第4話 虹の色

 4月、2年生になった彩葉に、朝から母が声を掛けた。


「彩葉、学校行きがけにさ、年賀状の当たりのやつ、切手と交換してきてよ」

「えー?まだやってなかったの?」

「だって、面倒だもん。雪の中歩いてくの。彩葉ならちょっと回り道すれば郵便局あるじゃない」

「ま、いいけど…」

「3枚ポッキリだけどね、じゃ、これお願い」


 と言う訳で、登校時に唐沢町郵便局に立ち寄った彩葉は、切手シート3枚をスクバに入れながら郵便局を出た。


「あれー、いつかのお嬢さんじゃない? おはよう!」


 顔を上げると目の前に金髪、つまり白っぽい真ん中の色の髪の男性が立っていた。あ。確か、以前、転んだのを助けてもらった人だ。


「おはようございます。えーっと…」

「貝原だよ。無事に引越し完了!」


そうだ。貝原さんって言ってた。


「あ、えっと、おめでとうございます?」

「なんじゃそりゃ。朝から郵便局?余裕だねえ」

「いえちょっと母に頼まれごとで」

「ふーん、朝のJKってさ、ほら、トーストとかくわえながら走ってさ、曲がり角でイケメンにぶつかるってのが定番かと思ってたよー」

 

 こっちが言いたい、なんじゃそりゃ。彩葉は思ったが、朱雀の喋くりがその先を遮った。


「ほんでそっから、付き合いが始まるんだよなー、ネットでよく見るマンガじゃさ。そんな落ち着いてたらイケメンも通り過ぎちゃうぜ」


ったく余計なお世話だ。だいたい朝からなんだよそのハイテンション。


「そう言うのはマンガだけですから。見たことないです、トーストくわえて走る子なんか」


彩葉はブスッとして言い放った。途端に朱雀はしおれた。


「あーごめんごめん、一人で住んでるとさ、ほら、あんま人と喋んないからさ、何だか溜まっちゃって、ホントごめん」


朱雀は髭面を下げた。


「学校行きますから、失礼します」

「おおそうだった。大学生はその辺の感覚薄れちゃってねえ。でもありがとね、引越しおめでとうなんて初めて言われたよ。まあ、晴れてラルクアンシェルの住民になれたんだから確かに目出度いなー」

「ラルク…シェル?」


 彩葉は思わず呟いた。軽そうな大学生の口から出た言葉にしては洒落ていたからだ。


「だよ。あれ?忘れちゃった?我がハイツの名前」

「そうでしたっけ」

「うん、ほら、あそこにレインボウマークが貼ってるだろ。フランス語で虹って意味なんだよ」


 へえ、それは知らなかった。しかし、朱雀が指した先の、ハイツの妻面の庇の下のマークは、彩葉には白黒の濃淡にしか見えない。彩葉は歩き出した。朱雀も並んでついて来る。


「あの、私、虹の色って判んないんです」

「え?どゆこと?」


朱雀が聞き返す。


「色が判らないんです。1色型色覚って言って、生まれつき何でも白と黒の濃いか薄いかしか見えなくて、私の名前は彩葉って言うんですけど、彩葉のいろは色彩の『さい』って漢字なのに、ホント酷いよってお母さんに文句言ってます。でも、その話するとお母さんすぐ泣いちゃうんで、この頃はあんまり言わないようにはしてますけど。だからすみません、そのマークも私には白黒のグラディエーションにしか見えません」


「え?えーっ?」


 朱雀は彩葉の前に出て、行く手を遮る形で立ち止まった。


「そんな、そんな悲劇の話、朝から重過ぎる。なんて不幸がキミに舞い降りたんだー、ったくなんてこった!」


 朱雀は両手で顔を覆い、空を仰ぎ見る。あー却って面倒になったかな、あれ、でもこの人、貝原さんだっけ、4月なのに手袋してる。


「あの、貝原さん、そんな悲劇でもないです。ここって雪の多い所だから、街全体が白黒になっちゃうし、影響少ないです。そもそも色って見た事ないからちっとも悔しくないし、見えなくても不便じゃないんです。それより、遅刻しちゃうから学校行きますね」

「うわー、何て痛々しいことを…可哀想だぁ」


まだ嘆いてる…。


「あの、私、糸巻彩葉って言うんで、じゃ、失礼しまーす」


 道の真ん中に突っ立ってる朱雀を置いて、彩葉はスタスタ歩き出した。あー、やっぱ言うんじゃなかった。何だかもっと面倒くさいことになりそう。一抹の予感を抱えながら急いで角を曲がる。おっと、イケメン高校生にぶつかる…訳ないか。駄目だ、本来の私に戻らなくちゃ。彩葉は切手シートの入ったスクバを抱え直した。

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