3.初雪と初恋、淡雪と貴男と貴方と如月下旬
遂にこの日がやって来た。やって来てしまった。作業着の下は、私なりに精一杯オシャレというものをしてみた。いつもより念入りに化粧をし、待つのは平気だが、待たせることが嫌いな私は、待ち合わせ時間の10分前に外へ出る。
(え、まだ10分前だよ?)
外に出ると、将生さんの愛車がすでに駐車してあった。急いで車に駆け寄り、窓から車内を覗き込むと、車の持ち主はスマホを弄りながら欠伸をしている。こちらの視線に気が付いたのか、ミラーで後方を確認する動作をして、身体を揺らしながら驚いた。
車の持ち主、将生さんは眉間に皺を寄せながら、窓を開ける。
「お前ぇ…びっくりしたじゃないか」
「そんなに驚くとは思わなかった」
「そりゃこんな朝早くから、作業着の女が運転席の真横に立ってたら誰だって驚くだろ」
「悪かったね」
「早く乗りな、寒いでしょ」
彼の車内は、温かい空気で溢れていた。将生さんからひざ掛けを受け取る。言葉は悪くなるが、仕事ではあまり気を遣える人ではない。
(プライベートと仕事は全く違うと言っていたけど…ここまでとは)
「ほら、さっさと脱げ」
これだけ聞くとただの犯罪者に聞こえるが、本人は至ってそんなつもりはない。少し言葉足らずなだけだ。作業着を脱ぎながら、昨日恋に疎い私にアドバイスしてくれた先輩(仮名
「はぁ…どうして俺に聞くんだ」
電話越しからは、溜め息と煙草に火を着けようとライターを使う音が聞こえる。
「だって…」
釣られるように、私も電子タバコの電源を付け、煙を吸う。廻先輩とは私が幼い頃からの付き合いだ。幼稚園に上がる前から付き合いで、学業からなにからなにまで面倒を見てもらった。歳は2歳年上であり、初恋の人でもある。
「美咲よぉ。お前は俺といるとあの日を思い出すだろ」
「…廻先輩とお父さんは違います」
「あぁそうだな。お前の言っていることは正しい。が、世の中、お前と同じ考え方をする奴らばかりじゃない。親がやったこととはいえ…許されないことだ」
廻先輩の言葉はごもっともかもしれない。物心つく前から、私と先輩は常に一緒にいた。誰かにイジメられて泣いていたら、先輩は飛んでくる。困ったことがあり、誰にも相談していないにも関わらず、先輩は黙って隣に座っていた。
優しい先輩が大好きだった。どうして親は、先輩と関わることを嫌がったのか。どうして幼稚園の先生は先輩と遊ばないのか。どうして先輩のお父さんには、大きな絵が背中があったのか。理由は小学生になってから分かった。
「ヤクザなんだってよ。人を殺すんだって!!」
殴られたような衝撃を受けた。廻先輩ではなく、廻先輩のお父さんの問題なのに、世の中は、まだ小さく、か弱い先輩を虐め、罵り、純粋な彼の心を殺した。
中学生になり、彼の両親が特殊だと知っても交流を続けた。憧れでもあり、初恋の相手である、先輩と同じ高校に行くために、受験勉強に明け暮れ、先輩と共に図書館で勉強していたあの日。蝉時雨の中、勉強を終え帰宅途中、事件が起きた。先輩の大きな家の前には大勢の人間が集まり、スマホを片手に彼の家に向けて、シャッターをきっている。彼と共に人だかりの先頭に向かうと、報道陣や警察官で溢れかえっていた。ふと、報道陣の1人と目が合い、大声を上げたかと思えば、一斉にカメラをこちらに向けてくる。
気持ちが悪かった。皆スマホを片手にツイッターや配信アプリを利用して、人様の家を勝手にネットへ拡散していく。
廻先輩は私を庇うようにカメラの前に立った。大人たちは、彼のお父さんが犯した罪を赤裸々に語り、それをどう思うのか、被害者に謝罪はないのか、罪の意識はないのかと詰め寄る。あの日を堺に、廻先輩は普通の生活が送れなくなった。
「…い。おい美咲」
「お!」
「何が「お」だよ…仕事は順調そうだな。本社によく報告が来ている」
