使役し続けていたそれには、私の術理が沁み込んでいる。


『……フクロウ、私は死にます。それでも、貴方は、生きなければなりません』


『なんで、なんでそんな、俺には、アンタが居なくなったら……もう、何もないんだ……』


それは、違う。そう首を横に振って、私は彼に伝える。


『私が死んでも、貴方が居る。私の力を、私の想いを、私の使命を……背負わなければ、なりません』


『……そんなの、重いんだよ……俺には、重過ぎる、頼むよ、桐子さん、そんな事、言わないでくれ……』


彼は、この先の未来に恐怖を覚えている。

私のいない世界で、彼は一人で立ち向かわなければならない。

なんと酷な事。それでも、彼は向かわなければならない。

それは、私の意志を継ぐために……いいえ。

これは、貴方が生きる為に、過去ではなく、未来を見る為に。


『大丈夫……フクロウ。貴方は生きていける。そう私は願います』


彼が生きる意味を見出してくれるのなら。

少し恥ずかしいけれど、私はこれを口にする。

……いいえ、本当は。

それを言わなければ、多分、後悔してしまいそうだから。

だから……私は、彼の頬に手を添えて、無防備な唇に口づけをする。


『……ッ、桐子、さッ』


『大好きです。フクロウ。私の生きる全て……私が貴方に託すのは……貴方を愛しているから、死んでほしく、無いから……』


ぽろぽろと涙を溢して、彼は俯いた。

そして、顔を上げてくしゃくしゃになった顔で笑みを浮かべると。


『俺も、桐子さんが好きだ。このまま、一緒に死んでしまいたい程に……けど、ダメ、なんだよな』


彼の瞳は、先程の様な空虚な色はしていない。

まっすぐと、前を、未来を見る、生きる為に、前へ進む目をしていた。


『……さよなら、桐子さん』


『……はい、さよならです。フクロウ』


それだけ。

言葉を交わして彼は私を置いて走り出す。

その手には、私が託した刀が握られていた。

……あぁ、良かった。

これで、私は役目を終える事が出来た。

死は恐ろしく、怯えてしまうもの。

だけど……、恐怖も畏怖も私の中にはない。

……けど、少しだけ、寂しいかな。

もう、フクロウと話す事も、一緒に運動する事も出来ないから。

……あぁ、後悔が積もってしまう。

こんな事なら、彼の気持ちを……いえ。

私の気持ちを、汲んでおくべきだった……。

そうして、私は意識を失って―――。

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