第5話 記憶の狭間で

 幸い、戦闘機までは無事についた。

 否、というよりも、気づいたらそこにいた。


 「桜蘭、僕は今さっきまで艦橋にいたはずだが?」

 「私もです、時間が飛んでいる気がします!」


 艦と同調している脳外端子を繋いでいる桜蘭がそういうのならば、もしかしたら本当に時間が飛んでいるのかもしれない。


 「目的地に到着します、あと三秒!」


 桜蘭が先行。追いかける形の愁。

 そして、目的地に到着する。桜蘭機が、一瞬消滅する。


 そして、次の瞬間、愁もまた視界を奪われていた。









 気づいた時、目の前には女性がいた。

 いや、その表現は正しくないだろう。というよりも、もっと正確な言い方がある。


 「◼◼◼か?」


 こくり、と頷く彼女。


 「どうして、ここに?」

 「ここは、死んだ人の集まる場所、特異点」


 明晰な口調と裏腹に、理解不能な言葉。


 「と、いうと?」

 「簡単に言うと、死んだ人の持っていた特異空間流に対する情報吸収部の一致する人格情報を記述したところ」

 「すでに理解不能だけど、◼」


 ◼◼◼は、まあそうでしょうね、と言う。


 「この意味が分かった時、また会いに来ればいいですよ、◻◻」

 「◻◻はよしてよ、柄でもないからさ。第一、そっちこそ、僕のことを本当は◻◻とは思ってないくせに」

 「あらあら、年齢で見れば◻◻でしょうに」


 一頻りの笑いが起こる。


 「それで、結局ここはどこ?」

 「メビウスの中核、とでも言えばいいのかしら? それとも、人類の敵が訪れるであろうところ、と言い換えるべき?」

 「どちらも同じ、じゃないのかい?」


 いいえ、と◼◼◼。


 「確かに、メビウスは人類の敵よ。それは確か。でも、人類の敵は別にいる、というよりも、最大の味方なのだけれど」

 「…、どういう意味?」

 「終約聖書って、知っている?」


 いや、しらない。正直にそう答える。


 「それがいいと思う。でも、知りたいのでしょう?」

 「知りたい、それは当然でしょ」


 変わんないね、と◼◼◼。


 「◻◻、そもそも私がどうしてこんなことを知っているか、分かる?」

 「それについての情報を得れるところ、地位、もしくは友人でもいたからかな?」

 「ご明察、その通りよ。私は情報を得れる立場だった」


 それはどんな組織か問う。

 答えは馬鹿らしいほど単純だった。


 「私は、その人類の敵で味方の組織の一員よ」


 あっけんからんとそう答える。

 はっきり言って、生きていれば大問題なのだが。


 「いやまて、そもそも…。ねえ、◼、君は生きているの、それとも…」

 「私は死んだ、これは確実よ。もっとも、あなたの認識している死の概念に伴って考えるならば、っていう注釈が付くけど」

 「まあ、確かに僕と話せている時点でおかしいが」


 ◼◼◼の首のブローチが、揺れる。


 「このブローチ、もう片方は誰の手に渡ったのか、私はもう知っている。それだけじゃなくて、人類がこれからどうなるのか、そしてどうなっていたのか、どうして人類が生まれたのか、そのすべての問いに答えられる。

  私は、もっとも神に近い存在なのかもしれない」

 「思い上がりなのか、それとも本当なのか」

 「あなたが思っているほど、私は思い上がっていない。あなたがこれまで何をしてきたのか、そのすべてを私は知っている。そして、あなたの知らない過去もね」


 なっ、と驚愕するしかない。


 「どうしてそれを!」

 「あなたが記憶喪失だということに気づいたのは、ここに来てからだった。あなただけじゃなくて、みんなの記憶も私は認識できる。でも、そんなことはしない。

  記憶っていうのは、そのまま人格。記憶を知ればその人の心情もわかるし、思想もわかる。全く、管理社会を作りたいのならば、私は最適ね。そんなことしようとは思わないけど」

 「…、本当に、ありとあらゆる人の記憶を持っているの?」


 頷く◼◼◼。


 「いいことを教えてあげるわ」


 ◼◼◼が、沈黙を切り裂く。


 「記憶というのは見方よ、情報のね。でも、その情報を私達は素の状態で認識できない。だから誰かを求めるし、誰かと交わろうとする。私が認識した情報が正しいよね、って確認するために。

  でも、その情報は本当に正しいのか。情報を素のままで認識できる人がいたとして、情報はそのまま変化しないのか。私達は、そんなことを考えるべきよ」

 「誰かを求める理由?」


 くすり、と笑う◼◼◼。


 「ねえ、あともう一つ教えてあげるわ」

 「何を教えてくれるの?」

 「私は、今は◼◼◼の人格を持っているけど、本来は◼◼◼じゃない。あくまでも世界の情報から◼◼◼の認識系を用いて私という人格を構成している。◼◼◼は、もうこの世には存在しないし、どこにも元の人格は存在しない。

  魂なんて存在しないから。でも、貴方が会いたいのならば、合わせることもできる。それをするためには、あなたには知識が足りない」


 そんなこと分かっている、と言う。

 ◼◼◼は、また笑う。


 「そのとおりね、そんなこと、あなたは分かっている。だから、知識をつけてここにもう一度来て。そして、」


 寂しそうに笑って、こう言った。


 「私を殺しに来てね」


 私とは誰か?

 ◼◼◼の人格を持ち、他の人の人格も持ち得るような彼女。


 「貴方は、本当は誰なの?」


 僅かな沈黙。


 「私は、13番目の示途」

 「使徒? キリスト教? いやそんなことは…」

 「そっか、そっか! シト、だもんね。同音語よね、たしかにそうね」


 ◼◼◼は、その◼◼◼としての形を捨てる。

 そこにいるのは、◼◼◼ではない。シトだ。


 「さようなら、13番目の☓☓☓☓」


 その声を聞いた瞬間、視界は暗転した。












 「艦長!」

 「う…、ここは、?」


 目の前にいるのは桜蘭だ。

 そして、ここは…。


 「ここは、ジョンストン環礁の拠点の中心部みたいです」


 なるほど、ジョンストン環礁についていた、というわけか…。


 「じゃあ、ここから帰るとするか」


 桜蘭にそう笑いかける。


 「ええ、そうしましょう」


 桜蘭も笑い返す。

 またブローチが、少し揺れた。

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終約のレクセル 五条風春 @gojou-kazahal

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