あんな事件があったのにも関わらず、先輩は高校を主席で卒業した。廻先輩は決して折れなかった。誰にも頼らず、上へと上り詰め、今では本社で務めている。それくらい強く、頭も良かった。
私はそんな先輩に憧れて、猛勉強をし、同じ会社に入社することを果たした。やっと先輩に恩返しができる。しかし、入社直後、私が目にしたものは、常に女性が先輩の周りにいる姿だった。先輩とまともに話すことなく副班長候補になったと同時に、会社の派遣社員である女の子と付き合っていると噂を耳にする。
たかが噂だと思っていた。いつも通りメールを送っても1日以内に返信が来るだろう。そう思っていたが、女の子との噂が過激になればなるほど、メールは徐々に遅くなり、ついには返信がなくなった。
消化しきれない気持ちに困惑した私は、廻先輩と距離を取り、彼が本社へ異動になる送別会にも顔を出さなかった。正確に言えば出せなかった。女の子と話している彼を見ているだけで、胸がジュクジュクと痛み、家族の問題も追い打ちをかけるように襲い、勤務中に涙が溢れるほど、どうしようもなく悲しくなった。
考えることに疲れ、生涯独身でいいと考えてた頃、将生さんとの出会い、私を変えたくれたんだ。将生さんと触れ合ううちに、周や海、悟達と仲良くなり、いつの間にか胸の痛みが消え、醜い嫉妬心も無くなり、廻先輩の恋を応援することが出来るまで成長出来た。
「どうすれば良いですか?」
「そうだなぁ。普段通りで良いんじゃないか?ありのままの自分を受け入れてくれる男のほうがお前も良いだろう…………なぁ」
「どうしました?」
「……」
「廻先輩?」
「頑…張れよ」
微かに先輩の声は震えていた。不思議に思ったが、私はあえて聞かなかった。聞けなかった。聞いてはいけないような気がしたから。
(あぁ頑張るよ。先輩から自立しないと)
「ほら、服ここにいれなよ」
将生さんから渡された袋に作業着を入れ、シートベルトを装着すると、車はゆっくりと発進した。早朝とあってか、車通りはかなり少ない。
「…ね」
「え?」
「服…似合ってるね。それに化粧も、凄く綺麗。いつもと違う?」
ドキッと心臓が高鳴る。洋服を褒められたことなどなく、ましてや1番気合を入れていた化粧にも気が付いてくれた。赤信号で車が止まり、自然と視線が交わった。なんとも言えない気持ちになり、私はただただ将生さんを見つめ返した。
「ひとり暮らしとかさ…しないの?」
「うーん…したいけど」
「一緒に手伝うよ。実はさ、いいところ見つけて」
「え、将生さんが?」
「たまたまだよ。スーモのCM見てて、美咲はまだひとり暮らししないのかなぁって思っててさ。お、青だ…それで、ホームページ見てたらめちゃくちゃお前の好みっぽそうな部屋みつけてさ。向こうついたら見る?」
「うん!!見たい!」
こんなにも自分のことを考えてくれていたとは思えず、少し感動してしまった。先輩とは違う優しさに、また惹かれてしまう。ドライブ中も楽しく会話をし、ドキドキしながらカフェに到着した。
「予約していたの!?」
店内に入るなり、完全個室へと案内された。普通はこんな個室に案内されない。予約をすればの話だが。
「え、まぁ。楽しみそう…だったし」
(ひぇ…なんて可愛い顔してるの)
「ありがとう」
「ほら、早く選ぼう」
注文を終えた、私達は無言になってしまった。何を話せばいいのか、何を切り出せばいいのか、全く思いつかない。グルグルと言葉が頭の中で浮かんでは消え、また浮かんでは消えを繰り返していると、おもむろに将生さんが立ち上がり、私の隣に座ってきた。
「この部屋なんだけどさ。お前の実家からそんなに離れてないし、仮に送り迎えを続けるにしても、この距離なら身体の負担もかなり少ない。家賃も安いし、駅とかスーパーも近いから、不便じゃない」
(うん…あれ??)
