第6話 保健室
朱雀はショゲながら歩く。やっちまった、そりゃ反発するだろうよ、ああ、やっぱオレってバカだ、勝手に浮かれちまった…。はは、胸が痛いや…。前
あ、あっ、人が倒れた!丁度校門が見える位置にいた3人の生徒が気付き、駆けつけた。その中の一人が翠だった。
「どうしよう…」
「救急車?」
生徒たちが慌てる中、翠は手で二人を制した。
「あたし看護科だから任せて! 取り敢えずどっちか、保健の先生に言ってきて!担架もいるって!」
頷いた一人が学校の中へ駆け出し、翠は顔を近づけ耳を澄ました。
「息が変」
今度は首筋に二本の指を当てる。
「脈は大丈夫」
もう一人の生徒は頷くしか出来ない。
「もしもーし!息出来ますかぁ!」
翠が大声で叫ぶと、その男性は口を動かし枯れた
「そのまま、無理しないで。今、担架来ますから」
すぐに保健養護教諭の市ヶ谷菫(いちがや すみれ)と担架がやってきた。男性は上半身を起こし、しゃがれた声で喋った。
「オレ、倒れちまった、すんません…」
市ヶ谷先生が声を掛ける。
「立てますか?救急車も呼べますけど。あれ?あなたは…」
「す、すんません。音楽科の講師で来た、か、貝原です」
朱雀はキョロキョロ辺りを見回す。
「今日も授業でいらっしゃったんですよね」
「そ、そうです。副科のレッスンで北原先生の代わりに、えっとさっきまで2年の糸巻さんのピアノみてました」
「あ、じゃあ関係者だから保健室で休んで下さい。立ってみれますか?」
市ヶ谷先生に促され、朱雀はヨロヨロと立ち上がった。そして翠たちに守られるように保健室へ向かった。
朱雀は取り敢えずベッドに寝かされ、経口補給水を飲まされた。息は次第に整って来た。市ヶ谷先生が脈と熱を測る。
「ま、異常は無さげですね。喘息でもあるのかな。楽になったら帰って頂いて結構ですよ。えーっとその時は私に声を掛けて頂ければ…って、あ、どうしようかな、会議だ」
その様子を見ていた翠が声を掛けた。
「先生、あたしが一緒にいます」
「そう?助かるわ。じゃあさ、貝原先生が良くなって帰られたら、高倉さん、帰った時間をメモに書いて置いといてくれる? 記録しないといけないから」
「はい。また血圧とか測っといた方がいいですか?」
「ううん、そこまではいいよ。気管支の発作だと思うし」
「判りました」
「じゃ、貝原先生、高倉さんはナースの卵だから、彼女に任せとくね。お大事に」
「はあ、すみません」
朱雀は髭面に似合わない弱々しい声を出した。
ベッドの上で朱雀は大きな溜息をついた。翠にとっては初めて見掛ける金髪の先生だ。翠は遠慮がちに話しかけた。
「もう大丈夫ですか?」
「うん。すんません。急に息出来なくなって、でももう元に戻った」
「それは良かったです。あのう、彩葉の先生なんですか?」
「うん、ってピンチヒッターね。オレの先生がインフルで来れなくなっちゃったからさ、その代わり。キミは糸巻さんの友達なの?」
「はい。中学からの仲良しです」
「そっか、オレさっき糸巻さん、怒らしちまってさ、凹んでたから苦しくなったのかな。あー思い出すとまた凹むわ」
「先生が怒らせた?」
「うん、友達だったら知ってるんだろ?糸巻さん、色が判んないって話」
「はい、知ってます。あの子、頑張ってるんです。見てても何だか不憫で」
その瞬間、朱雀はがばっと起き上がった。
「そうだよな!ぜーったいそうだよな?彼女、可哀想だよな。だからさ、オレあの子に色を教えてあげたくてさ、なんか手伝えないかーって言ったら怒られた…」
「なんて怒ったんです?」
「うーんと、治しようがないから無理って。メンタルの問題じゃないって」
「なるほど。ま、それはそうだと思うんですけど、あたしも彩葉の脳に虹の七色のイメージを刷り込んであげるって言ってるんです」
「そうなの?」
「はい。脳って凄いから、目で識別できなくても脳で解るんじゃないかなって思うんですよ。だからそう言うの勉強して、彩葉に色彩を感じてもらいたいって」
「だよねー!オレもだよ!音楽やるんだから色を感じられればぐぐーっと、こう、何だろ、奥行き? 深さ? がぐぐーっと、こう拡がるんだよ。それを彼女にさ、感じてもらいたい!断じて感じてもらいたい!」
突然元気になった朱雀に、翠は微笑んだ。
「彩葉、いい先生に巡り合いましたねえ。あたしも頑張ります」
「いやね、実はオレ、今日来る前から彩葉ちゃん、知ってたんだ」
「え?」
朱雀はこれまでの経緯を簡単に話した。
「そんな事があったんですか。彩葉、何にも言わなかったなあ…」
「彼女にとって別にいい話でもないからね。しゃーないよ。でもさ、よっし、キミ、高倉さんっていうの? 協力しようぜ!」
「はい。高倉翠です。翠でいいですよ。タカクラって言いにくいし」
翠は差し出された朱雀の右手を握った。
「彩葉ちゃんに色を見せる同盟、結成だ!」
朱雀は保健室のベッドの上で高らかに宣言した。
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