第7話 レッスン開始
翌週の副科実技の時間、彩葉はいつもより緊張の面持ちで先生を待っていた。インフルって完治に1週間もかかるものなのかな、先週の今日に発症していたらギリ今日もアウトかも…。面倒で軽すぎる貝原先生も、病み上がりの気難しい北原先生も、どっちにしたって憂鬱だ。
キー。 控えめにドアが開いた。彩葉は目を瞑って立ち上がり礼をする。
「よろしく願いします」
ん? 静かだな…やっぱ北原先生なのかな。
「いえ、こちらこそよろしく…お願いします」
はい? この軽い声は… 目の前に立っていたのはやはり朱雀だった。どうしちゃったの貝原さん。
「あのさ。えっと、先週はごめんね。不躾だったかなーって、やっちまったなーって、オレ一応反省したんだ」
朱雀は金髪をポリポリ掻いている。
「いえ、あの、私も失礼しました。言い方きつくて、でも貝原先生の仰ったことも後からじわーって来て、その、すみませんでした」
彩葉はもう一度頭を下げた。
「あれ?そーなの?そーだったの?解ってもらえたーぁ?なぁんだ、良かったー。オレすっかり嫌われちまったと思ってさぁ、いや、やっぱ凹むじゃん、JKに嫌われるってさ、特に彩葉ちゃんだったから、まさに目の前、真っ黒よー。彩葉ちゃんじゃないけどさー。あ、ごめんごめん、そんなつもりじゃなかった、ごめん、そういう事じゃなくてオレもその、あの…」
「大丈夫ですから」
もう、軽くて長いの勘弁してよ。ったく調子いいんだからこの人は。彩葉は一旦ピリオドを打った。
「あ、そ?」
「北原先生はまだ治らないんですか?」
「え、ああー、先生ね、インフルは治ったんだけどさ、病院で治ったからもう来なくていいですよーって言われて喜んじゃって、階段で滑って足の骨、折ったんだってよ。バカだねー爺さん」
「はあ?」
「まあ手は元気だから、ペダル踏めないけど車椅子で行くとか訳わっかんねーこと言うからさぁ、糸巻さんなら前から知ってる子なんで、ずっとオレ見ますよーって言ってさ、ほしたら、じゃ頼むわって」
「えー!?」
「だからずっとオレが来るのよ」
彩葉は力が抜け、椅子にへたり込んだ。どゆことよ…まったく。
「あら?やだった?いいっしょオレの方が。緊張しないし単位は確約するし」
「はあ」
「そういうことで、レッスンしよっか。今日から色付きで教えるから」
また解らんことを…。仕方なく彩葉は教本を開き、譜面台に立てる。朱雀は椅子を引き寄せてきた。
「さて、弾く方は後で自由にやっといてもらってだ。今日は音階の色を教えます」
「はい?」
「先週言ったでしょ?ドレミファにも色はあるって」
「ええ」
「決まり事じゃないんだけどね、音階を聞くと色のイメージが浮かぶ人って多いんだよ。音楽家にも多くてね、これを『共感覚』と言います」
朱雀は真面目に話し始める。彩葉は手元のノートに一応『共感覚』と書く。
「実際はそういう人たちでも、調が変わったり、和音だったりは色の見え方が違うみたいなんだけどね、それに個人差ってぜーったいあるんだけどさ、今日は一般論って言うか、多数の意見というかで、まず単音の色を示します。まあこれが全てっちゃあ全てなんだ」
彩葉にはさっぱり解らない。
「これが偶然にも虹の七色と一致するんだな。オレんちのラルクアンシェルのマークと同じだよ」
彩葉はノートに『虹の七色』と書き込んだ。七つもあるんだ。私には精々三つ位しか見分けられない。本当はどんなに見えるんだろう…。
「ドレミファソラシって7音でしょ。虹の色も7色。彩葉ちゃんは見たことないって思うと思うけど、それはしゃあないとして、日本ではさ、虹の上から赤橙黄緑青藍紫じゃない?これと一致するの。つまりぃドは赤、レはオレンジ、ミは黄色って感じ」
「私にはみんな真ん中の色です」
「またそういう泣かす事言うー」
「泣きませんよ。慣れてるし」
「泣くのはオレだよー、翠ちゃんだってそう思ってるよぉ」
「翠ちゃん?」
「あ、そうそう、先週お世話になったんだよ、高倉さんだっけ」
「マジですか?」
「そう、恥ずかしいんだけどさ、オレ校門の前でぶっ倒れちゃってさ、助けてもらったんだ」
「え?なんで?」
「さあ、判んない。凹んでたのもあるけど、急にほら息が詰まっちゃって、ううーってなって、気が付いたら倒れてて、翠ちゃんとかが『大丈夫ですか』って叫んでてくれたの」
「えー!大丈夫だったんですか?」
「まあね。保健室に連れてってもらって、ちょっと横になってたら治ったさ」
「良かった…」
「雪もないのになんでコケたかなあ」
彩葉にはチクッと刺さる。
「で、そん時に翠ちゃんがずっと付き添ってくれたのよ。ナースの卵なんだってね彼女。きっと別嬪なナースになってモテモテだわぁ」
「別嬪かどうかは仕事と関係ないですけどね」
彩葉もチクッと仕返しをする。
「あはは、まあね。オッサンが出ちゃうな、参ったな。ほいでさ、そん時に盛り上がっちゃったんだよー」
「はい?貝原先生は具合悪くて寝てたんですよね」
「そうなんだけど、翠ちゃんがさ、彩葉ちゃんと友達って言ったからさ、それでオレ聞いちゃったんだよ。彩葉ちゃんのヒミツ知ってるよねって。そしたら勿論知ってるって。それで彼女も彩葉ちゃんに色を見せてあげたいって言うのよ。脳がどうこう言ってたけど、オレ、リケジョの言うこと解んねーからね、スルー。でも目指すところはオレと一緒だったってわけよ」
あー、そっちか…。確かに、翠そんなこと言ってるもんなあ。嵌っちゃったんだ。
「それで結成したんだ」
「結成?何をです?」
「彩葉ちゃんに色を見せる同盟!」
「はーぁ?」
何言ってんのよ、この軽量灰髪頭。目の前で朱雀は万歳している。彩葉は小さく溜息つくと言った。
「お断りします」
「え?」
「だから、そう言うの要りません。先週言った通りです」
「あ、あのさ、彩葉ちゃんは同盟に入んなくていいんだよ?ターゲットなんだから。入ってもいいけど何だろ、名誉会員みたいな?」
「入りませんよ。当たり前でしょ」
「会費は要らないしさぁ…」
朱雀の声が心持ち小さくなる。
「貝原先生、先週せっかくいいこと言ってたのに台無しです」
「いいこと言った?オレ。なになに」
「言いませんよ。忘れました。今のですっかり」
「駄目だなーJKからアルツなんて」
「もう時間終わりですよ」
「え?うわマジかよ。じゃさ、これだけ覚えて行って。ドは赤、レはオレンジ、ミは黄色、ファは緑、ソは青、ラは藍色、シは紫。ね、色は解んないと思うけど、来週から順番に例を出して説明するからさ」
「…」
「ほんじゃまた来週。オレちょっとバイトあるから、ごめんよー」
朱雀はそう言うと、バタバタと荷物を持って練習室を出て行ってしまった。何なのよあれ。来週もこの調子なのか。彩葉は授業の直前以上に憂鬱になった。
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