「これさ…将生さん家の近くじゃない?」
「そうだけど?何かあったとき、すぐに駆けつけられるし、治安も悪くない」
衝撃の言葉に身を強張らせていると、言葉よりも、もっと衝撃的なものが目に入ってしまった。ソレはバックの奥深くに入れておいたにも関わらず、隙間からひょっこりと顔を覗かせている。自分の出番はないかと、今にもポロリしそうだ。
(流石にアレを見られたら引かれる。てか引かれるで済めばいいけど、絶対ヤバイ。見られたら終わる。色々と終わる)
バックの隙間から顔を覗かせている避妊具は、将生さんがバックを視界に入れでもしたら、完璧に見える位置にまで出ている。
会話の内容を聞きながらも、避妊具をどう隠すべきか、必死に考える。
「…美咲」
「へ?え?」
「間宮とはさ…どんな関係なの」
突然出てきた廻先輩の名前に驚き、将生さんの目を見る。彼の目は少し伏せがちになり、手が震えていた。
「間宮だよ。俺と会うと、いつも美咲の話しばっかで。お前は間宮のこと…」
「なんとも思ってないよ。廻先輩とは付き合いが長いだけ。それに最近話してないし、彼女もいるみたいで、毎日充実してそうだよ」
「え、そうなの?」
「うん。廻先輩は…私のことなんて見てないよ」
テービルに置かれた温かいコーヒーを飲み、顔を伏せた。きっと今の顔は、暗い顔をしている。将生さんと出会ってから、恐らく『失恋』と呼ばれる、形容しがたい程の醜い感情は無くなったと思っていた。
机の下で拳を震わせていると、ソッと将生さんが手を重ねてくる。驚いた私は、伏せていた顔を上げると、彼と目があった。
「一途なんだな、何年も追いかけ続けて」
視線を外すことなく、将生さんは笑いながら、私の握りしめた拳を開かさせ、手を握ってきた。異性と手を握ったのは、私が記憶する限り初めてだ。一気に心拍数が上がり、顔に熱が集まる。
「必ず見ている人はいるんだよ?俺もその1人だってこと忘れないで」
「…うん」
「あぁあと…こういうのは箱ごとじゃなくて、ポーチの中とかに中身だけ入れたほうがいいよ」
「おぉ、そうなんだ。世の中の女性はどんな風に…って」
「大丈夫大丈夫。自分の身を守るためだろ?俺は嫌がる相手を無理に襲ったりしないから」
顔を覗かせていた避妊具は、将生さんの手によって、バックへ押し込まれる。メデューサに見つめられたかの如く、固まった私を見て大笑いする将生さん。私にとっては笑い事ではないが、彼の笑顔を見て、少し心が落ち着いた。
「間宮のこと…まだ好き?」
「ううん。ただ憧れてるだけ。私も廻先輩みたいに、色々な仕事をこなせるようになりたい。いや…なりたかったの間違いかな。いつまでも先輩の後ろにいる訳にはいかないから」
「…そっか。お、飯来たぞ。お前はフレンチトーストだっけ?」
「うん。将生さんは…え、ピザ?」
朝からとんでもないほど脂っこいものを食べるな、と感心しながら、フレンチトーストを頬張った。将生さんにもお裾分けし、間接キスしていたことに悶えながら、朝食を終える。終始、将生さんは私の隣を離れることなく、胃もたれしたと嘆いていた。
「どこのショッピングモールに行こうかね…まだやってないし…」
スマホで服屋を調べていると、将生さんがポツリと何かを呟く。聞き逃さないように集中し、もう1度放たれた言葉に驚きを隠せなかった。
「俺ん家…来る?や、やましい気持ちとかはない。ただ…2人で誰にも邪魔されないところで話したいなって思って」
語尾は小さくなり、聞き取れなくなってしまった。彼の性格はそれなりに知っている。だから、将生さんが嫌なことを無理やりする人間ではないことは分かっているつもりだ。
(仮に…襲われてしまったとしても、今1番大好きな人に抱かれる。本望…なんだよね私?私はあの時みたいに後悔したくない。もう廻先輩の時みたいに誰かに奪われたくない)
「…いっぱい話したい」
「良いの?俺のこと…怖くない?」
なんとなく将生さんが私に確認を取っているのだろう。握られた手が微かに震え、将生さんも相応の覚悟で、私に話しかけていることが分かる。
「うん。だって将生さんだから大丈夫」
「そっか…行くか。お前の大好きな本もあるから、楽しみにしてて。ちょっとトイレ行ってくるから」
代金を確認しようととするが、どこにも伝票が見当たらない。机の下や自分のバックを調べるが、どこにもない。店員に聞こうかと思った時、将生さんが帰ってきた。
「あ、将生さん。どこにも伝票ないんだけど…」
「お前はそういうの気にしなくていいの。忘れ物ない?」
「あ、うん。大丈夫。あと…ごちそうさまでした」
「…あぁ」
彼の車に乗り込み、来た道へと戻っていく。異性の家へ行くのは初めてだ。色々な気持ちが入り混じりながら、将生さんの質問に答える。
「つまり…告白するまえに失恋したってこと?」
「これ以上…古傷を抉らないで下さい」
「ハハッ…間宮と付き合ってる噂の女って…」
廻先輩と付き合っているという女(仮名
どうして横尾と廻先輩がデキてしまったのか未だに理解できない。廻先輩はそんな女に引っかかる男ではないはず。
最近、彼女の行動は大胆になり始め、問題になっていた。既婚者である海にベッタリなのだ。海も鼻の下を伸ばして、仕事を放って横尾と話している。私が奥さんの立場であれば、どちらも刺し殺している。
「あんまり…好きじゃないんだよね」
「横尾さん、最近サボってばっかだもんな。お前より1歳年上ってだけで、あそこまで図々しい態度が取れるなんて。俺の時代なら考えられないね」
「殺す?」
「なんて物騒な言葉使うの、この子は」
物騒ではない。本当の事だ。既婚者の海に手を出す以前に、廻先輩と付き合っているのにも関わらず、男にベッタリなのは少し見ていて腹立たしい。廻先輩は横尾の行動に不満を持たないのだろうか?
