途方もない数字が出てきてあんぐりと口を開ければ、おいで、と再度促されさっきまで青年が座っていた噴水の縁に連れていかれる。そこに二人で腰かけて、はいあげると自然に渡されたまだ口をつけていないサンドイッチを受け取る。お食べ、と言われて口を付ければ、甘辛いタレが挟んである肉と野菜と絶妙に絡み、ほんのり甘いパンとの相性が抜群でついはぐはぐと食べ進めてしまう。わたしが食べている間にいったんその場を離れた青年が両手に飲み物を持ってきて、それもありがたくちょうだいした。爽やかな搾りたてフルーツジュースがこってりとしたサンドイッチとよく合う。


「……百三歳って、本当ですか」


食べながら問えば、青年はにこりと微笑む。見えないだろうと小首を傾げながら。


「はい。二十代くらいに見えます」

「きみもまだ八歳くらいに見えるよ。でも、実際はもっと上だろう?」

「多分二十歳くらいです。わたしは拾われ子だから、実際何歳かは知らないけど……」


拾われ子、と青年が逆側に首を傾げる。わたしはこくこくとジュースを飲みながら、


「十五年前、この街の神殿長のサリューア様に拾われたんです。サリューア様はその時各地の神殿を旅して回る巡業をなさっていて、途中通ったここからずっと北にある森の中で、私を見つけたそうです」


そう、と相槌を打つ青年。穏やかな声音で、それからずっとこの街で暮らしてるの? ときいてくる。


「はい。ずっと、ここの孤児院でお世話してもらってます」

「そうなの。うん、様子を見る限り、大切にしてもらってるみたいだね。……それこそ、真綿にくるむみたいに」


ちょっと引っ掛かるような物言いをした彼は、依然にこにこしている。いかにも人当たりのよさそうな様子だけれど、どことなく不穏な雰囲気を感じる。


「えっと……」

「ああ、ごめんね。ちょっと思うところがあってね。……じゃあ、その前提を踏まえて、きみが大きくなれない理由を教えてあげる」


はい、とわたしは緊張で乾く喉に再度ジュースを流して頷いた。すると青年はにこにこ笑顔を苦笑いに変えて、こう言った。




「栄養不足と、睡眠不足だね」




「……はい?」


わたしはまたぽかんと口を開けてしまった。タレついてるよとほっぺたを親指で拭われ口を閉じる。触れられた頬を擦りながら、


「あの、それどういう意味ですか?」


納得できずに問いつつ眉間に皺が寄る。だって、ご飯は毎食ちゃんと食べてるし、夜はぐっすり寝てるのに。


そんな不満が伝わったのか、青年はあのね、と子どもに語りかけるような柔らかな声音で話を続けた。


「ぼくたちはね、普通の人間とは違うものを栄養、つまりごはんにしてる。具体的には『魔素』だね」

「『魔素』って、魔法を使う時に必要だっていう……?」

「そう。この国はあまり魔素量が多くなくて魔法が一般的ではないけど、隣国にはダンジョンもできるくらいあふれてる。大地から生まれる『魔法の素』だよ」


――魔素。言葉くらいは聞いたことがあるし、この街にもちらほらと魔法使いはいるのでそれが魔法を使うために必要なものだということは知っている。でも、


「『魔素』が『ごはん』?」


どういう意味だろう。よくわからないと素直に告げれば、青年は詳しく教えてあげると口を開いた。


「ぼくたちの種族というのは、魔素を栄養にする、いわば実態を持った精霊みたいな生き物なんだ。本当はこういう食べ物を直接摂取しなくても魔素だけで生きていける。でも魔素だけじゃ味気ないからね、好んでご飯を食べる同族は多い」

「精霊……」

「そう。人間じゃない。人間とは違う生き物なんだ。ぼくも……きみも」


――それは、衝撃の事実だった。でも何となく、わかってもいた。だって、いつまでも子どもの姿のまま育たないなんて、病気か、病気じゃなければ……普通の人間じゃないってこと。そういうことだもの。


「……それでね。ぼくたちはある程度の年齢の姿になるとそこで成長が止まる。それから長い間その姿のまま生き続ける。百三歳なんてね、まだ青二才なんだよ。ぼくの父なんてもう五百歳を超えるからね」

「ごひゃ…っ」

「びっくりするだろう? 本当にね。……ごめん、もうちょっとびっくりさせるね。それでも、そのある程度の年齢の姿まではすくすくと育つはずなんだ。適した環境にさえ身を置いていれば」


もうかなり呆然とした頭で、適した環境、と復唱すれば青年は、そう、と私の両頬をそっと包んだ。


「……幼少期に何より大事なのは、豊富な魔素と、十分な睡眠。ぼくたちは幼い頃、ほとんど寝て育つんだよ。それこそ何年もね」




――だから幼くしてこの地に連れてこられてしまったきみは、極度の栄養不足で、睡眠不足なんだ。これじゃいつまでたっても育つわけがない。




もう私はぽかんとするばかりで、声も出ない。そんな私の頬をさすさすしながら、青年は固い声でぼそりと呟いた。


「わかっていてこんなことをしたのなら……ぼくらは絶対許さない」

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