第41話 水仙

 年が明けてから時間は更にスピードアップし、あれよあれよと入試は終わった。翠は希望通り、浄御原医科大学の看護学部を、彩葉は若月音楽大学の器楽科をそれぞれ本命として受験し、一足早く翠が合格を決めていた。彩葉のスマホには昨日桜マークスタンプが届き、今日は朝から戻ってくる翠を迎えて一緒にお昼を食べる事にしていたのだ。


 彩葉がそろそわと改札前で待っていると、新幹線を降りて来た乗客たちがわらわらと出て来る。あっ、あそこだ。本当に、一人だけ後光が射してるみたいだ。


「おめでとー!」

「有難う!めっちゃ嬉しい!」


 改札を出てきた翠は会心の笑顔で彩葉と抱き合った。


「彩葉、このままちょっと海行かない?」

「海?この寒いのに?」

「うん、判ってる。でもちょっとだけ…」

「まあいいけど」


 翠の意図が掴めぬまま、彩葉は翠に引きずられるように駅からバスに乗った。バスは北方向へ走り出す。


「なんで海に行きたいの?」

「あたし、帰りの新幹線で思ったんだ。ほらちょっとだけ海が見える区間があるじゃない。あそこでぼーっと日本海見てたらさ、灰色でめっちゃ寒そうなんだけど、これって来年は簡単に見に来れないなって。今年が最後かも知れないって思ったら無性に行って見たくなったの」

「ふうん」

「彩葉だって同じ気持ちになると思うよ」

「受かってたらね」

「それはそうだけど」


 翠の一泊で大騒ぎだった貝原家の話を聞いているうちに、バスは海が見降ろせるレストハウス前に到着した。降りたのは彩葉と翠だけだった。


「うっわ、やっぱ寒い」


 彩葉はダウンコートのフードを被る。


「ね、先にちょっと見に行っていい?」

「うん」


 翠は少し大きめのデイパックを背負い直し、レストハウス脇の小径に入ってゆく。軽く除雪してあるものの、北から冷たい風が吹き付け、氷の道に近い。うう、勝手に涙が出て来るよ。彩葉はザクザクと歩く翠に必死でついてゆく。目の前の日本海は、翠が言った通り灰色で、白波もたくさん立っている。うわ・・これは演歌の世界だ…、いや演歌でもお酒がないと寒すぎる…。


 小径をしばらく歩いて翠は歩を止めた。


「うわー、やっぱきれい!」


 翠が叫んだ。浜辺までなだらかに続く雪野原には、見渡す限り一面に花が咲いていた。彩葉も翠の隣に並んだ。


「スイセンだねー」

「うん、一面真っ黄色だぁ」


 スイセンは冷たい北風に首を揺らしながら、懸命に咲き誇っている。


「あ、ごめん、彩葉には白いスイセンだよね」

「うん。でも気にしないで。スイセンって元々白いって聞いてるし、白でも充分きれいだよ」

「ごめんねー。でも、あたしこれが見たかったんだ」

「スイセンを?」

「うん。スイセンってさ、あたしたちの象徴だと思うのよ。冷たい雪や風に負けないで、凛として咲いてるでしょ。この地方の女子と似てるなって」

「確かに、翠のイメージにはぴったりだ」


 彩葉はかつて国立大学病院で実習していた翠を思い出した。踏まれてもへこたれずに凛として顔を上げていた。


「そう?素直に嬉しい」

「今日は一段ときれいだよ、翠も」

「はは、有難う。けどやっぱ寒いわ。あそこであったかいの飲んでから帰ろ」

「さんせー!」


 二人は小径を戻りレストハウスを目指した。途中で一度だけ、彩葉は振り返った。相変わらずスイセンの綺麗な花が海を見て、毅然として冷たい風に立ち向かっている。本当は黄色い花なんだ。幸せの色の花なんだ。だったら、我慢してればきっと、きっと幸せになれるよ。彩葉は心の中でスイセンに呼び掛けた。私もあなたみたいになれるだろうか。一歩先を行った翠みたいに、あんなになれるかな。なりたいな。白くてもいいから…。


 彩葉は少し離れた翠を追いかけて、雪を蹴った。

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