というか…横尾が自分以外の男と一緒にいて嫉妬とかしないのだろうか?私ならムカつく。それか、廻先輩を嫉妬させるために、わざと海に近寄っているのか。どちらにせよ、見ていてあまりいい気分がしない。
「奥さん…辛くないのかな」
「…あの現場を見たらショック受けるだろうな。あんなことがあったのに」
海は分かりやすい言葉で言えば、できちゃった結婚をしている。だがその子供は、永遠に産まれることはなかった。将生さんと悟でお見舞いに行ったが、奥さんの目は酷く腫れていた。
将生さんと悟が飲み物を買いに行っている間、私は精一杯奥さんの気を紛らわすために色々な話しをする。その空気を壊すように入ってきたのが横尾だった。横尾は手土産の1つを用意することなく、こう言い放つ。
「貴女が真守の嫁?よくそんな顔で結婚できましたね…か。確かに横尾さん、顔だけは可愛い」
「そんなこと言われたら嫁さんも怒るわな。俺らがいなかったらどうなっていたんだか」
「少し要注意だね。周にも伝えてはいるけど」
「仕事の話しは一旦止して、今はゆっくりしよう」
横尾の話しに夢中になりすぎていたせいで、彼の家に着いたことに気がつくのが遅くなってしまった。とても大きな一軒家で、庭には真っ黒な毛並みのモフモフした犬がちょこんと座っている。私が近寄っても吠えることなく、ただただ尻尾を振っていた。
「うわー!!吠えないしデカイし可愛いしモフモフだし…なんかシェパードに似てる?てか見たことないワンちゃんだ!!」
「まぁ似てるね。グローネンダールっていう犬種。親父がブリーダーから貰ってきてさ。名前はあんず。あんちゃんって呼ぶと喜ぶから」
「和名なのね」
あんずと少し遊んでから、いよいよ将生さんの家に踏み入れた。家の中は和を基調とし、どこにも彼のご両親は見当たらない。将生さん曰く、仕事だとか。
2階へ案内され、将生さんの部屋へと入ると、部屋の中には多くの本があった。どれも作者順に本棚に収納され、ホコリとは無縁の世界だった。
「オレンジジュースしかないけど、いい?」
「うん、ありがとう」
「そのへん座ってて」
ドクドクと心臓が脈打ち、呼吸も荒くなる。部屋中に将生さんの香りがし、どこに座っていいのか分からなかった。とりあえず隅に座り、ボーッと彼の帰りを待つ。
するとポケットに入っていたスマホに着信が入る。画面を見ると、廻先輩からの電話だった。今更なんだろうと思う反面、気にかけてくれているのかと嬉しくなる。
(この電話出たら駄目だよね?私も横尾と同じことをやることになってしまう)
通話を切ろうとした瞬間、スマホを取り上げられた。振り返ると、オレンジジュースの入ったグラスを2つ乗せたトレーを片手に、渋い顔をしながら、画面を覗き込む将生さんが立っている。
「切って将生さん」
「間宮は用事があるから電話してきたんじゃないか?」
「今日は休日だもん。オフだもん。仕事の話はウンザリ。切って」
将生さんは通話終了ボタンを押し、私にスマホを返してくれた。着信音が鳴らないように設定し、机の上へと置く。
「本当に良いの?」
「良いんだよ。今は将生さんと一緒にいたいから」
気持ちを素直に言うと、照れ臭そうに将生さんははにかんだ。その顔が、どうしようもなく可愛く、頭を撫でたくなった。いや撫でていた。
「可愛いでちゅねぇー将生くん」
「な、俺は赤ん坊じゃないんだぞ」
「はいはい」
「…美咲よぉ」
将生さんの顔は真剣そのものになり、私も彼の頭を撫でることを止め、向き合う。多分、大切なことを言われると、頭が理解していた。
「俺は間宮みたいに優秀でもなければ、顔も良くない。お前と違って平社員だ。でも、お前をずっと見てきた、そりゃ年数で比べたら、間宮なんかより浅い…けど気持ちは負けない、誰よりも…その…うん」
