半々法
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平等国軍の第2M分隊は前方に立ちはだかるトーチカを睨み付けていた。こいつを潰せば、高台の頂上へ抜けられる。そうすれば形勢逆転だ。3人の兵士は狭い塹壕の底に張り付いて戦場の喧騒に負けないように大声で話していた。
「相手が最新鋭の重機関銃じゃあなあ、こちとら単発発射の小銃だ」
「トーチカへの正面突破は無理だ。右翼から廻り込めたら、なんとかなるかもしれない」
「右翼には『第4F分隊』がいる。連絡を取ってみる」
兵士はそう言って無線装置を取り上げた。
ちなみに「第2M分隊」のMは男性を表す。一方、Fは女性を表す。従って、「第4F分隊」は女性で編成される分隊だ。
外では敵の重機関銃が散発的に唸っている。硝煙の匂いと煙が立ち込める。彼らが属する第6連隊は、この先の高地の奪取を目指していた。しかし、攻撃は難航し長期化していた。既に何千名もの戦死者を出している。このまま負けて、汚名を着る訳には行かない。それもあって、無理な攻撃を繰り返すという悪循環に陥っていた。
指揮官の野備大将は苦悶していた。過酷な戦況と、内地からの批判の板挟みになっていた。銃後を守る人達の中には、このひどい状況を批判する者も少なくなかったのだ。将官を名指しで批判するなど、普通では考えられない。
「野備大将! 私の妻を返せー」
「野備大将! 私の夫を返せー」
無線は「第4F分隊」に繋がった。
「なんなの。えっ、トーチカを攻撃してくれって。あら、そう。とうとうへなちょこ男どもが音を上げた訳ね。でも、今は無理だわ。こっちも戦闘中なの。じゃあね」
無線はプチッと軽い音を残して切れた。
「あー、なでしこ隊にあっさり見捨てられちゃった」
「ちっ、じゃあ、どうしろって言うんだ」
兵士達が愚痴っても戦況が改善する訳ではない.。敵の攻撃はいっそう激しくなってくる。そんな時、連隊本部から無線が入った。
「第2M分隊、正面のトーチカへの突撃を命じる。これは部隊長命令だ。以上」
兵士達は唖然とした。上層部はここの状況が分かっているのだろうか。それに部隊長直々の命令とは異例だ。しかし、ここは軍隊だ。上官の命令は絶対だ。抗議しても無駄な事は皆、分かっていた。
「あー、これで終わったな」
「まあ、生き残る可能性もゼロではないさ」
「さあ、突撃の準備だ」
兵士達が装備の確認をしているとき、頭上にひゅるひゅるという音が迫ってきた。それは聞き慣れた迫撃砲弾の飛翔音だった。
「あっ」
兵士達は一斉に身を伏せた。しかし砲弾は、非情にも3人の真ん中に着弾しようとしていた。
◇◇◇ 遡ること5年・・・・・・ ◇◇◇
平等国の議会では、半々法についての論戦が行われていた。半々法とは「雇用機会均等法」を大きく発展させた法案だ。機会均等法では、結果として男女の雇用数の均等が保証される訳ではない。実際、様々な男女差別・区別は依然として解消されないままだった。長くそんな状態が続いた後、これを抜本的に改善すべく「半々法」という法案が提出された。「男女役務および損害における均等法」の通称だ。
「役務」は雇用だけを指すのではない。家庭での介護や育児などあらゆる作業を意味する。これはその職務に付く実際の人数を物理的に半々にしなければならないという法律だ。従来の雇用機会の均等に関する条文は、これまで実効が無かったという理由で、半々法からは削除された。また、この法案で特に注目されたのが「損害」の均等化だった。これは、例えば建設業など危険の多い職務では、男女間で業務上の事故の割合が均等になるようにしなければならないという条項だ。なにか穏当ではない感じだが、趣旨は、男性だけ、或いは女性だけに危険な仕事を押し付けることを防止する事だ。
法律が運用されて以来、この「損害の均等化」はいろいろな職種において物議をかもす事になる。軍隊に於いても・・・・・・
その小さな建設会社の社長は頭を抱えていた。
「とび職も男女半々かぁ。困ったなあ。希望者も少ないし、事故があったら困るし」
半々法により、職種ごとに男女半々としなればならない。女性限定でとび職を募集しているが、一向に人が集まらない。幸か不幸か半々法は給与の均等を規定はしていないので、給与を吊り上げて募集するしかない。経営には大きな痛手だ。しかし、女性とび職の募集要項を見た男性のとび職人達から抗議が沸き起こった。なんと、その募集要項の日給は、男性の三倍にまで跳ね上がっていたのである。
「ふざけとるんかぁ。こんなに日当差があって、一緒に仕事できるかよ」
社長は、ああ
結局、いい方法が思いつかないまま時が過ぎた。そしてある日、社長はとうとう半々法違反で起訴され有罪となった。判決は見せしめの意味もあり、非常に厳しく懲役10年とされた。社長は収監された。
