*
午後の孤児院の手伝いには身が入らなかった。ぼけーっとしてしまってミスを連発し、どこか悪いのか、熱でもあるのかと心配される始末。違うよ大丈夫だよ! と慌てて言い繕い仕事に集中するけど、集中しなきゃとわずかな時間気を引き締めては、またぼんやりと先程の会話を思い出し、手元が疎かになる。そんなことを繰り返していた。
――普通なら、そんな突拍子もない話あるわけないと思うだろう。でもわたしは、あの青年の話は本当だったと思う。なんというか、心のどこかが納得してる。ああわたしそういう生き物だったんだってどこか深いところで。
あのあと青年は、わたしに連絡用の魔法を教えてくれた。これは同族同士が連絡を取り合う時に使う魔法なんだって。――やり方は簡単! お互いの魔力のこもったものを交換するだけ。相手と連絡したい時にはその交換したものに魔力を込めて話したいと思えば伝わるそうだ。
「……簡単じゃないよ?! 魔力ってどうしたらいいの?」
魔力の多い少ないはあれど魔力のないひとはいないと聞くから、わたしにも魔力はあるのだろうけど。でもそれを意識したことはないし、魔法を使ったことだってなかった。
「もう少し体が育てば自然とできるようになるさ。ぼくたちの体は元々魔力の使い方を知っている。ひとまず今のところは、ぼくからきみへの連絡用だと思っておいて」
青年は本当に祭りを見るためにこの街に来たようで、明日にはもう旅に出てしまうということだ。しばらくしたらまた様子を見に来るから、その時までに身の振り方を決めておいてと言われた。
「身の振り方って……」
「このままここで過ごしていても育つことはできないよ。ぼくとしては、同族がいる場所まで一緒に連れていきたい。でもきみはここで大切にされているようだから、いきなりこんなことを言われても決断できないだろう? だから、考える時間をあげる」
「考える、時間……」
「うん。考えて、もしどうしてもここに残りたいと思うなら……ぼくは諦めるよ」
――それは悪手だとは思うけれど、あくまでもきみの意思を尊重する。
そう言った青年の目は、真っ直ぐにわたしを見ていた。
わたしは、どうするべきだろう。大きくなりたいとは思うけれど、ここを離れたいと思ったことは一度もない。ご飯――魔素を食べて、よく寝ればいいんだよね? どうにかならないだろうか、ここにいるままで。
こういうときサリューア様に相談できればきっとよい知恵を授けてくれるはずだけど、青年は自分たちの種族について誰にも話してはいけないと厳しくわたしに言い含めた。だから言えない。わたしは、自分一人で考えて、答えを出さなきゃいけない。でも深く考えるまでもなく、旅になんかでたくない、と思ってしまうのだ。だってここには、家族が、恩人が、大事なひとたちがいっぱいいる。ここにいたら大きくなれなくとも、わたしはこの街が好きなんだもの。
*
あまりにもぐるぐるぐるぐると考えてしまって、結局わたしはその夜偶然を装ってサリューア様と出会い、そういえばという感じで相談をした。勿論、言えないことは言わない。街で旅のひとにあって魔法の話を聞いたんです、この辺りには魔素が少ないって本当ですか? とこういう聞き方だ。
「魔素、ですか? そうですね……ええ、多くはありません。けれど、この国の中にも魔素量が比較的多い場所というのは何ヵ所か存在していますよ」
「そうなんですか? じゃあ、そういうところだったら、魔法が使えるんですか?」
「そうですね。使いやすいとは思います」
「へえ……あの、ちなみに、一番近いところはどこなんですか?」
あくまでも、好奇心に刺激されたように。魔法という未知のものにわくわくと胸を跳ねさせるように。意識して外見相応に振舞えば、サリューア様は柔らかく微笑んで、
「……この街の東に、森があるでしょう。小さな森ですけれど、あの森は比較的魔素量が多い場所なんですよ」
そう教えてくれた。やっぱりサリューア様はとても頼りになって、物知りだ!
「そうなんですね……あ、だからあそこで採れたベリーは美味しいのかな? そういえば、もうすぐ時期ですよね! わたしあとで採ってきますね!」
こう言っておけば、あの森に行っても不自然でもない。早速明日にでも行ってこようと思いながら、夜遅くにごめんなさい、教えてくれてありがとうございましたと頭を下げてその場を辞そうとすれば、
「リュア」
静かに名を呼ばれ、どきりとした。見下ろしてくる瞳がランプの影に入って暗い。
「……森に行くのはいいけれど、一人で行っては駄目ですよ。誰か大人と一緒におゆきなさい」
「……はい、わかりました」
本当は一人で行きたかったけれど、ここで反論するのは利口じゃない。わたしはいい子に頷いて、再度頭を下げてその場を離れた。
……何だかさっきのサリューア様、ちょっとだけ怖かった。
こどものままじゃいられない! 羽月 @a0mugi
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