「…」
「誰よりも……好き…なんだ。だからムカつく。俺がお前のことを好きだって知りながら、田中はお前にチョッカイを出す。間宮は横尾と付き合ってるにも関わらず、こうやって連絡を寄越す。霧島に至っては…いいや、他の奴らはどうでもいい。俺はお前を傷付けた。俺にはお前と付き合う資格なんて…」
「私だけを見ててくれる?」
「え?」
「資格とかどうでもいい。ただ私だけを見ててほしい。私を守ってほしい。私だけを好きでいてほしい。ずっと…好きだったんだ、将生さんのこと」
(流れで言ってしまった!?どうしよう!!え、マジでどうしよう、我ながら気持ち悪っ!!もしかして「うーわ、そこまで重い女だと思わなかったわ。てか嘘告だって分からないくらい恋愛に飢えてんのかよ
顔には出さないように心で周に助けを求めた。しかし私の悲痛な叫びなど、届くはずもなく、重い沈黙が流れた。
「ご…ごめんね。今の忘れて!本読ませてよ!!あ、この本面白っ!?」
立ち上がり本棚に近寄ろうとした瞬間、後ろから腕を引っ張られ、フカフカした場所に仰向けに倒れ込む。その上に将生さんが馬乗りになり私をジッと見つめる。
(これどうなってんの??よく海外のドラマでみる展開なんですけど?ここベットですよね??初めてって…痛いんだよね?どんだけ痛いんだろう?血とかも出るんでしょ?痛すぎて泣いた子もいるって…そんなにヤバイのかな)
「店でゴム見たときから、こうしたくて。そんなもん見せられたらさ…我慢できるわけないよね。化粧もいつもと違うし、服もきれいだし。俺と気持ちが一緒とか…初めてとか嬉しいな」
「…!!?」
将生さんの笑顔に私は何も考えられなくなった。純粋に、この人に抱かれるために処女を守り続けたのだと思えた。そう思うと、恐怖心はなくなった。ただ1つ気がかりなのは、軽い女かと思われないかだ。
恋愛雑誌やサイトなどによく書いてある、1回目のデートでセックスをする女は軽い女だと思われる、と目にしたことはある。
「シテもいいの?」
「……良いよ」
どう思われてもいい、ただ後悔だけはしたくない気持ちがあまりにも強かった。自分のプライドを守ることで、掴みかけていた幸せを逃すことだけはしたくない。
顔が近付き、目を瞑ると柔らかい感触が唇に触れた。あぁこれがキスなんだと思っていると、首筋や肩、腰などをなぞるように優しく触られる。
「怖い?」
「全然怖くない」
将生さんは少し微笑むと、今度は先程と違い、啄むようにキスをする。ただされるがままだった私は、行き場のない手を、将生さんの背中に回した。自分が思っていた以上に、彼の身体はガッチリとし、とても熱かった。
「あぁヤバっ…可愛いんですけど」
彼は腰を私の太ももに擦りつけ、キスや愛撫を繰り返す。その度に、自分とは思えないほど、甘ったるい声が漏れでる。
「もっと…触って良い?」
「良いよ」
「怖かったらすぐ言って」
服を脱がされ、あまりにも恥ずかしい姿に、身体を隠そうと身動ぐ。すると彼も衣類を脱ぎ捨て私に向かってこう言った。
「これで一緒。もう恥ずかしくない」
「そう…かな???」
私達は笑いながら再び唇を這わす。
「ほら聞こえる?クチュクチュいってる。エッチな子だね」
「あんまそういうこと言わないでよ…」
「そうだった、初めてだもんね。大丈夫、優しくするから」
初めて登った大人の階段に、夢中になっている私は、机の上に置かれたスマホに何十件と不在着信が残されていることにも気付かずに、初めての人と甘い時間を過ごした。
私と貴男と貴方と時々雨のち晴れ 相沢 美咲 @xxgabugabuxx
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