看護師長は許された短い移行期間で看護師の男女比を半々にしなければならなかった。
「無理だ。ウチの病院だけじゃない。どこだって無理だわ」
男性看護師が増えているとはいえ、依然として多くは女性である。そこで捻り出した苦肉の策がある。それは、女性看護師の大部分を「医療補助要員」とするものだった。「医療補助要員」とは要するに「お手伝いさん」だ。もちろん看護師の資格は要らないし、従って、従事できる医療行為も限られる。実質上の格下げだ。女性看護師達をなんとかなだめる為に、給与は概ね同水準とせざるを得なかった。
しかし、これには女性看護師として業務を継続する者たちが噛み付いた。
「看護師として残る私達の負担が今より遥かに大きくなるのは目に見えているわ。だって『医療補助要員』はアルバイトくらいの事しかできないでしょ。それでいて給与は同じなんて信じられない!」
これには男性看護師も同調した。同じ境遇だからだ。こうして、それまで同僚であり、仲間だった看護師達の間に亀裂が入ってしまった。しかし、看護師長にはどうする事もできなかった。
◇◇◇ そして現在・・・・・・ ◇◇◇
まっすぐに向かってくる迫撃砲弾を避ける事はもう無理だ。そして、砲弾は炸裂した。
「はい、M3です」
連絡将校は報告した。それを聞いた部隊長は、少しほっとした様子だった。M3とは男性3名を意味する。連絡将校は言い添えた。
「部隊長の命令は伝えましたが、突撃実行前に敵の迫撃砲弾にやられました」
部隊長は思い返すように言った。
「これまでは何名だったかな」
「本日のKIAは、F5/M1でしたが、これでF5/M4になります」
連絡将校は淡々と答えた。ちなみにKIAは戦闘中の死亡を意味する。部隊長はさっと顔を上げると撤退命令を下した。
「よし、本日の戦闘は終了。全員、戦場から離脱!」
「はっ」
連絡将校は踵を返して、足早に部隊長室から出て行った。
部隊長は呟いた。
「F5/M4なら、まあ許容範囲だ。これなら半々法に抵触しないな」
くだんの建設会社の社長は、長い獄中生活から、会社に復帰していた。それを知ったお得意先の男が訪ねてきた。
「あれっ、社長。もうム所から戻ったんですか。もっと長いかと。特別恩赦か何かですかい?」
社長は答えて言った。
「いや、刑務所では半々法により、受刑者の男女比を同じにしないといけないんだ。俺が入っているとき、たまたま男性受刑者の方が多くなって、俺はまんまと釈放されたという訳さ」
お得意先の男は感心したように言った。
「へっー、じゃあ、なんですか。半々法でム所行きになり、半々法のお陰でム所から出てきたって事ですか。こいつは面白れえや」
お得意先の男は続けて言った。
「で、例のとび職の問題は?」
社長は答えた。
「ああ、後任者がなんとかうまくやってくれていたが、ちゃんと解決した訳ではない。なにより男性とび職の連中が不満で今にも爆発しそうだよ」
社長の悩みは尽きない。しかし、それともじきにおさらばだ。社長の任期もあと数ヶ月だ。いや、自主的に辞職するわけではない。この会社では、社長がしばらく男性だった為に、そろそろ社長を女性にしなくてはならない。これを怠ると、社長は半々法違反で、再びム所行きだ。
看護師長は、その後、病院と交渉して新たな突破口を見出していた。看護師たちに大きな亀裂が生じていた時だった。完全な解ではなかったが、猛反発していた看護師たちの多くをなだめる事に成功した。それは、「医療補助要員」となる女性達から有志を募り、医師免許を取得させることだった。もちろん何年もかかる。費用は病院が負担した。元々女性医師が少なかったので、医師を男女半々にするのにも役立つ。一石二鳥の作戦だった。
これは功を奏した。看護師達の不満は大きく退いた。特に前面に立って一番文句を言っていた連中が、医師免許取得に前向きに立候補した。良くも悪くもやる気がある事は良いことだ。この方法は、他の病院のお手本となった。それを目的とした訳ではないが、結果として平等国の医療事情は大きく改善した。
この女性の看護師長は、半々法により次の男性看護師長に引き継がなければならない。任期もあと少しだ。
「まっ、いいか。いろいろと問題はありそうだけど、半々法への対応は大変だけど、それでもちゃんと社会は動いているし、地球も回っているし」
看護師長が、ふと窓の外を見ると、建設中の高層ビルが目に入った。てっぺんのむき出しの鉄骨の上で忙しく動き回る女性達の姿が頼もしい。
テレビの「平等国速報」は今日の戦死者数を伝えていた。訃報に遺族達は嘆き、そして悲しんだ。しかし、遺族達に、これを半々法と結びつけて考える者は誰もいなかった。
半々法 MenuetSE @menuetse
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