第33話 再びの舞台

 彩葉、高校3年生の1学期末演奏会。これから受験に入るため、エキシビション的な文化祭と卒業演奏会以外では本気の最後の演奏会になる。開始前に翠がやって来た。何故かドレスを着ている。


「翠も何かに出るの?」

「まさか。彩葉に彩りを添えるためよ。お花持ってったげるからね」

「有難う…。失敗したらさっさと逃げちゃうけどね」

「ふふん、大丈夫よ。瑠璃先生がいるんでしょ」


 翠のドレスは瑠璃から贈られたものだった。どういう根回しをしたのか、瑠璃はオーディエンスの生徒である翠に、伴奏者の瑠璃とおソロのドレスを着せることを学校にも承認させたらしい。翠には母親を連れて来ることと言う条件も課され、緑も会場に来ていた。馴染みの彩葉の舞台だからと、特に疑問もなかったようだ。そして会場の隅には健介の姿もあった。


 音楽科の三年生のうち、演奏を学ぶ殆どの生徒が参加するため1日がかりの行事だ。彩葉の出番は午後の半ば、司会の先生から氏名と演目を紹介され、彩葉は瑠璃とともに舞台に上がった。



 演奏は瑠璃のピアノ伴奏から始まる。静かな風のメロディ。数小節後、彩葉のフルートが響き始めた。風に応えるような木々のざわめき、太陽に光る緑の葉。会場に清浄な空気が流れ始める。彩葉のフルートから、そして瑠璃のピアノから濃淡様々な緑色の小さな色紙が舞い始め、会場は初夏に染め上げられる。山を縫う坂道に映る木漏れ日も次第に強くなり、季節の変わり目でピアノ伴奏がソロになる。


 季節は夏。フルートは木陰の様子を奏で始める。その下で一休みする人たちや蝉の声。フルートもピアノ伴奏もフォルテシモ。そしてフルートがソロで秋への繋ぎのメロディを奏で、その間にピアノ伴奏はこっそり朱雀に代わった。


 朱雀が来ていることを知らなかった彩葉は目をみはった。傍らの瑠璃は手を優しく振って、そのままそのままとサインを送る。曲調は秋のメゾピアノ。次第に色づき始める木々。通り抜ける風は透き通っている。見えている赤色だけでなく、緑の葉っぱや青い空も感じながら彩葉は柔らかいメロディを奏でる。伴奏のピアノが心地よい陽射しを聴かせる。


 この風景、この演奏、私のためのメロディ。今日は翠も応援してくれている。そして朱雀先生が今、ピアノで支えてくれている。彩葉の心と目にじんわり温かいものが滲み出て来た。もうすぐ曲は終わってしまう。嫌だ。永遠に吹き続けたい。彩葉は目を閉じていた。脳裏にはこの1年余の光景が走馬灯のように駆け巡っている。モノクロームに途中から赤が加わった二色刷り。


 その二色で見えている秋の風景、ゆったりゆったり響かせる。坂道の両脇から紅の賛歌が響いて来る。私はその紅葉の中に入ってゆく。モノクロームじゃない、色の世界に入ってゆく。


 紅い葉っぱが目の前にクローズアップされ、風に微かに震える様子を奏でて、曲は終わった。



 顔をくしゃくしゃにして彩葉は朱雀を振り返った。そんな真面目な顔しないで。前みたいに大きな声で、軽ーく笑わせてよ。朱雀は立ち上がり、彩葉の横に進むと瑠璃を手招きする。瑠璃と朱雀が彩葉を挟み、スポットライトを浴びる。

 三人は会場に向かって深く頭を下げた。彩葉は頭を下げたまま涙が止まらない。朱雀と瑠璃がそんな彩葉の肩を撫でる。翠が花束を持ってステージに上がり『ブラボォー』の声を掛けた。


 ありがとう…みんな、ありがとう瑠璃先生、有難う翠、有難う…朱雀さん。目の裏に見えるみんなを覚えていたくて、彩葉は一層強く目を瞑った。


 そのとき…、

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